第29話 思い出が欲しい

 ☆亜美視点☆


「付き合うか? 俺達」


 控え目に言って、凄く嬉しい。

 私が夢見て止まなかったものが、今まさに目の前にある。

 すぐに手を取って「うん」と応えたい。


 でも、それは出来ない。

 それは、私が出した答えに反するものだから。

 私は決めたんだ。


 私より、希望ちゃんの幸せを優先すると。


「ごめんなさい、夕ちゃんとはお付き合いできない」

「え?」

「んと……この話は、部屋に戻ってからゆっくりしよ?」

「あ、あぁ」


 パーティーが終わるまでは、微妙な空気が流れた。

 さっきまであんなに幸せだったのに。


 私は部屋に戻ってきて、先にシャワーを浴びさせてもらった。

 シャワーから戻り、愛用のネグリジェを着て部屋に戻った。

 ベッドに座る夕ちゃんの隣に腰掛けて、話を始める。


「夕ちゃん、ありがとう。 付き合おうって言ってくれたの、凄く嬉しかった」

「おう……」

「私も、夕ちゃんの事が好きだよ? 幼馴染としてじゃなくて、男の子として」


 夕ちゃんからの言葉は何もない。

 私は構わずに話を続ける。


「私、夕ちゃんの事愛してる」

「じゃあ何でだ? そこまで想ってくれるなら俺と──」

「私なんかより、幸せになって欲しい子がいるの」

「……それって、希望ちゃんか?」

「うん。 希望ちゃんの気持ちにだって気付いてるんでしょ?」

「そりゃ、まあ……」

「夕ちゃんには、希望ちゃんを幸せにして上げてほしいと思ってるの。 だから、私は夕ちゃんの彼女にはなれないの。 ごめんね?」

「それは……お前の勝手な押し付けだろ? 大体希望ちゃんは──」

「わかってる」


 そう、これは私の勝手な押し付け。

 夕ちゃんの気持ちも、希望ちゃんの気持ちも考えていない、私の独りよがりだ。


「俺はお前を選んだんだ。 俺の気持ちはどうなる?」

「私の事は忘れて……ね?」

「なっ、バカ言うな……よ?」

「ぐすっ」


 我慢していた涙が流れてくる。


「亜美、お前はどうしてそこまで……」

「私だって……私だって嫌だよっ! 夕ちゃんのこと好きだもんっ! 本当に凄く悩んだのっ!」


 でも、私はこんなやり方しか出来ない。

 希望ちゃんの幸せを、こんなやり方でしか叶えて上げられない。


「今日のデートはね、夕ちゃんとの幸せな思い出が欲しかったから、色々考えて予定立てたんだよ?」

「思い出って……」

「出来れば、こんな暗い話はしたくなかったな……」


 帰るまでは、幸せでいたかった。


「ねぇ、夕ちゃん? お昼にした話を覚えてる?」

「昼……あれか」


 私は夕ちゃんの手の上に自分の手を重ね、ゆっくりとキスをする。

 長い長いキス。 絶対に忘れない様に。


「私、夕ちゃんとの思い出が欲しい」


 夕ちゃんの胸に、体を預けるように倒れ込む。 鼓動の音が聞こえてくる。

 凄くドキドキしてる……。


「夕ちゃんは、こんな形で私とするのは嫌かもしれないけど。 きっと最後になるから」


 夕ちゃんの背中に手を回して、強く抱きつく。

 夕ちゃんの腕が私の腰に回されて、同じように抱き締めてくれる。


「亜美……」

「今夜、夕ちゃんに抱いて欲しい……」


 私達は今日4度目となるキスを交わした。




 ◆◇◆◇◆◇




 思い出作りを終えて、夕ちゃんと話をする。

 こういうのピロートークっていうのかな?


「えへへ 激しい新婚初夜だったね?」

「新婚初夜で離婚話されるとは思ってなかったけどな」

「あはは、ごめん……でも、凄く幸せだった」

「そうだな。 この先も続けば良かったんだけどな」

「あんまり責めないでよぉ」


 夕ちゃんの頭をぽかぽかと叩く。

 私、夕ちゃんとえっちしちゃったんだよね?

 なんか夢みたいだ。

 本当にこの先もずっと続けばいいのに。


「その、大丈夫だったか? 初めてで勝手がよく分からなかったし」

「夕ちゃん優しかったし、最後の方はその……気持ちよかった」

「そうか」

「これで、希望ちゃんとする時はバッチリだね?」


 ふざけ半分で言うと、夕ちゃんは真剣な顔をして応えた。


「希望ちゃんと付き合うかどうかは、わかんねーよ。 今、俺が好きなのは亜美だから」

「えー! 最後の思い出まで作ったのに、そんなこと言われると困るよ」

「人の心を弄んだ奴が何を言うか」

「うっ」


 何も言い返せない。 こうなったらやけくそだ!

