第28話 幸せな時間
☆夕也視点☆
長年、一緒にいるから目を見れば冗談なのか本気なのかは分かる。
「今夜、夕ちゃんとそうなるつもりで、このデートに来てるんだよ?」
本気の目をしている。
いくら待ってもさっきのような「なんちゃって」は期待できないだろう。
しばらくの間、亜美の顔を見ていると、いつもの顔に戻って口を開いた。
「この分だと、今晩は夕ちゃん次第になりそうかなぁ……」
そう言うと、昼食の和食定食を食べ始めた。
俺次第、なのか?
今夜、こいつは本気で俺とするつもりでいるのか? どうして急にそんなことを? 一体何があったんだ?
「ねぇ、この後どうする?」
すでにいつもの亜美に戻っている。
意味が分からない。
「時間まだあるから、ブラブラ見て回る?」
「そ、そうだな」
回らない頭でそう応えるしかなかった。
◆◇◆◇◆◇
外に出てからは、言葉通りブラブラ歩いては目ぼしい店に入り、冷やかしをして出て行く。
そうしている内に、頭の中も落ち着いてきた。
夜の事は夜考えよう。 意外と亜美がヘタレて何も起きないかもしれない。
「ねぇ、夕ちゃん。 映画館あるよ?」
「おう、あるな」
「入ろ?」
「ん、なんか観るのあるのか?」
「うん、今話題のホラー映画観たいと思ってたの」
本当にホラーとか得意だなこいつ。
お化け屋敷とか行っても全く怖がらないし、ホラー番組とか見ても「あんなのヤラセだよー」と冷めた反応を見せる。
ただ、決してそういう類のものを信じていないわけでは無いようで「自分には見えないからって居ないと断言するのは違うと思うし、見えないだけで実際には居ても不思議じゃないと思う」というスタンスらしい。
「んじゃ、入るか」
「うんっ」
亜美はなんの躊躇いもなく、俺の腕を掴みくっ付いて来る。
今日の亜美は何かおかしい。
おかしいと言えば、最近は何か考え事でもしてたのかボーッとしてる事が多かったな。 この間も包丁でケガしてたし。
何か関係が?
上映開始までは、まだ少し時間があるようだ。
俺達は併設されているゲームセンターで時間を潰した。
希望ちゃんもそうだったけど、女子ってプリクラ好きだなぁ。
上映時間になり、話題になっているらしいホラー映画を観賞する。
周りの女性客は、所々小声で悲鳴を上げたりして怖がっていたが、俺の隣に座る幼馴染は終始真顔でスクリーンを見ていた。
本当に楽しんでるのかどうかわからない。
ただ、観賞中に握ってきた手は最後まで離さないでいた。
「話題作だけあるねー」
観終えて第一声がこれである。
感動の顔の一つもしてなかっただろ!
「夕ちゃん、気付いた? 中盤の暗闇から沙耶香が出てくるシーンなんだけど、右上の方に女の人の顔が薄ーく映ってたの」
え、それって映ってたらダメなやつ映ってるやつ?
「気付かなかったけど」
「多分、マジなやつだよあれ? それは話題になるよね」
いやいやいやいや。 それで話題になってるわけじゃないからな!?
その後も映画の話をしながら歩き回った。
時刻は15時。
亜美が予約したイベントは17時から開始との事だが、16時にはフロントに声を掛けて準備しないといけないらしい。
亜美は、ホテルに戻ってシャワーを浴びたいと言うので、ホテルの部屋に戻ってきた。
現在、亜美は浴室でシャワー中だ。
「そうなるつもりで……か」
さっきの定食屋での話を思い出す。
亜美の事は可愛く思っている。 恋愛感情に近いものを抱いているとも思う。
でもなぁ、お互いの気持ちを確認し合った訳じゃないし、いきなりそういう事をしようと言われても困るぞ。
そうだ、まずはお互いの気持ちをはっきりさせないとな。
「はー、シャワー気持ち良かった」
シャワーを浴びて出てくる亜美。
んー、可愛い。
「時間まで、ゆっくりしてよ」
「ふむ」
実は先程、ホテルに戻ってくる時に見たんだが、やたら花嫁衣装を着た女性がいた。 隣にはタキシード姿の男も。
1組や2組なら、ホテルで結婚式でも挙げたのかと思うが、あれだけいるとバカでも気付く。
あれの中に俺達も入るんだ。
「なあ、亜美」
「んん?」
「さっきの、花嫁集団の仲間入りするのか?」
「あー、バレたかー」
と、悔しそうな顔をする亜美。
やっぱりそうなのか。
「でも、あの人達はまた別プランかな? 私達がやるのは1組だけで記念撮影したり、指輪交換とか、誓いの言葉を交わすとかだよ?」
「二人だけで結婚式か?」
「体験だよ体験」
まあ、そうだけど。
「じゃあ、お前もあんなドレスを?」
「うん。 ちょっと奮発して良いドレス選んじゃった」
期待しててね! と、笑顔で言い放つ亜美。
天使みたいな亜美が現れるのでは?
