第92話 壊れた心?

 ☆奈央視点☆


 いくつかお店を回った後、お昼ご飯を食べるためにファミレスにやってきた私と春人君。 高級レストランでも良かったけど、この辺には無いようだった。

 適当に和風ステーキ定食を注文し到着を待つ。

 私はついつい衝動買いをしてしまい、荷物が増えてしまっている。 ここらでショッピングは終えたほうがいいかもしれない。 この後はどうしようかしらね?

 紗希の立ててくれたプランには……ボケねこショップはスルーして公園? そういえば、大きな湖のある公園があったわね? そこでボートデートと書いてある。


「次は公園行こうねー」

「公園ですか?」

「うむっ。 ちょっと行ったところに大きな湖のある公園があってね? そこでボートとか借りられるのよ」

「おお、良いですね」


 春人君はというと、希望ちゃんのプランを見ながら「ボケねこショップはどうしますか?」と聞いてくる。

 私はあのバカ面のネコのファンでもないので、そこには行かないという事を春人君に告げた。

 春人君も特に何も言わず「そうですか」とだけ口にした。


 運ばれてきた食事を、食べながら春人君とデートの感触について話し合う。


「ここまでどうかしらね?」

「うーん、よくわかりませんねぇ」

「よねぇ」


 今のとこ、普通に買い物して遊んでいるだけであり、友達と遊びに来ているだけと言ってもいいレベルである。

 デートって結局なんなのかしら?


「う、腕とか組んで歩いてみる?」

「あぁ、確かに。 すれ違ったカップルは大体そんな感じでしたね?」

「やっぱ形から入るのって大事よね? この後は腕組んで歩いてみよう」


 

 ◆◇◆◇◆◇



 で、レストランから出ていざ腕を組んでみると、めちゃくちゃ恥ずかしい。 世間の恋人達はこんな恥ずかしい事を普通にやってるというの?

 し、信じられない。


「は、春人君は恥ずかしくない?」

「少し恥ずかしいですね……夕也と希望さんも良くくっついてますが、これはちょっと抵抗が……」


 とはいえ、これもお父様に怪しまれない為には必要な事。 克服しないといけないわ。 

 このまま公園まで行くわよ。


「本当の恋人なら、なんてことは無いんでしょうね」

「そうかもしれないわね」


 私も真に愛する人が出来れば、恥ずかしげも無くこういうことできるのかしら。


 公園に到着し、早速ボート乗り場で手漕ぎボートを借りて湖へ漕ぎ出す。 まぁ、漕いでるのは春人君なんだけどねぇ。


「ふぅ……」

「お疲れ春人君。 この辺で休憩しましょう」

「はい」


 湖の中ほどまで来た所で、ボートを止めてゆっくりした時間を過ごす。

 

「静かですね」

「そうねぇ……紗希は彼氏とこういうデートしてんのね」


 付き合い始めて2年以上になるけど、あの2人は仲良いなぁ。

 色々な場所にデートに行ったみたいだし。

 春人君も、本当は私とじゃ無くて──。


「亜美ちゃんと来れたらいいわねぇ?」

「厳しいですねぇ……というか、今は奈央さんが恋人でしょう?」

「まぁ、疑似だけどー」


 手を水に浸けてボーッと水面に映る自分の顔を見つめる。

 疑似恋愛か。 私も皆みたいな本気の恋をしてみたいわね。 私が恋い焦がれるような男性……どこかにいないかしら。

 チラッと対面に座る男の子の顔を見てみる。


「春人君のこと、本気になっちゃおうかなぁ?」

「え?」

「あはは、なーんちゃって……婚約解消された後に何言ってんのってね」

「ははは……でも僕は、奈央さんの事好きでしたよ? と言っても、幼稚園にも行ってないような子供の頃ですけどね」

「あー、その頃は私も春人君の事好きだったと思うわよ?」

 

 小さい頃なんてそんなものなのだろう。 一番近しい異性を好きになって「大きくなったら結婚する」みたいなことも平気で言う。


 春人君は再びボートを漕ぎ始めて、湖をぐるりと一周する。

 

