第25話 亜美の葛藤

 ☆亜美視点☆


 体育祭が終了した翌日、部活の後に珍しく奈々ちゃんに緑風に誘われた。

 二人になって緑風に行くときは、大体どちらかが話がある時だ。

 今日は奈々ちゃんからの誘い、つまり奈々ちゃんから話があるということだ。


 緑風に着いてすぐ、奈々ちゃんはコーヒー私はフルーツパフェを注文する。


「あんた、それ好きね」

「大好物だもん、緑風のフルーツパフェ」


 昔からこれが好きで好きで……。


「それで、今日はどうしたの?」


 早速本題に入る。

 奈々ちゃんはコーヒーを一口飲んでから……。


「私、宏太と付き合うことになったわ」

「けほけほ……」


 ちょっとびっくりしてむせてしまった。

 急展開だ! 予想の二歩ぐらい進んでた


「お、おめでとう! けほっ」

「ちょっと、大丈夫?」

「う、うん」


 お水を飲んで落ち着く。

 そういえば、林間学校で告白したって言ってたっけ?

 あの時はフラれるかもって言ってたけど、上手くいったんだ。


「まあ、試験的にってやつらしいけど」

「なにそれ?」


 お試しってことだと思うけど、何か嫌だな―それ……。


「2~3か月恋人っぽい事やってみて、本当に付き合ってみても良いって思ったら恋人にしてくれるみたい」

「んー? それってもう恋人なんじゃ?」

「そうよねー?」


 宏ちゃん、もしかして私を忘れる時間が欲しいのかな?

 としたら、私を忘れられなかったら奈々ちゃんとは進展しないかもしれない……?

 私から「忘れて」って言うのも違うような気がするし、奈々ちゃんが頑張るしかないのか。

 私は極力、宏ちゃんに気を持たせるような行動は控えよう。


「でも、良かったじゃん。 フラれるかもしれないって言ってたのに」

「本当それ、嬉しい誤算だったわ。 絶対に落として見せるわよ」


 奈々ちゃん、戦場にでも向かうのかな?

 その後も色々な話をした。


 そうだ……私の話も聞いてもらおうかな?

