第42話 苦悩と後悔

 ☆亜美視点☆


 インターハイが終わり数日が過ぎた。

 大きな大会の1つが終わったということで、夏休みの間はバレー部の練習もお休みとなっていて、疲れを癒しているところである。

 

 この夏休み、またもや奈央ちゃん主催での旅行が企画されている。

 私、お金ないんだけどなぁ。

 

 夏の旅行の行き先は定番の海水浴!

 例によって、奈央ちゃんの家がやっているホテルを借りての2箔3日の旅行だ。

 さすがにプライベートビーチというわけではないらしいけど、とても綺麗なビーチだと聞いている。

 出発は明後日の8月9日。


 今は、その海水浴の為に新しい水着を買うという希望ちゃんの付き添いで、買い物に来ている。 

 ちなみに、私はお金がないので、GWに奈央ちゃんから貰った水着で妥協する。


「んー、どれが良いかなぁ?」


 色んな水着を見ながら、あれでもないこれでもないと30分近く悩む希望ちゃん。

 正直言って早く決めてほしい……。


「どんなのが夕也くんの好みかな?」


 この夏、初めて出来た彼氏に最高の水着姿を見せたいらしいけど、夕ちゃんならどんなのでも良いって言うと思う。


「どれでもいいんじゃなーい」


 適当に応えておく。


「亜美ちゃん、なんか態度が冷たくない?」

「別にー」


 それはそうなるよ。

 夕ちゃんと付き合い出してから数日しか経ってないのに、毎日毎日、惚気話を聞かされては嫌になるよ。


「まだー?」

「うーん、これも違うなー」


 はぁ……。


「夕ちゃんなら、ちょっとえっちな水着で挑発してあげれば喜ぶよ」


 多分間違いない。 夕ちゃんは凄くえっちだ。


「わ、私そういうの苦手だから……」


 服も着ないで、夕ちゃんのアイスキャディーをペロペロしたような娘が何言ってるんだか。

 まあ、あれはアイスキャディーではなかったけど……。

 思い出して赤くなってしまった。


「よ、よし! チャレンジしてみよう!」


 ようやく1つの水着を選んで試着室へ入って行った。

 頼むからそれに決めてね?


 しばらくすると、試着室のカーテンから顔だけ出して、私にも中に入れと言ってきた。

 他人に見られるのが恥ずかしいのかな?

 そんなんじゃ、ビーチ出られないよ。


 私はカーテンを少し開けて試着室の中へ入った。


「ど、どうかな?」


 と、言って私に水着姿を披露する希望ちゃん。

 うわわ、これはまた……。

 希望ちゃんが来ている水着は、マイクロビキニだった。

 無駄な装飾などは一切なく、布地面積の少なさで勝負している。

 これは攻め過ぎだと思うけど、面白そうなので、私は右手の親指と人差し指で〇を作り「OK!」と言ってやった。


「本当? じゃあこれにしようかな」

「うんうん、これで夕ちゃんを挑発して婚前交渉まで持ってこう!」

「まま、まだ早いって!!」


 早いのかな? 私、付き合ってもいないのに、もうしちゃったんだけど……。

 思い出してまた赤くなった。


 ◆◇◆◇◆◇


 お買い物を終えて帰ってきた私達は、夕飯の準備の為に夕ちゃんの家にお邪魔している。

 本当は来たくないんだけど、今まで通りの3人でいると言ってしまった以上は避けるわけにもいかない。


「今日の夕飯なんだー?」


 キッチンまでやってくる夕ちゃん。

 嫌な予感がする。


「あ、夕也くんっ」

「夕飯は冷やし中華だよ。 はいあっち行ってねー」


 このまま放っておいたら、隣でちゅっちゅっとイチャつくのが目に見えているのでさっさとリビングにお戻りいただこう。


「夕也くんまた後で、ねっ」


 希望ちゃんってこんなキャラだったっけ?

 夕ちゃんと付き合い出してからは、人前でも構わずに甘える様になった。

 見ているこっちが恥ずかしくなるよ。

 もう少し、遠慮して欲しいと思う。 特に私の前では……。


「あの、亜美ちゃん?」

「何ー?」


 冷やし中華に盛り付ける野菜を切りながら、私に話しかけてくる希望ちゃん。


「何か怒ってる?」

「怒ってないけど、ちょっと困ってるかな?」

「困ってる?」


 正直言って、2人とどう接していけば良いか、その距離の取り方を測りかねている。

 2人の事はもちろん大好きだ。 今まで通りの距離を保っていきたいとは思っている。

 でも、やっぱりそう簡単に割り切れるものじゃなかった。

 そこには、どうしても「恋人」と「幼馴染」という明確な差がある。 この先どれだけの時間を掛けようと、その差を埋める事が出来なくなってしまった。

 いつかその内、夕ちゃんの心の中から私はいなくなり、希望ちゃんで満たされる。 夕ちゃんの心から、私がいなくなるのはとても辛い。

 そうなる前に、私の心から夕ちゃんを消さなくちゃ。

 壊れてしまうその前に……。


「私は、もう止まらないよ? どんどん夕也くんの心に入っていくからね?」

「どうぞどうぞ」


 希望ちゃんは、本当に強くなった。

 もう、私の助けが無くても、自分で幸せになれるだけの強さを持っている。

 いつか、希望ちゃんの心からも、私がいなくなるかもしれない。

 邪魔だと、鬱陶しいと、そう思われる日が来るかもしれない。

 