 私は夕ちゃんの上に馬乗りになる。 夕ちゃんにもっと愛してもらおう。


「さっきのが最後って言ったけど撤回するよ。 今私達は夫婦だもんね」

「な、何を急に……」

「思い出もっと作るの。 2回戦だよ夕ちゃん!」

「お前、そんなエロい女だったのか?!」

「今だけだよ」


 そのまま4回戦まで続くとは思ってなかったけど。

 4回の間に、やれることは一通りやったし満足だよ。




 ◆◇◆◇◆◇




 翌朝、私達はチェックアウトして指輪を返却、代わりに記念写真を受け取りホテルを後にした。


「夫婦解消だねぇ……」

「んだなぁ」


 ほぼ、朝まで頑張ってたせいで、夕ちゃんも私もお疲れだ。

 電車とかで寝ちゃいそうだよ。


 夕ちゃんと、手を繋いで歩きながら、この先の事を考える。

 もし、夕ちゃんと希望ちゃんが上手く行ったら、きっと辛い思いをするだろうな。 後悔もするだろう。

「後悔はするな」ってアドバイスをくれた奈々ちゃんには呆れられそうだ。

 希望ちゃんに、私が出した答えを話したらやっぱり怒られるだろうか?

 この先、不安な事だらけで泣きそうだよ。


「なぁ亜美、彼氏とか作るのか?」

「どうだろね? 今のところ候補は宏ちゃんだけなんだけど……」

「あいつ、奈々美と付き合い出したんだろ?」


 そうなんだよね。

 二人の邪魔したくはないなと思ってるんだよね。


「夕ちゃんか宏ちゃん以外の彼氏はいらないかなぁ?」

「お前、その両方をフッたってことを理解して言ってるか?」

「うわわ、本当だね?」


 びっくりしたよ。 付き合っても良いって思ってた男の子二人から告白されたのに、どっちも断っちゃってる。

 あはは、こんなんじゃ、私は一生幸せになれないね。


「なあ? 希望ちゃんの事をどうするかは、俺が決めるんだよな?」

「それはそうだよ?」

「仮に俺が希望ちゃんと付き合わないという選択をしたとして──」

「希望ちゃん泣かせたら、私怒るよ?」

「詰んでんじゃねーか!」

「夕ちゃんの気持ちは、凄く嬉しいよ? フラれて尚、私を選ぼうとしてくれてるんだよね?」


 夕ちゃんの私への愛は、昨晩に嫌というぐらい教えてもらった。

 まだ、私の体が覚えている。


「好きな女の子と一緒にいたいと思う事の何が悪いんだか」

「あはは……どうしてこうなっちゃったんだろね?」


 夕ちゃんから「お前がバカな所為だ」と、小突かれてしまった。

 その通り過ぎて何も言えないよ。


「俺だって、希望ちゃんの事を可愛いと思ってるぞ。 本当にお前か希望ちゃんかで迷ったんだ」

「うん」


 そんな中でも、私を選んでくれた事が本当に嬉しい。

 本当になんでこうなっちゃったんだろうなぁ……。


「大体さ、希望ちゃんは俺に告白とかして来ないぞ?」

「それはぁ……きっと大丈夫だよ」


 さすがに、私から「誕生日に告白するって言ってたよ」とは言えないよね。

 ここはお茶を濁すしかない。


「そうかい」

「夕ちゃんから告白しちゃうって手もあるんだよ?」

「お前なぁ」

「あ、ごめん……」


 私の事を好きだって言ってくれる男の子に何てことを言ってるんだろう。

 ひどい女の子だね。


「希望ちゃんか……」

「凄く可愛くて良い子だよ」

「知っとるわい!」

「私より可愛いよ」

「同じ位だろ」

「へぇ、夕ちゃんの私の評価高いね?」

「最高評価だバカ」

「ふふっ最高評価なんだ? ありがと」


 ゆっくりと帰りながら、そんな他愛の無い話をした。


 ◆◇◆◇◆◇


 長い道のりを経て、私は我が家へ帰ってきた。

 夕ちゃんの家に呼ばれたけど、ちょっと遠慮した。

 今、夕ちゃんの家で二人っきりになったら、きっとまた甘えちゃう。

 夕ちゃんのお嫁さん期間はもう、終了したんだから。

 