「凄く楽しみにしてたんだよ? 夕ちゃんとの結婚式」
「体験だろ?」
「うん」
まあ、しょうがない。
こうなったらとことん付き合ってやるか。
16時前には部屋を出て、フロントへ向かう。
「17時からのBプランで予約しています、清水亜美と今井夕也ですけど」
「少々お待ち下さい」
しばらくすると二人ほど案内係がやってきて、亜美とは別室に連れていかれる。
ふむ、俺はタキシードとか着せられるのか。
タキシードなんか着たことないが、案内してくれたお姉さんが手伝ってくれた。
「彼女さん、とても可愛らしい女の子ですねぇ」
急に話しかけられる。
やはり、誰が見ても可愛いんだろうか?
「そうですかね? いつも一緒だとわからなくて」
恥ずかしいので適当に誤魔化しておく。
「でも、高校生ですか。 将来、ちゃんとした結婚式してあげてくださいね? 彼氏さん」
と、笑顔で言われてしまった。
彼氏……ではないんだよなぁ、今のところは。
タキシードを着終えると、また別室へ案内される。
「女性の方は少しお時間が掛かりますので、もう少しお待ち下さい」と言って、案内のお姉さんは出て行った。
「結婚式の体験か」
亜美も、こういうのに興味あるんだなぁ。
ちょっと前までは、「勉強とバレーボールが恋人だ」なんて言ってた癖に、最近は妙に色気付いて。
思えば、あいつの誕生日の辺りから何か変なんだよなぁ。
俺と希望ちゃんをくっ付けようとしたり、今日は泊まりでデートしたり、行動も矛盾している。
何がなんだか。
「お待たせしました」
考え込んでいると扉が開いて、そこからは純白のドレスに身を包んだ天使が現れた。
純白のレースのウェディングドレスの綺麗な姿、シースルーのヴェールで隠された亜美の顔はいつもの「可愛らしい」とは違い、とても大人っぽくて美人だ。
言葉を失うとは、正にこの事か。
呆気にとられてしまい、数秒間声が出なかった。
「夕ちゃん、お待たせ。 えへへ、どうかな?」
小首を傾げて訊いてくる純白の天使に俺はただ一言を発するのが精一杯だった。
「き、綺麗だ……」
「ありがと! 夕ちゃんもかっこいいよ?」
そう言うと、天使は俺の前に降り立った。
「それでは、まずお写真を撮りますね」
俺と亜美は二人で並んで立つ。
緩く腕を組んで身を寄せてくる亜美にドキドキしてくる。
いつもとはまるで雰囲気の違う亜美に緊張して、俺は体も表情も強張っているだろう。
「彼氏さーん、表情固いですよー」
案の定ダメ出しを食らう。
仕方ないだろ! こんな綺麗になって出てくるとは思わなかったんだよ!
「夕ちゃん、リラックスだよ」
「お、おう」
そうだ、綺麗になっても亜美は亜美。 幼馴染は幼馴染だ。
一つ、深呼吸をして、少し落ち着いた。
「撮りまーす……はい、OKです! お写真は明日、チェックアウトの時にお渡ししますね」
少々お待ち下さいと言って出て行ってしまった。
亜美の話によると、この後、神父さん(?)が来て簡単な結婚式を執り行うらしい。
あくまで体験だ。
「さすがに驚いたな。 本当に綺麗だ」
「ありがとう。 奮発した甲斐があったよ」
プチ結婚式体験が終わったら、動きやすいドレスにお色直しして、ホテルの大広間で、本日の予約者のみが参加できる立食パーティーがあるらしい。
先程、ホテルの入り口で見た人達が皆参加するとの事。
「思ってたよりずっといい感じ」
「そうか。 来て良かったな?」
「うん。 あ、そうだ」
亜美は思い出したように言う。
「この後、誓いの口付けがあるんだ。 だから、今日はキス解禁ね? 好きなだけしていいよ?」
キス……誕生日の時にファーストキスをして、それが最初で最後だと言ってたいた。、GWにしてしまったキスはノーカンだと言い張り、今日に至っては解禁だから好きなだけしていいと言う。
最初で最後って何だったんだ?
