第54話 一晩だけ
☆亜美視点☆
希望ちゃんとの卓球勝負で汗をかいたので、再び大浴場に来ている。
希望ちゃんもついて来たので、2人で浸かってるとこだよ。
──40分ほど前──
私は希望ちゃんに話があるということで、夕ちゃんとデート……散歩帰りだった希望ちゃんを捕まえて部屋へ連れてきた。
「座って」
「うん」
向かいのソファに座ってもらって、私も腰かける。
「話って?」
「うんとね、簡単に言うと少しだけ夕ちゃんとの事を考え直そうかと思ってるの」
「……ほうほう」
「と言っても、まだどうしようか迷ってるとこだけどね」
紗希ちゃんに言われた事が、私を少しだけ前に進めたことは確かだ。
幸せになれる最低女になる。
確かに、せっかく自分を貶めるなら幸せにならなきゃ勿体ない。
ただ、その最低の女の子になるためにどうしても乗り越えないといけない壁がある。
「迷ってる?」
「うん……」
希望ちゃんは1つ溜め息をつき「まだそんなこと言ってるんだ……」と呆れていた。
越えなければいけない壁は
その希望ちゃんの幸せを邪魔したくないという、私にかけられた
この呪いから解放されない限り、私はもう1歩前には進めない。
「うーん、でも、もう私も夕也くんを渡す気はないよ?」
「それは、別に良いんだよ。 普通だもん」
彼女として当然の主張。
それをとやかく言える資格は私にはない。
「まだ時間かかりそうだねぇ」
希望ちゃんは独り言のようにそう言った。
「もたもたしてたら、私はどんどん夕也くんと仲良くなっちゃうよぉ? もう後から追いかけてきても追いつけないぐらい差が付いちゃうかもね」
「そうなったら仕方ないねー」
それまでに、自分自身の心と決着をつけられるかどうかが問題だ。
「ねぇ、亜美ちゃん。 夕也くんともう1回デート出来るチャンスを上げようか?」
「……え?」
「ここ、卓球コーナーあったよね?」
「う、うん」
卓球勝負?
勝ったら私が夕ちゃんとデートしていいって事?
「今度の夏祭り、夕也くんと2人で回る約束をしてるんだけど、亜美ちゃんが勝ったら替わって上げるよ」
「っ!」
希望ちゃんに勝ったら……夕ちゃんと2人きりで夏祭り!
えへへ……はっ!?
「そ、そんなのいいの?! だって、約束したんでしょ?」
「うん、勝てたらね?
◆◇◆◇◆◇
結局負けてしまった。
もし、自分の為に真剣勝負で希望ちゃんに勝てれば、もう1歩前に進めるかもしれないと思ってたのに。
私は最後になって……手を抜いてしまった。
「希望ちゃんの愛のパワーには勝てなかったなぁー」
「えへへー」
あーもう、可愛いなぁ。
結局、まだ私には覚悟が足りてないってことなんだろうね。
希望ちゃんの姉という立場でさえなければ、こんな風にはなってなかったのかもしれないな。
焦っても仕方ない。
焦ったって碌なことは無い。
ゆっくりいこう。
どうせもう大きく出遅れてしまってるんだから。
☆紗希視点☆
2人の勝負を見届けてから私は部屋に戻ろうと歩いていた。
「……」
「……?」
「なんで俺の部屋までついて来たんですかねぇ?」
「え? 今井君にもうちょっと悩み相談乗ってもらおうかと?」
「まだあんのか? また『今井君の上に~』とか言い出さないだろうな?」
「~♪」
口笛を吹いて誤魔化す。
実際のとこ私は今井君となら1回ぐらいは良いんじゃないかなーと思ってたりもする。
もちろん本気になったりする気はない。
あくまでもアバンチュールというやつだ。
まあ、しないけどね。
「はぁ、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
本当に彼は優しい男だ。
裕樹は優しいというより、ただ私に甘いだけな気もする。
「座りな」
「ベッドの上で語らおうよぉ?」
「君なぁ」
「あはは、ごめんごめん」
私は、自分の部屋にも置かれている白いソファーに座った。
「実はね、さっき最新情報が送られてきたの……」
「最新情報?」
今井君達が私の部屋で話を聞き終えて、しばらくしてからである。
裕樹の浮気調査中の知り合いからメールと画像が2枚届いたのだ。
そこにはやはり、裕樹と、例の幼馴染ちゃんが仲良く歩いてる姿が写っている。
1枚目の画像を今井君にも見せる。
「柏原君と件の女の子だな。 仲良さそうだが」
「……」
「すまん、つい」
まあ仕方ないけど。
実際仲良さそうだし。
これを見てもらった上で、今井君にも訊いてみる。
「希望ちゃんみたいな可愛らしい彼女がいる今井君でも、この画像みたいに、亜美ちゃんや奈々美と、仲良く2人で出かけたりする?」
「今のところは無いけど、するんじゃないかな?」
もちろんそれは希望ちゃんにもちゃんと知らせるらしい。
そう、やましい事がなければ、私に知らせてくれる筈だ。
「その場合、やっぱり
「ならないと思う。 あくまでも
なるほど……裕樹もそうなのかしら?