「ただいま」

「おかえり、亜美ちゃん」


 家に入ると、希望ちゃんが待っていたと言わんばかりにリビングから出てきた。

 にやにやとしている。

 デートで何をしてきたか、全部聞き出してやろうと言う顔だ。


「ぬふふー話を聞かせてもらおうかなー?」


 私は苦笑いしながら、希望ちゃんを連れて自分の部屋に戻る。

 やっぱり逃げられないよね。

 希望ちゃんは、私の勉強机の椅子に座って楽しみに待っている。


「どうだったのお泊まりデートは?」

「んー、成功かなぁ?」


 概ね、私の予定していた事は達成できたと言ってもいい。

 一晩で4回もえっちしちゃうとは思ってなかったけど、それはそれで……。

 もうちょっと、夕ちゃんに希望ちゃんPRをして上げた方が良かったかもしれない。


「おお! 成功!」

「うん。 あ、そうだ、これこれ」


 私は、夕ちゃんと撮った記念写真を希望ちゃんに見せてあげた。


「これ亜美ちゃん? 凄く綺麗……」

「ありがとう。 夕ちゃんもそう言ってくれてたよ」

「そりゃそうだよぉ! ウェディングドレス羨ましいなぁ」


 希望ちゃんは目を輝かせながら写真を見ている。

 私は帰りに買ってきた額縁を取り出して、写真を入れて飾る。

 うーん、宏ちゃんと撮った写真も悪くないけど、やっぱり違うなぁ。


「夕也くんもかっこいいね」

「うん、凄くかっこよかったよ」

「花嫁体験はどうだった?」


 希望ちゃんはもう興味津々といった様子だ。

 私は、イベントの内容を順番に話してあげた。


「へぇー、二人しかいない以外は本当に結婚式みたいだったんだ?」

「うん、一晩の間は夫婦気分だったよ」

「んー、これは負けてられないなぁ……」


 希望ちゃんは、うんうんと頷きながら言う。

 負けるも何も、私は戦線離脱だよ。


「他に何かあった?」

「うん……夕ちゃんと……その……」

「うん」

「えっち……した」

「……ええええええっ!」


 椅子から落ちるぐらい驚いていた。

 それはそうだよねぇ。 恋敵だと思ってる女の子が、自分の好意を寄せてる男の子と泊まりデートに行って、えっちして帰ってきちゃったんだもんね。


「私まだ口でしか……」


 それはそれで凄いと思うけど……。


「やっぱり、い、痛かった?」

「最初だけだったよ。 2回目以降は気持ち良かったよ……」


 思い出したらちょっとムラっとしちゃった。

 ダメダメ……。


「2、2回目……以降?」


 希望ちゃんがわなわなと震えている。

 あまりの衝撃に言葉を失っているようだった。


「え、えーと……何回ほど?」


 私は指を4本立てて前に出す。


「4回?!」


 目を白黒させながらあわあわとしている希望ちゃんが可愛い。

 いずれ希望ちゃんも経験するんだけどなぁ。


 さて、ここからが本題だ。


「希望ちゃん」

「ふえっ?!」


 慌てふためく希望ちゃんの名前を読んで正気にさせる。

 希望ちゃんは深呼吸をして落ち着こうとしているようだった。


「ま、まだ何か衝撃的なことが……?」


 そんなことは無いと思うんだけど。

 でもきっと怒るんだろうな。 


「夕ちゃんから、付き合わないかって告白されたよ」

「えっ!」


 希望ちゃんはビクっとした反応を見せる。

 きっと負けを突き付けられたと思っているのだろう。


「そ、そっか……お、思ったより早くてびっくりだよ」

「うん、私もちょっとびっくりしたもん」

「お、おめでとう亜美ちゃん! やっぱり本気になられたら私なんて相手にならないね……あはは」

「断ったよ」

「……へ?」

 

 私のその一言で希望ちゃんが言葉を失ってしまった。

 私を見る希望ちゃんの表情が、不可解そうな顔をしている。


「お断りしたの……夕ちゃんの告白」

「ど、どうして?! 好きなんでしょ?! どうして断るの?!」


 椅子から立ち上がって私に詰め寄ってくる。 やっぱりそうなるんだよね。


「好きな男の子に告白されて、えっちまでしておいてどうして?!」

「お、落ち着いて」


 希望ちゃんに幸せになってほしいからだなんて、希望ちゃんを盾に使うようなことを言えば、もっとヒートアップするよねきっと。

 でも、どう言えば希望ちゃんは納得してくれるだろう?


「わかんない!」

「希望ちゃん……」

「まだ、私の誕生日まで3週間あるから、もう一度よく考え直して?」

「一緒だよ。 私の答えは変わらないから」

「っ!」


 パンッ!

 次の瞬間ほっぺたに痛みが走る。

 希望ちゃんに引っ叩かれたんだ。


「……」

「誕生日までは待つから」

「……」

「何か言ってよ?」

「ごめんなさい……でも私の答えは変わらないよ」

「そんな風に泣きながら言われても説得力ないよ?」


 希望ちゃんはもう一度だけ「待ってるから」と言い残し部屋を出て行った。


「……うっ……ううっ……」


 これで良かったんだよ。

 何度もそう言い聞かせる。





 ☆希望視点☆


「夕也くん! 今すぐそっち行っていい!?」


 私は部屋に戻ってすぐに夕也くんに電話を掛けた。

 こんなの納得いかない。

 好きなのに、好き同士なのに。

 こんな、こんな形で勝ったって私は嬉しくなんかない!

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