 今、私が感じている様に──。


 ◆◇◆◇◆◇


 夕食の後、食器を洗いながら考える。


「旅行、ついていくのやめようかなぁ」

「えっ!? どうしたの亜美ちゃん?!」

「お金節約しないといけないし」


 嘘だ。 確かに手持ちは少ないけど、まだまだ崩せる貯金はある。

 ただ、見たくないだけなんだ。 

 海で仲良くイチャつく、2人の姿を。


「お、お金なら私も出すから! 一緒に行こうよぉ?」


 希望ちゃんは、私の気持ちなんかお構い無しに、一緒に旅行を楽しもうと言ってきた。


「……ない」

「……え?」


 ここ数日で溜まったフラストレーションが、爆発してしまった。


「楽しめるわけないじゃない!!」

「はぅぅ?!」


 急な大声に、希望ちゃんがビクッとして、目を丸くした。


「どうして楽しめると思うの? 行ったって、夕ちゃんと希望ちゃんが海でイチャイチャしてるのを見せ付けられるだけなんだよ? 楽しいわけないよ!」


 最低だ。 こんなの、ただの八つ当たりじゃない。

 自分が望んで身を引いたくせに、いざこうなったら、イチャつく2人を見るに耐えられなくなってしまった。


「あ、亜美ちゃ……」

「帰る」


 私は希望ちゃんの言葉を遮って、エプロンを脱ぎ捨ててキッチンを飛び出した。


 なんて見苦しい。

 私は最低の姉だ。


「どうかしたか? って、うぉ?」

「ごめん、どいて」


 騒ぎを聞きつけてキッチンへやって来た夕ちゃんを、押し除けて玄関へ向かった。

 

 後ろから希望ちゃんが走って追いかけて来た。

 靴を履いてドアノブに手を掛ける。


「亜美ちゃん、あのっ!」

「明日から、私は来ないから」


 振り向かずにそう言い残して、私はドアを開けて夕ちゃんの家を後にした。


 ◆◇◆◇◆◇


 部屋に戻ってベッドへ倒れ込む。 頭の中がぐちゃぐちゃになっているのが分かる。 私、こんなにイヤな女だったんだ。

 恋愛が絡むと女の友情なんてすぐ壊れるなんて、良く聞くけど、そんな事は私には関係ないと思ってた。


「何が、祝福する、応援するなのよ……」


 ちょっと落ち着きたい。

 

「お風呂入って寝よ……」


 お風呂に浸かってしばらくすると、希望ちゃんが凄い勢いで浴室へやってきた。


「……もう帰ってきたんだ?」

「一緒に入るよ? 良い?」


 良いも何も、既に服脱いで入って来てるけど?


「亜美ちゃんの前で夕也くんとイチャイチャしてたのは謝るよ。 舞い上がっちゃって、亜美ちゃんの気持ち考えられてなかった」

「……」

「これからは気を付けるから、ね?」

「別に、恋人同士なんだし気を遣わなくて良いじゃない……」

「そしたら、亜美ちゃん怒って旅行行かないとか、夕也くんの家行かないとか言い出したじゃない、私、今まで通りの3人でいたいって言ったよね?」


 それは、出来ると思ってたから。

 でも…。

 

「ごめん希望ちゃん……やっぱり無理」

「そんな……」

「旅行にはちゃんと行くよ。 皆や奈央ちゃんに悪いし」

「夕也くんの家には?」

「しばらくは、行かない」


 とにかく、今は無理だ。

 耐えられない。

 しばらくとは言ったものの、実際どれくらい時間を掛ければ大丈夫なのか見当も付かない。

 

「……だから何回も確認したのに」

「……バカだよね」

「バカだね」


 ぐうの音も出ないぐらいバカだ。


「前も言ったけど、奪うのは自由だよ?」

「奪ったりしないよ……これ以上嫌な女の子になりたくないもん」


 私はそう言って、湯船から上がり浴室をあとにした──。


 翌朝、希望ちゃんが部屋に来て、本当に夕ちゃんの家には来ないのかと確認してきたが、「ごめん」とだけ謝っておいた。

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