もう一枚の画像を見てみる。
呉服屋さんかしら?
ちょうどそこから出て来た所を撮った画像らしい。
「ふむ、女の子が何か持ってるな? 状況からしてこの店で何か買ってもらったとか?」
「そうとしか思えない」
もしかして、お祭りに着て行く浴衣でも買って上げたのだろうか?
それを着て、2人で夏祭りを回るつもりなんだろうか?
「電話で聞いてみるか?」
「ダメ……まだ一緒にいるみたい」
最新情報によると、幼馴染ちゃんの家に2人で入ってから、まだ出てきてないらしい。
こんな時間にだ。
「俺が、亜美の家や奈々美の家に夕飯を食べに転がり込むのと、違い無いような気もするが?」
「え?」
仲の良い幼馴染ってそんなことするんだ?
確かに、裕樹と彼女は家族ぐるみの付き合いがあったけど。
でも、やっぱり……。
「大丈夫、俺も居るから」
「う、うん……」
今井君のおかげで少し勇気が出た。
私は恐る恐るスマホを操作して、電話をかけた。
『もしもし? どうしたの? 今旅行中だろ?』
「うん、どうしてるかなぁと? 浮気とかしてないかなぁって?」
冗談っぽく、核心に迫る。
『裕くん、電話の相手誰?』
幼馴染の舞ちゃんの声が遠くから聞こえてくる。
やっぱりまだ一緒にいるんだ!
「あ、あらあら、舞ちゃんとご一緒でしたか?」
少し声が震える。
『えっ、あっこれは!』
『ねえ、もうちょっとでイケそうだし続きしよ?』
私は通話終了を素早くタップして電話を切り、スマホの電源を切った。
「お、おい?」
な、何がもうちょっとでイケそうよ! もう知らない!
私は訳が分からなくなり、今井君の胸に飛び込んだ。
「あいつ、幼馴染ちゃんと何か仲良くヤってるぽかった……」
「え?」
「イケそうだから早く続きしよって彼女の声が」
「ま、まだ、そうと決まったわけじゃ……」
何とか私を慰めようとしてくれる今井君。
私だって信じたいけどさ。
しばらくの間、今井君の胸で泣かせてもらった。
何も言わずに頭を撫でてくれる今井君。
本当に優しい男だ。
希望ちゃんや亜美ちゃんが夢中になるのもわかる気がするわ。
「ありがと……落ち着いた」
私は、一度深呼吸をしてスマホの電源を入れる。
僅かの間にいくつもの着信履歴が残っていた。
全部、裕樹からだ。
電話は繋がらないと判断したのか、最後は一通だけメールが来ていた。
舞とは浮気とかじゃないから信じてほしい。
「っ! じゃあ何なの?! 浮気じゃないなら何してたのよ……!」
「な、紗希ちゃん、信じてやろうぜ? 向こうに戻ったら約束通り、俺達もついて行くから、話を聞いてみよう」
今井君は、「な?」と言ってもう一度頭を撫でてくれた。
希望ちゃんが羨ましい。
「ありがと……優しいねぇ、今井君は。 んっ」
「ん?!」
私はお礼にキスをプレゼントしてあげた。
これで私も立派な浮気者だ。
「さ、紗希ちゃん! これは?!」
「あははっ、大丈夫大丈夫! 希望ちゃんには黙っててあげる」
「ふ、ふぅ……」
私はそのまま今井君から一旦離れる。
「ねえ今井君、もう少しだけ、慰めてくれないかしら?」
「もう少しって……!」
私は上着を脱ぎ捨て下着姿になる。
裕樹がそのつもりなら私だって。
「お願い……一晩だけで良いから……ね?」
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