第30話 もう一つのデート

 ☆希望視点☆


 亜美ちゃんから事の顛末を聞き、怒りが頂点に達した私は夕也くんに電話をかけた。

 現在は、夕也くんの家にお邪魔して話をしている最中だ。

 亜美ちゃんも来るように言ったんだけど、反応は無かった。

 仕方がないなぁ。


「どうした?」

「どうしたじゃないよ!」

「うおっ」


 いつになく怒っている私を見て、夕也くんもびっくりしているようだ。

 夕也くんに怒っても仕方がない事なんだけどね。


「亜美ちゃんから全部聞いたよ」

「全部か?」

「4回えっちしたことも全部!」

「そ、そうか」


 ちょっとヒートアップしすぎかな。 冷静になった方がいいよね。 夕也くんは何も悪くないんだし。


「ごめん、ちょっと冷静になるね」

「た、頼む」

「すぅーはぁー……」


 深呼吸して……OK!


「夕也くんはいいの? その、そんな終わり方で」

「良くは無いけど」


 夕也くんは「俺も結構悩んだんだぜ、色々」と付け加えた。

 泊まりでデート、結婚式体験、えっちまでしておいてフラれるなんて、普通は思わないよね。


「ショックだったよね? きっと」

「まあな。 でも、あいつのあんな顔見たら、食い下がれなかった」


 亜美ちゃんは、どんな顔をしてたんだろう?


「好きだ、愛してるって言いながら、泣いてたよあいつ」

「亜美ちゃん……」


 どうして、私なんかの為に……。


「夕也くんはこれからどうするの? 亜美ちゃんの事諦めちゃうの?」

「わかんねぇ……ただ、今あいつを追いかけても、どうしようもなさそうだってことはわかる」


 これは、私にも責任がある。

 私が、亜美ちゃんを焚きつけるタイミングを間違えなければ、こんな結果にはならなかったはずだ。

 帰ってきた亜美ちゃんからは「夕ちゃんと付き合うことになったよ!」っていう報告を聞くことになっていたかもしれないのに。


「ごめんね……夕也くん」

「なんで希望ちゃんが謝るんだよ?」

「私の所為なの……亜美ちゃんがこんな早まった決断をしたのは」


 私は、体育祭の日にあった、亜美ちゃんとのやり取りを夕也くんに話した。

 もちろん、私が誕生日に告白することは伏せて。

 それを聞いても「希望ちゃんは悪くない」と優しく言ってくれた。


「ま、フラれちまったもんは仕方ないさ」


 夕也くんは窓の外を見ながらそう言った。

 まだ吹っ切れてはいないだろうけど、前向きに考えているんだなぁ。

 こんな夕也くんに告白してもいいんだろうかと、心配になってきた。

 その日は、そのままお暇して家に戻った。

 

 家に戻って亜美ちゃんの部屋を覗いてみたけど、布団をかぶっていて反応は無かった。

 聞こえているかはわからないけど、引っ叩いて怒鳴ったことは謝っておいた。





 ☆奈々美視点☆


 月曜日、部活の後にいつもの喫茶店に亜美と来ているわけなんだけど。

 週末の間に色々あったみたいねぇ。

 これはまたややこしい展開になったものだわ。


「はぁ、あんたねぇ。 バカなの? 何でも出来る癖に、不器用過ぎでしょ?」

「あんまり怒らないでよ。 私だってかなり凹んでるんだから」

「呆れてんのよ。 あと、自業自得」


 まさか、ここまで重症だったとは思って無かったわ。

 希望も希望で、肝心の言葉は言わなかったみたいだし。

 まぁどこかで、「負けたくない」って気持ちがあって、言えなかったのかもしれないけど。

 実際亜美がその気になってたら、勝負がついてたんだし。


 これは、一筋縄では行きそうに無いわね。 この三角関係。

 あと、私と宏太の方も。 


「そう言えば、奈々ちゃんも宏ちゃんとお出かけしたんでしょ?」

「え、まあしたけど」

「初デートはどうだったの?」

「そうねぇ……」



 ◆◇◆◇◆◇



 時は遡り、昨日の日曜日。


「悪い悪い、待たせたな」

「遅い! 女子を10分も待たせるなんてあり得ないわよ?」


 私と宏太のお試し期間初デート。

 駅前で待ち合わせをしていたのだが、宏太の奴は10分遅刻。

 後5分遅かったらぶん殴ってたわ。


「大体、向かいに住んでるのに、なんでわざわざ駅前で待ち合わせなんだよ」

「雰囲気ってわかる?」

「かぁーっ、めんどくさいなぁ」

「ねぇ、それ相手が亜美でも同じこと言うの?」

「言うわけねーだろ! 30分前からここで待ってるわ!」


 この差である。

 宏太の中では、私と亜美でこれだけの差が生まれてしまっている。

 どうしたものかしら。


「そういや、亜美ちゃんと夕也は昨日から泊まりで出掛けてるんだっけな?」

「あー、写メ来てたわよ?」

 

 私は、昨晩亜美から来た写メを宏太に見せてやる。


「うぉ……これ亜美ちゃん? 普段と違うけどすげー綺麗だな」

「よねぇ。 私もこれ見てびっくりしたわ」


 スマホの画面に映る、ウェディングドレス姿の亜美は、女の私が見ても唸るぐらいに綺麗だ。


「なんかもう一個メール来てるな?」

「あー、これ?」


 これは今朝届いたメールだ。

 内容はアレなんだけど……見せたらどうなるかしら?