「この一件が片付いたら、私も恋を探そうかなー」

「今まで探さなかったんですか?」

「見つからなかっただけ!」

「な、なるほど。 見つかるといいですね」

「そうねぇ」


 人はどうやって恋に落ちるのかしら? 私が佐々木君の事を気になったのは何でだったかしら? 覚えてないわね。


「そろそろ戻りましょうか?」

「そうねぇー」


 考え事をしていたので、春人君の言葉に適当に返事をする。

 すると、そんな私の態度が気になったのか、春人君は首を傾げながら言葉を投げかけた。


「楽しくないですか?」

「え?」

「僕とデートするのは楽しくないですか?」

「疑似デートでしょ」

「その調子では、おじ様に怪しまれますよ?」

「楽しいのは楽しいけど、やっぱり疑似は疑似でしかないのよ」


 本当に好きな人とするデートは、もっと楽しいに決まっている。


「では、諦めますか? 諦めてお見合い結婚しますか?」

「うう……」


 お見合いで出逢った相手を好きになり、本気の恋が出来る可能性はあるにはあるが。

 それでは、親の言いなりになったみたいで何だか嫌なのだ。 

 やっぱり、自分の愛する人は自分で見つけたい。


「が、頑張る」

「はい」


 春人君はボート乗降場の方へ向かって漕ぎ出した。

 ボートを下りる時、真摯な春人君は先に降りて私の手を引いてくれた。 気配りの出来る良い男の子だ。

 何故私は、この人にときめかないのかしら? 私の心はどこか壊れているのではないだろうか? だから私は、恋が出来ないんじゃ?


「奈央さん?」


 ボートから降りて後、ずっと下を向いて歩いている私を気遣って声を掛けてくれた。

 そうだ、春人君に訊いてみようかしら? どうやって亜美ちゃんを好きになったのか。


「ねぇ、春人君は亜美ちゃんの事好きでしょ?


「え? は、はい」

「どうやって好きになったの?」

「どうやって……ですか?」


 それを聞いて「うーん」と頭を悩ませ始める春人君。 自分の事なのに、そんなに悩むことがあるのだろうか。


「気付いたら、ですかね?」

「き、気付いたら?」

「はい。 何と言いますか、一緒に話をしている間に気付いたらという感じで」

「……」


 あまり参考にはならなかったわねぇ。 話している内に気付いたらって……。 じゃあ私だって、こうやって春人君と話してる内に、気付いたら好きになってるかもしれないというの?


「それがどうかされたんですか?」

「うーん……実は、私恋が出来ない人間なんじゃないかって思って」

「?」


 公園の広場になっている芝生に腰を下ろして話を続ける私達。 端から見ても、きっと仲の良い兄妹にしか見えないだろう。


「私の心はどこか壊れていて、異性を好きになれなくなってるんじゃないかと……」

「……わかります。 僕も亜美さんに逢うまではそうなんじゃないかと思っていました」


 春人君は、遠くを見つめるような目で湖の方を見て語り出した。


「アメリカでも、可愛い女性や美人な女性はたくさんいましたし、告白されたことも何度かありましたが不思議とそういう感情を抱いたことはありませんでした。 僕は女性を好きになれない人間なのではと思ったものですよ」


 スマホを取り出してホーム画面を眺める春人君。 そのホーム画面には亜美ちゃんが映っている。

 ホームの待ち受け、亜美ちゃんにしてるのね……。


「大丈夫ですよ奈央さん。 本当にそういう人が現れたときは、本気で好きになれます。 僕がそうなんですから」

「私はまだ、出逢ってないだけなのかしら?」

「そうですよきっと。 そのうちそういう人が、奈央さんの前に現れますよ」


 そう言うと、にこやかで優しい笑顔を、私の方へ向けた。

 普通なら、この笑顔にドキッとして恋に落ちたりするんだろう。


「だといいんだけどねぇ」


 私達はその後も、紗希と希望ちゃんのデートプランに沿って疑似デートを進めて、夕方には家に帰ってきた。

 真摯な彼は、律儀に家の前まで送ってくれた。

 今日1日、付き合ってくれた彼に何かお礼をしたいわね。

 これがお礼になるかはわからないけど。


「春人君、ちょっと屈んでもらえる?」

「え? はい」


 私の言葉に素直に屈んだ。 私はその彼の頬に口付ける。


「今日はありがとう、楽しかったわ」

「お役に立てたなら、良かった」

「ふふ、これから1ヶ月と誕生日パーティーの日はよろしくね」

「はい。 奈央さんの自由の為に出来ることはやります」


 相変わらず優しくて素敵な笑顔で、私に言うのだった。

 

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