第57話 ホームシェア

 ☆亜美視点☆


 私は、今日知り合ったばかりの、青砥さん(紗希ちゃんの彼氏さんの幼馴染さん)の話を聞きたくて、連絡先を交換し、今まさに電話でお話し中だ。


『もしもし、青砥です。 何かお話しを聞きたいんでしたよね? あ、あと同い年だし、タメ口でいいかな?』

「あ、うん、そうだね。 そうそう、聞きたい事があるの」


 どうしても青砥さんに聞きたい事……。

 それは──。


「あの、言いづらかったら良いんだけど、柏原君を紗希ちゃんに取られた後、どうやって柏原君の事を忘れたのか……それが知りたい」


 状況としては、まさに今の私に当てはまるその話。

 希望ちゃんに夕ちゃんを譲って、夕ちゃんの事を忘れるのか、もう一度立ち上がるのか迷っている私は、どうしても知りたい。


『うーん、すぐに忘れられたわけじゃないんだよ? 私、神崎さんに負けた後もしばらくは引き摺って、何度かアタックもしたぐらいだし、神崎さんにも泣きついてお願いしたりもしたの』


 そ、そこまではさすがにしないかなぁ。

 でも、それぐらい好きだったって事だよね。

 その当時はまだ目立たないシャドウくんだった彼を。


『私ね、裕君以外の男の子とお付き合いするなんて、絶対に有り得ないって思ってたの』


 一緒だ。 私もそう思ってる。


『それでもね、新しい出逢いってあるものなんだよ。 運命の出逢いとか、そんな大それたものじゃないかもしれないけど……でも、私の心を変えるには十分だった』


 出逢い?

 大好きだった人を忘れられるような男の子との出逢いが、青砥さんにはあったんだ。


「ど、どんな人に逢って、忘れられたの?」

『別に普通の人だよ? 普通に出逢って、普通にお話ししたりしてる内に、心の中に入って来て、気づいたら好きになってたかな?』


 本当に普通なんだ。


『でも、凄く優しい人だよ。 裕君に負けないくらい。 その優しさが、私の心を溶かしたんじゃないかなって……なんか恥ずかしいね』

「その人とは?」

『今、お付き合いしてるよ』


 大好きな幼馴染以外とは恋愛出来ないと思ってた女の子が、1つの出逢いでその人を忘れられたんだ。

 もし、私にもそんな出逢いがあれば──。


『今日、一緒にいた男の子?』


 不意に電話口からそんな質問が飛んで来て、少し焦った。

 せっかくここまで話してくれたのだから、私の心の悩みを打ち明けるのが礼儀だろう。


「実はね──」


 私は自分の現状を青砥さんにすべて話した。           


『そっかぁ、清水さんはスターだし、そんな悩みなんて無いと思ってた』

「スター……」


 青砥さんは「うーん」と、少し考えるように言うと話し始めた。


『清水さんは、私より深みにハマっちゃってる気がするね』


 ふ、深み……いや、自覚はあるけど。


「私、出逢いを探した方が良いのかな?」

『出逢いって無理に探すものじゃないよ? 気付いたら出逢ってて、気付いたら好きになってるぐらいが理想的だと思う』


 今までに無かったアドバイスだった。

 出逢いは無理に探すものじゃないかぁ。


『それに、清水さんは彼の事を心底から愛してるって感じるよ? 色々としがらみがあるみたいだけど、無理して忘れようとはしなくていいと思うかな?』


 たったこれだけの会話で、私の心の中を看破されてしまった。


『出逢いがあれば変われるかもしれないけど、今はまだそんなものも無いだろうし、好きでいて良いと思うよ? 私はそうだった』


 今の彼と出逢うまでは、柏原君の姿ばかり追いかけていたと彼女は言う。

 辛かったと。


『参考になるかな?』

「うん、ありがとう、凄く参考になったよ」

『良かったー、何か困ったらまた連絡してね』

「うん、じゃあまた」


 私は電話を切ってベッドに寝転がる。

 青砥さんは良い人だ。

 新しい出逢いをして新しい恋をして……か。

 私も、夕ちゃんや宏ちゃん以外に好きになれるような人と、出逢えるんだろうか?