 見せてみようかしら?

 

「何々? 『夕ちゃんと4回もしちゃった!』」

「えっちしたらしいわよ? 一晩で4回」


 宏太は「嘘だ!」と、言って信じなかったが、残念ながら事実らしいのよね。

 私も「あの亜美が」とは、思ったけど。

 私達三人の中で最初に大人になるのがあの子だとは思わなかったわ。


「ショックだ……今日はもう帰る」

「ち、ちょっと宏太?!」


 こんなメール見せるんじゃなかった。

 こいつ、私の事を少しは意識してくれるようになったのかと思ったけど、全っ然じゃないのよ!

 亜美の事を引き摺りまくりじゃない!

 あーもう! 2、3か月でどうにかなるのかしらこれ?


 帰ろうとする宏太を、なんとか引き止めてデート中止は免れた。

 バカをやってる間に、電車を一つ逃してしまったが。


「亜美ちゃん……君はもう」

「諦めなさい。 亜美はもう大人の女になってしまったのよ」


 宏太はがっくりと項垂れてしまった。

 

 宏太を引きずって電車に乗り込み、本日の目的地を目指した。

 目的地は先日オープンしたばかりの巨大温泉テーマパーク!

 室内温泉プールから、サウナ、岩盤浴など様々なアトラクションがあるらしい。

 1日遊び倒してやるわよ!


「まあまあ、着いたら私の水着でも見て元気出しなさいよ?」

「あー」


 大丈夫かしら宏太の頭。

 元からバカだけど、今はそれに輪をかけてバカになってるわね。


 ◆◇◆◇◆◇


 目的地に着く頃には、宏太も少し落ち着いたのか、はたまた現実逃避したのかは知らないが、いつも通りのバカに戻っていた。


 私は、女子更衣室で水着に着替える。

 この前、奈央にもらったのでも良かったけど、せっかくだから新しいのを買ってきたわ。

 宏太って、どういうのが好きなのかしらね。

 今日のは、ちょっと際どめの黒いビキニ。


「お待たせ、宏太」

「おう」


 え? む、無反応?!

 だいぶ攻めたつもりだけど、まだ足りなかったかしら?

 それとも、私の体には興味がないって事?


「どした? 早く遊ぶぞ?」

「え、あの、何かないわけ?」

「んあ? お前、ちょっと太ったか?」

「変わってないわよっ! 死ね! サウナで干からびてバカ面のミイラにでもなってればいいのよ!」


 せっかく新しいの買ったのに!

 他の男なんか、私を見てにやにやしてるじゃない!

 あいつの私を見る目はどうなってんのよ?!


 私は宏太を放っておいて、一人で行動を開始した。

 デートとか知ったことじゃないわよ、もう!


「ねーねー、そこのカーノジョ!」

「あん?」


 今時、こんな古典的なナンパする奴がまだいるの?

 私は鋭い目付きで睨み付ける。

 あからさまにチャラくて軽そうな金髪の男が立っていた。


「おっと、怖いねぇ。 でも俺、君みたいな気の強そうな女の子好きだよ。 こんなとこ抜け出して、ラブホで気持ちいい事しない?」

「ウザっ、あっち行きなさいよ」


 私は手で追い払おうとした。

 しかし、ガシッと手首を掴まれてしまう。

 あーもう、本当にウザい。


「離しなさいよ」

「え? ラブホまで我慢出来ないって? しょうがないな? じゃあ、その辺の人がいない所で……」

「おい……」


 ナンパ男の後ろから他の男の人の声がする。

 

「てめぇ、そいつの手を離せよ」


 声の正体は宏太だった。

 やだ、めっちゃいいタイミングじゃない! しかも、かっこいい!


「こ、宏太」

「だ、誰だお前?」

「その女のツレだ。 いいから手離せよ。 そうじゃないと」

「どうなるんだ、えぇ?」

 

 宏太、やれ! やっちゃえ!


「その掴んでる手、その女の馬鹿力でへし折られるぞ」

「へし折るかっ!」


 私は、ナンパ男の手を力づくで引き剥がして宏太に詰め寄る。

 

「な、なんてパワーだ?!」

「うっさい! 本当に腕へし折られたくなかったら私の前から消えなさい!」

「は、はひっ」


 ナンパ男は逃げ去った。

 情けない奴ね。


「なんだよ、やっぱり一人でなんとか出来るんじゃねーか」


 助けに来て損したと言わんばかりの顔でそう言った。

 何なのよこいつ! ちょっとでもかっこいいと思った私がバカみたいじゃない!


