第41話 決着
☆夕也視点☆
俺はインターハイの準決勝第一試合を月ノ木学園の応援団席から観戦しているわけだが。
第1セットを何とか取った次の2セット目、お相手さんのエースが異常な動きを見せてやりたい放題し、気付いたらダブルスコアで2セット目を取られていた。
気になるのは……。
「おい、夕也。 亜美ちゃんどうしちまったんだ?」
「知るかよ」
2セット目の開始直後ぐらいから、ローテーション以外ではほとんど動いてなかった。
ケガか?
今もベンチに座って頭にタオルを被り、俯いて微動だにしない。
隣で仲間達が作戦会議中なのにだ。
亜美、どうしたんだよ?
☆亜美視点☆
頭の中がスッキリする。
無駄な情報は全部シャットアウトされて、必要な情報だけが流れ込んでくる。
雑音も聞こえないし、視界に入る物は仲間達とボールと相手チームの人、そしてコートだけ。
全てがスローに見えるし、何でも出来る様な気さえしてくる。
私は大きく深呼吸をして、意識を外に向ける。
すると、不思議と周りの声や景色が戻ってくる様な感じがした。
ふぅ、OK! 何となくわかった。
この感じなら、自由にさっきの状態に持って行けそうだ。
「亜美ちゃん、行きますわよって言っても聞こえないかしら?」
「聞こえてるよ?」
「え? あ、もしかして声掛けた所為で集中途切れちゃったりしてしまいました?!」
「あはは、大丈夫だよ。 今、スイッチ切ってるだけだから」
「スイッチって……」
弥生ちゃんみたいに、常にあんな状態じゃすぐに疲れちゃうし、何よりバレーボールが楽しめない。
「いこっか」
「え、えぇ……」
困惑したような表情を見せる奈央ちゃんと並んでコートへ入り、弥生ちゃんに視線を向ける。
前のセットあれだけ動いていたにも関わらず、息一つ乱れていない。
まだ、ゾーン状態が途切れていない証拠だ。
それが切れた時に襲ってくるであろう疲労は計り知れない。
最終セット開始の合図が出る。
まずは相手からのサーブ。
さて、集中集中!
スッと、頭の中から無駄な情報を排除して必要な情報だけを拾い上げる。
視界はクリア、周りの皆の動きが気配だけでわかる様な気がするし、飛んで来るサーブがスローモーションに見える。
周りの状況を把握して、即座に頭の中で次の動作を組み立てる。
私は奈央ちゃんがトスを上げる気配だけを感じ取り助走を開始した。
「ちょっと、もう! どこまで化け物なんですの!?」
慌てるようにトスをあげた所為か、少し軌道がズレている。
それを判断するより早く、身体が勝手に動きを修正した。
私は飛んできたトスに合わせてジャンプする。
目の前には、私の動きに超反応してブロックに跳ぶ弥生ちゃん。
私は弥生ちゃんの小指を少しだけ掠める様にしてスパイクを放った。
ピッ!
アウトの判定。
ワンタッチを取られなかった。
おそらく、際どすぎて見えなかったのだと思う。
「……審判、うちの小指触っとったよ」
「えっ? 弥生ちゃん?」
掠った方の小指を立てて、審判に見せる。
よく見るとツメが割れ出血しているようだ。
「大丈夫?」
「こんくらいどうもあらへんよ。 言うても、体力は限界やけどね……」
先程まで息も乱れていなかった弥生ちゃんが、今は肩で息をしている。
ゾーンを維持できるだけの集中力は残ってないらしい。
おそらく、ドッと疲労が押し寄せてきたに違いない。
それでもまだ、コートに立ってプレー出来るんだから凄い精神力だよ。
「ほんま、勘弁してや……」
「な、何を?」
「どんだけバケモンなんよ……」
むぅ! まだ言うか!
「悪いけど、私はまだピンピンしてるよ」
「ウチはヘトヘトや。 まともに跳べるのもあと少しやろね」
「今年も勝たせてもらうよ」
ここからは私もゾーンとやらには頼らない。
決勝の事を考えれば、ここで体力を使い切るのは得策とは言えない。
何より、弥生ちゃんとの真っ向勝負を楽しみたい。
◆◇◆◇◆◇
その後は息を飲むようなシーソーゲームが続き、最終セットはデュースにまでもつれ込んだ。
「はぁはぁ……限界なんじゃなかったの?」
「はぁはぁ……とっくに限界なんか過ぎとるよ」
「その割には、しぶといね?」
「さすがに、これ以上負けとうないからなぁ」
凄いとしか言いようがないよ。
多分、立ってるのがやっとなレベルのはずなのに、私の全力プレーについてくる。
負けたくない一心だけで食らい付いている。
どっちが化け物だか……。
「亜美ちゃん、なんでゾーンとかいうのに入らへんの? あんさん、もう自由に入れるやろ?」
「入れるけど、楽しくないもん」
「はは……確かにつまらんかったわ」
デュースはどちらかが2点リードするまで延々と続く。
早期に決着しないと、スタミナ的に午後の決勝にも響きそうだ。
「ほなまあ、クライマックスいこか?」
「うん」
京都立華のサーブを希望ちゃんが完璧にレシーブする。
「(希望ちゃん、いつもありがとね! 希望ちゃんがバックにいるから、私は安心してスパイクの為の準備に集中できるんだ)」
奈央ちゃんがトスを上げる。
今日、何度目かわからない私へのトス。
「(奈央ちゃんもありがとう。 いつも私が打ちやすいトスを上げてくれて。 奈央ちゃんのトスだから、私はいつも全力で跳べるんだよ)」
「っは!」
弥生ちゃんもさすがに前半のようなブロックの高さは無い。
そのブロックの上から空いてる場所へスパイクを叩き込んだ。
ピッ!