 昨日、希望ちゃんに言われた事。


「ねぇ、せっかくだし、私の話も聞いてくれない?」

「んん? いいわよ?」

「えっとね……」


 私は昨日の希望ちゃんとの一連の話を奈々美ちゃんに聴いてもらった。

 もちろん、希望ちゃんと夕ちゃんのアレな話は伏せて。


「ふうむ、希望がねぇ」

「うん」

「(希望が頃合いと判断したのか、焦ったのか……?)」

「……」

「それで?」

「それで……って」


 これを相談したって私の中で答えが出るわけじゃない。

 何してんだろ私……。


「どうしたいのか自分でもわかってない、って感じ?」

「うん」


 さすがは奈々ちゃんだ。 私の様子を見て察してくれる。

 だけど、奈々ちゃんがそれを知ったとして、私の心の中の答えを知ってるわけじゃない。


「そっか(希望、焦ったわね……)」


 うーんと、下を向いて何かを考える奈々ちゃん。


「来月の希望の誕生日まで時間はあるわけでしょ? ゆっくり考えたほうが良いと思うわよ?」

「そう、だよね」

「私が、あんたの答えを出してあげることはできないけど、話とかは聞いてあげられるから、一人で抱え込まないようにね」


「私はあんたの味方だから」と付け加えてくれる。

 持つべきものは親友だよ。


 ◆◇◆◇◆◇


 家に帰って1日の疲れを癒す為にお風呂に浸かる。


「答えが出ないなぁ……簡単に解ける様になる公式とかあれば楽なのになぁ」


 人間関係や恋愛は数学のようにはいかない。 誰も答えを教えてはくれない。


「夕ちゃんの事が好き……」


 言葉に出してみる。

 うん、やっぱり好きだ。 愛してると言っても過言ではない。


「希望ちゃんには幸せになってほしい……」


 うん、やっぱりそう思う。 誰よりも幸せになってほしい。


「私は……幸せになりたい?」


 ……。

 やっぱり、わからなかった。



 ◆◇◆◇◆◇



 そんなこんなで数日が過ぎた。

 相変わらず梅雨の鬱陶しい天気が続いている。 私の心もどんよりだ。


「最近、亜美ちゃん様子おかしくありません?」

「そうかなぁ?」


 奈央ちゃんに心配される。 そんなに参っちゃってるのかな私。

 事情を知っている希望ちゃんと奈々ちゃんは心配そうに私を見ている。

 きっと、夕ちゃんにも私の様子がおかしいことはバレてるんだろうなぁ……。


「ところで、明日の球技大会ですけど作戦とかいりませんの?」


 球技大会──我が校の6月に行われるもう一つの運動系イベント。

 今年の種目は女子はバスケの3on3 ソフトボール、ドッジボールの三つ。

 私、奈々ちゃん、奈央ちゃんで3on3のバスケに参加する。

 希望ちゃんも出たがっていたが、くじ引きでソフトボールになってしまった。

 でも、夕ちゃんも男子ソフトボールだと聞いて喜んでいた。

 うんうん、良かったね!


「作戦かー……個人技でいいんじゃないかなぁ?」

「まあ、私達ならそれで十分やれそうよね」

「ですわねぇ」


 私は3onのバスケより、3onの恋をなんとかしたいよ。


「はぁ……」




 ☆希望視点☆


 あれから亜美ちゃん悩んでるなぁ……。

 失敗しちゃった、こんなに苦しめるつもりは無かったのに。

 でも、今更私だって引き下がれない。

 亜美ちゃんが本気にならないなら、私はもう止まらない。


「希望、ちょっと……」


 横から奈々美ちゃんに小声で話しかけられた。

 ちょっと話があるから放課後に緑風に一緒に行こうということらしい。

 この間、亜美ちゃんと話をしてたみたいだし何か聞いたのかもしれない。

 佐々木くんと付き合い始めたって聞いたけど、そっちはいいのかな?


 ◆◇◆◇◆◇


 部活終了後に奈々美ちゃんと緑風へ直行した。

 亜美ちゃんには一言謝って、先に夕也くんの晩御飯の準備をしておいてと頼んだので、そっちは心配無いはず。


「話って、やっぱり亜美ちゃんとの事だよね?」

「まあ、そうだけども、別に責めたりしないしね?」

「……亜美ちゃん、そろそろ食いついてくるかなって思ったんだよ?」

「そうだと思ったわ」

「ちょっと早かったみたい。 結果的に亜美ちゃんを苦しませることになっちゃった」

「んー……こればっかりはもうどうしようもないわね。 あの子がどういう結論を出すか」


 本来なら亜美ちゃんが夕也くんを諦めきれなくなるぐらい好きになっちゃった、ってタイミングで焚き付けて勝負を挑むつもりだったけど、私がタイミングを見誤ってしまった所為で、亜美ちゃんの心を不安定な状態に追い込んでしまった。