「うっさいわね。 今度さわやかイケメンにナンパされたらホテル行ってやるんだから」

「ほー、そうかいそうかい」

「あんたも、どっか行きなさいよ。 さわやかイケメンが近付いて来ないでしょ?」


 シッシッと手で追い払うジェスチャーをする。


「んじゃ、離れてやんねぇよ」

「な、何でよ?」

「お前の相手が出来るイケメンなんて、俺ぐらいだろ?」


 素の顔をしてそんなことを言い放つ宏太。

 な、何言ってんのこいつ?! 恥ずかしっ!

 あ、でもちょっとドキッとしたわね。 やるじゃん宏太。


「し、しょうがないわね」

「何を一丁前に赤くなってんだよ」

「うっさい!」


 とりあえずは、宏太と行動することが出来そうだ。

 私達ってなんでこうなのかしら。 良く、妹の麻美にも呆れられてるけど。


「奈々美、50mで勝負するか」

「いいわよ?」


 急に宏太が勝負を挑んできた。


「私が勝ったら、帰りにあんたから私に、キスしてもらうわよ?」

「うわ、負けたくねー」

「なんでよ? そんなに嫌?」

「そう言うのは、勝って手に入れるもんだろ!」

「なっ?!」


 一瞬、動揺した所為でスタートが遅れてしまった。

 卑怯な!

 遅れてスタートを切るが、そもそも宏太の方が私より速い。

 勝てるわけないじゃないの!


「俺の勝ち!」

「卑怯! ズルよズル!」


 ハンデを付けて、もう一度勝負をしろと言ったけど「1日1回勝負」とかどこぞのサッカー選手みたいなことを言って逃げた。


「帰りにお前から俺にキスな?」

「くっ、目的は果たせてるのになんか悔しい!」


 何なの、この敗北感!

 ていうか、キスはしても良いとは思ってくれてんのね。


「なんか、腹立つ! ウォータースライダー行きましょ! スカッとしたいわ!」

「はいはい」


 という事で、ウォータースライダーへ移動した。

 上から見ると中々の角度と高低差のウォータースライダーだ。

 先発したカップルが下のプールに投げ出されて凄い水しぶきを上げている。

 楽しそうね。


「宏太、あんた前か後ろどっちが良い?」

「後ろ」


 何で即答なのよ。 訳わからないわね。

 ということで、私が前、宏太が後ろで滑る事にした。

 ここで、私は失態に気付く。 宏太の視線が私の胸元に向いているのがすぐに分かった。

 こいつ、谷間を覗き込む為に後ろへ?!


「奈々美、もう遅い」

「こんのスケベー!」


 そのまま、スタッフのお姉さんに押されてスタートさせられてしまった。


 こいつ、どさくさ紛れに胸揉んでない?!

 何て男なの! さっきまで亜美の事で落ち込んでたくせに、女の子なら誰でも良いのかしら?


 ザバァァン!


 そのままプールまで滑り落ちる。

 水中でしっかり水着を着ていることを確認して水面に上がる。

 ポロリは回避よ。


「奈々美、スカッとしたか?」

「するか!」


 ついつい頭を殴ってしまった。

 あー、最近我慢してたのに!


「悪い悪い。 でも、そんな水着じゃ俺もやっぱりそういう気分になるぜ?」

「へっ?」


 何、あんまり反応無かったから何とも思われてないかと思ったけど。

 

「良いと思うぞ、それ。 お前には似合ってる」

「宏太……」


 ちょっと照れるじゃない!

 宏太の癖にムカつく。


 その後も、二人で岩盤浴したり、サウナで我慢比べしたりと、楽しい時間を過ごした。

 ひとしきり遊んで家の前に着く頃には日も暮れていた。


「今日はありがとうね。 楽しかったわ」

「そうか、そりゃよかった」


 しばらく、間を置いて、宏太が口を開く。


「で、勝負の報酬は?」


 覚えてたのね……。


「しょうがないわね。 目瞑りなさいよ」

「あいよ」

「い、良い?」

「ああ」


 私は少し背伸びをして宏太の顔に、自分の顔を近づける。

 身長高過ぎ、ちょっと屈みなさいよね……。


「んっ」


 宏太との2回目のキスはとても長いキスだった。

 終わった後はもう恥ずかしくて、すぐに家に駆け込んだ。

 き、近所の人とかに見られてないかしら?

 不安だわ。


 なお、妹にバッチリ見られていたらしく「23秒だったね?」などとイジられてしまった。


 ◆◇◆◇◆◇


 現在──。


「何だかんだで、上手く行きそうじゃない?」

「どうかしらねぇ? あんたが完全にフリーだってわかったら、私なんて簡単に捨てられそうよ?」

「あ、あはは……それは」

「別にいいわよ。 あんたも、もし宏太に支えてほしくなったら私に遠慮しなくていいわよ」

「……」


 少しだけ考えた亜美は「わかったよ」と、微妙な笑顔で頷いた。

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