「ナイス亜美! ここで決めるわよ! 遥! サーブ外すんじゃないわよ!」
「わかってるってーの!」
「(奈々ちゃん、コートの中でいつもメンバーに気を配って声を掛けてくれる。 本当に頼りになるリーダーだ。 いつもありがとう)」
「(遥ちゃんのサーブは今日一番のキレを見せて相手コートへ飛んでいく。 遥ちゃんの力強いサーブ、スパイクにはいつも助けられてる。 ブロックだって、遥ちゃんがいなきゃ何本抜かれてるかわからないよ。 感謝感謝)」
「ここ一本集中!!」
紗希ちゃんが声を上げる。
「(うちのチームのムードメーカーの紗希ちゃん。 スタミナもあって、1試合中飛び回って得点に絡んでくれる、うちの自慢のウィングスパイカーだよ。 うちの隠れたエースは紗希ちゃんだ、ありがとう!)」
相手のセッターはここでも弥生ちゃんを使ってくるようだ。
最後までエースを信じる、エースと心中する覚悟だ。
弥生ちゃんが残った力で床を蹴り、大きくジャンプする。
「せ-の!」
紗希ちゃん、奈々ちゃんとの3枚ブロックで止めに行く。
「(亜美ちゃん、勝負やっ!)」
「(弥生ちゃん! 抜かせないよっ!)」
放たれたボールはコートの中に落ちて跳ねる……。
「はぁはぁ」
「っ、はあぁぁ……」
(25-27)
セットカウント1-2
試合は終わった───。
『フルセットの末、準決勝第1試合を制して決勝に進むのは、月ノ木学園!!! 絶対女王の京都立華、準決勝敗退です!!!』
「はぁぁ……また負けてもうたかぁ」
「ふぅ……危なかったよぉ」
ネットの下からお互い手を伸ばして握手を交わす。
「ほんま、とんでもないのと同じ世代に産まれてもうたもんやね」
「あはは……大丈夫? 結構無理な動きしてたけど?」
「あかへん、ガタガタやよ」
「そっか……2セット目凄かったもんね」
「あんま覚えとらへんけどな」
そんなにプレイに集中してたんだ…。
「ゾーンに自由に入れる亜美ちゃんはもう、化け物すら生ぬるいなぁ? 魔王や魔王」
「ま、魔王って……」
「そりゃいいわね」
後ろから奈々ちゃんもやってきた。
魔王が定着しちゃうよぉ!
「藍沢さん、このあとの決勝も頑張りなはれや?」
「当然よ。 この試合、ほとんど亜美に任せっきりだったから、力が有り余ってるわ」
「さよか……」
奈々ちゃんとも握手を交わす弥生ちゃん。
もうフラフラだ。 本当に限界の限界って感じだ。
「ねぇ、あんたたちっていつまでこっちにいるの?」
「ウチら? 明後日の昼には帰るよ?」
「じゃあさ、明日うちらと観光しない?」
おおおお! 奈々ちゃんナイスアイデアだよ!!
「行こうよ弥生ちゃん!」
弥生ちゃんは「そやねぇ……」と少し考えたあと「ええよ」と頷いてくれた。
「やった!」
楽しみだなぁ。
「そないなことより、次の試合のこと考えときなはれや? どっちが上がってきても強敵やよ?」
「うん、わかってるよ」
「まあ、ウチらに勝ったんや。 心配いらんか」
と、話していると次の試合をするチームが入ってきた。
そろそろ、コートから出ないと。
「じゃあ、表彰式で会おや」
「またあとでね!」
私達はその後、観客席で準決勝第2試合を観戦。
決勝の対戦相手がどちらになるかを見届けた後に軽くミーティングを挟み、決勝戦へ臨んだ。
決勝では、立華戦の時のような私のワンマンプレーはせずに、チームプレイで戦い、セットカウント3-1でインターハイ優勝を手にした。
表彰式ではベスト6に 私、弥生ちゃん、奈央ちゃん、希望ちゃん、奈々ちゃん、京都立華のミドルブロッカー伊達さんが選ばれた。
1年生5人というのは異例の事態らしい。
優秀選手には紗希ちゃんと遥ちゃんも選ばれていて、優秀リベロ選手に希望ちゃんが入っていた。
凄いチームだよ本当に。
閉会式も終わり、今年の夏の大会が幕を閉じた──。
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