「わかんないね……もしかしたら、もう出逢ってるのかもしんないし」


 考えを巡らせながら時計を見ると時間は17時。


「おっと、夕ちゃんの夕飯作りに行かないと」


 すでに希望ちゃんが、夕ちゃんの家に居るはずだけど……。

 私は、もはや日常となっている夕ちゃんの夕飯作りをする為に起き上がった。



 ◆◇◆◇◆◇



「お邪魔しまーす」


 私はいつも通り、勝手に夕ちゃんの家にお邪魔する。

 すると、リビングの方から揉めているような声が聞こえてきた。


「どういう事だよ!  意味わかんねーぞ!」


 うわわ、まさか希望ちゃんとケンカ?!


「お、落ち着いて夕也くんっ!」


 うわわわ……止めなきゃっ! 

 私は足早にリビングへと向かった。


「ケ、ケンカしちゃダメだよ!」


 リビングへ入って第一声。

 そして状況を確認する。

 夕ちゃんはスマホ片手に誰かと電話していて、希望ちゃんは私の大声にびっくりしてこっちを見ている。

 あ、あれ? ケンカじゃない?


「はぁ? 明日だぁ? こっちはなんも準備してねーぞ?」


「の、希望ちゃんこれは?」

「おじさんから電話みたいだけど内容までは……」


 夕ちゃんのお父さんからか。

 しばらく揉めてから、通話が終了したのか、夕ちゃんは溜め息をついて髪を掻き毟るような仕草をした。


「夕ちゃん、おじさんは何を?」

「明日こっちに一旦帰ってくるらしい」


 おー、帰ってくるんだ!


「良いじゃん」

「そだよ、夕也くん。 何そんなに怒ってるの?」


 夕ちゃんは、もう一度溜め息をついてから、電話の内容を話し始めた。


「明日、親父とお袋が、1日だけ帰ってくる。 海外支社長とその子共を連れてな」

「か、海外支社長とその子供?!」


 た、確かに意味がわからないね。


「どうやら、その子は俺らと同い年らしくてな、アメリカの学校からこっちへ、しばらく留学することになってるらしい」

「留学生?」

「元々は日本にいたらしいから帰国子女ってやつか?」

「そなんだ」


 何でそんな人がわざわざ夕ちゃんの家に来るのかな?


「……留学期間中、家でホームステイするんだと」

「ありゃりゃ」


 何だか急展開だよ!

 夕ちゃんが、留学生とホームシェア!


「そ、そ、その留学生さんは、女子?!」


 夕ちゃんの彼女としては、やはり心配なところなのだろう。 前のめりになって希望ちゃんが訊いている。

 実は私も気になってたりして。


「いや、男みたいだ」

「ほっ……」


 希望ちゃんは安心して胸を撫で下ろした。


「良かったね、希望ちゃん」

「は、はぅ」

「明日の昼には着くらしい。 2人も会ってくれないか?」

「私達も?」


 希望ちゃんが不思議そうに聞き返す。


「一応、俺の世話をしてくれるんだし、これからはそいつの世話もしてもらう事になるかもしれないだろ?」

「あー、そっか」

「これからは、4人分のご飯作ることになるんだねぇ」


 1人増えるぐらいはまあ、どうって事はないけど。


「世話ついでに一つ頼みがある」

「うん? 夕ちゃんの頼みなら何でも聞いちゃうよ」

「うんっ」


 私も希望ちゃんも、夕ちゃん大好きだからね。 無茶な頼みじゃなければ何でもお任せだよ。


「2階の物置みたいになってる部屋を使ってもらおうと思う」

「あ、察し」

「だねー」


 私達は夕ちゃんが肝心の頼みの内容を言う前に立ち上がった。

 夕ちゃんはそんな私達を見て「やっぱり、幼馴染は最高だぜ!」とか、意味不明な事を言って頭を下げる。


「片付けを手伝ってください!」

「うん、手伝うよぅ」

「らじゃだよ!」


 私達は、夕飯を早めに食べて、その後は遅くまで物置き部屋の片付けを続けた。

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