心境の変化でもあったんだろうか?
「誓いの口付けの前に、練習はどう?」
「いらん」
「んー、残念」
本当に解禁のようだ。
しばらくすると、神父(?)が入って来て、式の体験が始まる。
お決まりの台詞が聞こえて来た。
「新郎夕也、あなたはここにいる新婦亜美を、健やかなるときも病めるときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「誓います」
亜美の肩がピクッと動いたのが横目に見えた。
「新婦亜美もまた、ここにいる新郎夕也を、健やかなるときも病めるときも、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「誓います」
神父さんが何処からか指輪を出してくる。
指輪交換か。
俺に指輪を渡してくる。
亜美はゆっくり左手を出して、その薬指を見つめている。
本当に綺麗だ。
ゆっくりと、指輪をはめてやる。
同じように、亜美からも指輪をはめてもらう。
「誓いの口付けを」
俺と亜美は向き合って立つ。
ヴェールを上げると、いつもとはだいぶ違うメイクで、綺麗になった亜美の顔がよく見えた。
「夕ちゃん……幸せにしてね?」
上目遣いで、そんな風に言ってくる花嫁。
これは反則だな。
「あぁ、幸せにするよ」
そう返して、誓いの口付けを交わすのだった。
◆◇◆◇◆◇
式の体験が終わり、亜美はお色直しへ向かった。
しかし、本格的な体験イベントだなぁ。
指輪は明日のチェックアウトの時に返却することになっているらしい。
失くしたら大変だ。
亜美は「今日1日夫婦だね」などと盛り上がっていたが。
しばらく待っていると、先程より幾分かラフなドレス姿で、天使が帰ってきた。
青を基調としたパーティ―ドレスだろうか? 胸元が少し開いたセクシーかつ、可愛らしいデザインのドレスだ。
メイクも、可愛らしい感じに変えてきて、先程までとは一変して可愛らしくお色直しをしてきた。
「ごめんね、待たせて」
「構わないぞ? そのドレスも似合ってる」
「ありがと」
そう言って、流れるように腕を絡めて密着してくる可愛い天使。
この後は立食パーティーがあるらしい。
なんか、芸能人なんかも来て、歌やら踊りやらを披露してくれるみたいだ。
すげーなおい。
「じゃあ、行くか?」
「はい、あなた」
二人で笑い合いながら立食パーティーの会場へ向かった。
会場には、結構な数の体験新郎新婦さんがいた。
見回してみると、やはりというか成人を越えた大人ばかりで、俺達のような高校生はいないように見える。
会場内のテーブルには色んな料理が所狭しと並んでいる。
飲み物も高そうなワインから、ジュースまであり、幅広いお客さんが楽しめるようになっているようだ。
「うわわ、皆大人だよー。 やっぱり高校生には場違いだったかな?」
「んなことねーよ?」
「そう?」
亜美は俺の方をチラッと見て聞いてくる。
俺は、隣の亜美をゆっくりと見つめた後、周りの花嫁たちを見回してみる。
うむ、間違いないな。
「ざっと見回した感じだが、俺の嫁が一番可愛い」
「またそんな恥ずかしいことを……」
呆れたように言うが、俺は事実そう思っている。
参加者の皆、思い思いにパーティー楽しんでいるようだ。
俺達は、料理を少し食べた後で、テラスの方へ出て夜風に当たる事にした。
「んー、ジメジメしてるね」
「まだ梅雨だからな」
天気が良いのが幸いだ。
「ねえ私ね、式体験の時に、夕ちゃんに愛を誓ってもらって、凄く嬉しかったんだよ?」
そんな気はしてた。
肩がピクッってなってたからな。
「そっか」
「指輪をはめてもらった時は幸せすぎて泣きそうだった」
「そっか」
「これが体験じゃなきゃ良いのに……」
亜美は小声で言った。
将来、ちゃんとした結婚式をしてあげて……か。
俺もそろそろ選ぶ時が来たのかもしれない。
今日1日、亜美と一緒に居てその覚悟が出来た。
俺は、こいつと歩いていきたい。
「ね、夕ちゃん?」
「なんだ?」
「もう一回聞いて良い?」
「ん?」
「幸せにしてくれる?」
「あぁ、幸せにする」
亜美は「ありがと」と言って、目を閉じる。
「ん……」
本日二度目の誓いの口付けを交わすのだった。
「なあ、亜美」
「なあに?」
「付き合うか? 俺達」
その言葉を聞いた亜美は凄く嬉しそうに、でもどこか悲しい顔をしながら口を開いた。
「ごめんなさい」と。
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