「あんたはどうするの?」

「私はもう止まらないよ。 宣言通り、私の誕生日に夕也くんに想いを伝える。 夕也くんが受け入れてくれるかは……わからないけど」

「それでいいと思うわよ。 まあ、あいつはあいつで、二人の間で揺れてるみたいだしね……。 すぐには返事貰えないかも?」

「うん」

「はぁ……本当に複雑な関係ねー、あんた達は! はいっ! この話は終わり! 亜美の事は亜美が答えを出すでしょ」


 パンッと手を叩いて話を締めた。


「ねー、奈々美ちゃん。 佐々木くんとお付き合い始めたんでしょ? どんな感じ?」

「んー、まだ何もしてないのよねぇ……あ、キスはしたけど」

「おおー、キス! でも、デートとかしてないんだね」


 付き合い始めてまだ数日って話だし仕方ないのかな。

 私達、五人の中で初めて出来たカップルだ、どうなるのかすごく興味がある。


「でもねぇ……2か月、3か月後にどうなってる事やら」

「どういうこと?」


 奈々美ちゃんから詳しい話を聞いた。

 お試しかー、面倒なことするな―佐々木くん。

 あーそっかぁ、亜美ちゃんの事がまだ……。 うーん、こっちもこっちで複雑な関係だ。



 私達はその後も色恋話に花を咲かせるのだった。

 亜美ちゃんが奈々ちゃんに話してるものだと思ったから、夕也くんのアレをアレしてあげたことを話したら「嘘でしょ?! あんたが一番早いなんて!?」と驚かれてしまった。

 亜美ちゃんはちゃんと誰にも話さないでいてくれているようだ……。




 ☆亜美視点☆


 部活の後、希望ちゃんは私に謝ってから、奈々ちゃんと緑風へ行ってしまった。

 きっと、私の事を話してるんだろうな。

 今は、夕ちゃんの家で夕飯の支度をしている。 今日の夕食はトンカツの予定だ。 現在は盛りつけ用のキャベツを千切りにしている。


「痛っ」

「どした?」


 椅子に座って新聞を読んでいた夕ちゃんが、私の声に気付いて振り向いた。


「指、ちょっと切っちゃった」


 ボーっとしながら包丁持つと危ないね……。

 指先から血が滲む。 やっぱりちゃんと人間だ。

 奈々ちゃんは「ガソリンが流れてる」とか言ってたけど。


「珍しいな。 大丈夫か?」


 気にして様子を見に来てくれる夕ちゃん。 大したケガじゃないのに。


「大丈夫だよ。 絆創膏ある?」

「お、取ってくるから待ってろ」


 夕ちゃんはリビングの方へと消えて行った。

 しばらくすると、絆創膏を持った夕ちゃんが戻ってくる。


「おいおい、血が垂れてんぞ? 貸してみ」


 パッと夕ちゃんが私の手を取って、切った指をくわえる。

 うわぁ、よく少女漫画とかで見るあれだ。 恥ずかしい。

 そのまま絆創膏まで貼ってくれる夕ちゃん。

 私、きっと赤くなってるなぁ。


「これでよし。 最近お前、よくボーッとしてるだろ? 何があったのか知らないけど、気を付けろよ?」

「う、うん。 ありがと」


 それだけ言うと、また新聞を読み始める夕ちゃん。

 キャベツの千切りを終えて、後はトンカツを揚げるだけ。

 食べる前にサクッと揚げるのでちょっとゆっくりできる。

 私は、夕ちゃんの隣に座って夕ちゃんがばら撒いたチラシに目を通す。


「花嫁体験」してみませんか?

 ジューンブライドの季節! まだ結婚のご予定がない貴女! ウェディングドレスを着て1日だけ花嫁体験! 記念撮影もございます! 6/1~30(日)まで!

 花嫁体験……。 今月末までか。

 私はちらっと夕ちゃんの方を見る。 相変わらず新聞を読んでいる。

 チラシを片付けるフリをして、そのチラシをポケットに入れた。


 宏ちゃんとはGWにドレスとタキシード姿で記念撮影したけど。

 夕ちゃんとは……。 いやいや、まだ誘うって決めたわけじゃないけど。


「どした?」

「え? 何でも? 希望ちゃん遅いねぇ?」

「そだなぁ、まあ飯の時間までには来るだろ」

「そうだね。 ねぇ、下ごしらえも出来たしシャワー借りて良い?」

「ん、ああ、いいぞ」

「ありがと」


 私は部活でかいた汗を流す為に、お風呂場へ移動した。

 梅雨が終われば学校で浴びて帰ってくるんだけどなぁ……。


 制服を脱いで浴室へ。

 シャワーを浴びながらさっきのチラシの事を思い出す。


「結構な金額だったなー……」


 一番お手頃なドレスとプランでもそれなりだった。

 もし、もしだけど! 夕ちゃんを誘って行くなら、頑張って貯めてる貯金を崩さないとどうしようもない。


「い、行くとは言ってないけど」


 6月30日まではあと9日ある。

 いや、別にだから何ってわけじゃないけど。


 シャワーを浴び終えて、脱衣所に出ると、いつの間にか希望ちゃんが来ていて、半裸でチラシを読んでいた。

 あ、私が制服のポケットに入れてたやつ!!


「ふーん、なるほどなるほど」

「希望ちゃん、お、おかえり? シャワー浴びるんだよね?」

「うん。 ねぇ亜美ちゃん?」

「な、何?」

「これに、夕也くん誘うの?」

「さ、誘わないっ!」


 咄嗟にそう言う。

 私は制服を着て、ついでにチラシも返してもらって脱衣所を後にする。

 そんな姿を半裸の希望ちゃんはにやにやしながら見ていたのだった。


 3人で夕食のトンカツを食べる。

 希望ちゃんが余計な事を言い出さないか冷や冷やする。


「明日の球技大会、緊張するよ。 ソフトボール初めてだし」

「希望ちゃんの運動神経ならなんとかなるだろ」

「そうかなー」


 希望ちゃんと夕ちゃんが仲良く話している姿を見る。

 ここのところ二人の距離がだいぶ近づいた気がするなぁ。

 この中に今更私が割り込んだら、どうなっちゃうんだろう?

 ここ数日考えてみてだけど、少しずつだけど答えが見えてきた気がする。

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