第24話 体育祭~もう1つの恋

 ☆奈々美視点☆


 今は体育祭午前の部が終わって昼食中だ。

 午前中、ちょっと亜美の様子がおかしかった気がしたけど、今はいつも通りに戻っているように見える。

 気にはなるけど、大丈夫そうならこっちからわざわざ掘り返すこともない。

 午後は学年対抗リレーで、私、亜美、奈央、夕也、宏太、他5名が走ることになっている。

 先月のスポーツテストで100mのタイムがクラスの中で良かった上位十人という安直な選抜方法だったけど。

 他の種目では、男子500mで宏太、女子500mで亜美、希望、棒引きで私と奈央が参加予定。

 最終種目のチーム対抗リレーでは1年代表で亜美と夕也が走る。


「ごちそうさん、美味かったぞ亜美―」

「お粗末様でした」

「私も作ったんだけどなぁ?」

「おう、全部美味かったぞ」


 あっちの男は二人の女の子相手に大変そうねぇ。

 こっちの男は寂しそうだけど。

 一人寂しく、自分の入れた弁当を食べている宏太に視線を移す。


 あの告白以来、特に何の音沙汰もなくいつも通りの日常を過ごしているわけだけど、こいつはちゃんと私の事考えてるんでしょうねぇ?

 もうかれこれ二週間以上になる。


「なんだ? やらんぞ」

「いらないわよ」

「そうか」


 あれ以来、出来る限り暴力的なことは控えている、つもりではいる。

 私を意識させるために、半ばフラれる前提で告ったってのに、ここまで何も変わった素振りを見せてこないとやきもきする。

 一旦、こいつの事は忘れましょ。 考えるだけ無駄だし、そのうち何か言ってくるでしょ。


「そういえば、借り物の時、奈央はどんなお題引いたのよ? なんか亜美とごちゃごちゃしてたけど」

「あー、あれ? 青のブr」

「奈ー央ーちゃーんー?」


 奈央が何かを言おうとしたけど、亜美が怖い顔でそれを阻止している。

 まあ、いいか。

 その後のお姫様抱っこは笑わせてもらったし。


 ◆◇◆◇◆◇


 昼食を食べ終えた私達はチームテントへ戻ってきた。

 チアガールの服も中々可愛くて私は気に入ってる。

 亜美も可愛いって喜んでたわね。

 せっかくだからデジカメで私、亜美、希望の3人のチアコスを撮ってもらった。


 午後の部開始前に部対抗リレーがエキシビジョンで組まれている。

 私達1年は参加していないが。

 剣道部とかよくあれで走れるわねぇ。

 リレーは出来レースのようなもので当然のように陸上部が圧勝していた。

 よく聞く50m5秒台の俊足とかでおなじみの野球部の皆さん、あれは嘘だったのね。

 大体50m5秒台なら野球なんてやめて、陸上でオリンピックでも目指せって話しよね?

 世界参考記録ですら5秒4とからしいじゃない。


 それが終わると午後の部が始まる。

 3年、2年と学年対抗リレーが進み、次は1年の番。

 着替えがある私と亜美は先に更衣室へ。


「頑張ってね二人とも!」


 希望の可愛らしい応援に後押しされると、女子の私でもテンションが上がる。

 小悪魔め。


 ◆◇◆◇◆◇


「頑張ろうねー」


 着替え中に亜美にも言われる。


「正直、あの面子で負ける気がしないわよ」

「油断大敵だよ、奈々ちゃん」


 まあ、何があるかはわからないけど。

 バトンタッチミス、転倒、事故要素は多分にある。


「そうね」


 着替え終えてトラックへ出るとメンバーが揃っていた。

 やはりというか、D組のメンバーに紗希と遥がいる。

 亜美と遥、私と紗希のマッチメイクね。

 うちの組は後半に速いメンバーを固めてある。

 前半五人がどれぐらいの差で後半トップバッターの奈央に回してくるかがポイントになりそう。


 円陣なんか組んで士気を高める我らがB組。

 ここまでの学年別獲得スコアを見ると1-Dとはあまり差のないトップ。

 ここで勝って差を広げておきたいところ。

 ルールは第一走者のみセパレートコース、第二走者からはオープンコースでバトンタッチレーンも先頭チームがタッチしていなくなったら内側にどんどん詰めて良い。

 うちの先頭はクラスで六番目に速いタイムを叩きだしたサッカー部の真島君。

 前半五人は六番目から順番にタイムが遅くなるような順番で組んでいる。

 そこから後半五人で一気に捲ってアンカーの夕也に任せる作戦だ。


 リレーがスタートした。

 六番目の真島君をトップに起用したが、他の組はそれなりの選手を出してきたようだ。

 四人中三番手で第二走者に渡る。

 第2走者は女子の中でも私に次いで4番目のタイムを持っている花村さんだ。

 学年女子の中でも上位の俊足を見せて二番手で次の走者へ。


 前半大きなミスも無く二番手、三番手を行ったり来たりするレース展開。

 C組が先頭で一歩リードしてるけど、この差なら後半五人で巻き返せる。

 と、思ったその時、五走者の谷君がバトンを落とすミス。

 一気に順位を落としてしまう。


「こりゃまずいなぁ」


 夕也が漏らす。

 確かに少し巻き返すのが辛い差がついてしまったようだ。

 しかし、そんな中で燃える人影が二人。


「ふふふ。 仕方がないですわねぇ……これは本気の亜美ちゃんと直接対決するまで使うつもりはなかったんですが。 出すしかありませんわねぇ、私の本気」


 次の走者の奈央がポニーテールをさらに丸めてお団子にしている。

 ほ、本気って何?


「しょうがないなぁ……夕ちゃんのプライド傷つけないように抑えてたけど、本気出しちゃおっかなぁ」


 第九走者の亜美も同じようなことを言ってストレッチを始めている。

 え? 何々? スポーツテストで見せたあの7秒1とか7秒3が本気じゃなかったっての?


 そしてその疑問は、すぐ晴らされることになる。


「西條さん! すまん!」

「構いませんわ、そこでゆっくり見ててください。 西條奈央のごぼう抜きショーを!」


 助走に入りながらバトンを受け取った奈央が瞬間でフルスロットルになる。

 ジェットエンジンでも付いてんの?! 


「おいおい、西條の本気ヤベェな……」

「え、ええ……」


 私は次の走者なのでレーンに並ぶ。

 4番手だから一番外側に……。


「奈々ちゃん、二レーンに入って!」


 はぁ?

 状況を確認するために奈央を探す。

 確か、結構離れた最下位に……。

 いなかった。

 それどころか既に二位争いに食い込んできており、その二位の選手を飲み込む勢いだ。

 隣で先頭のC組がバトンを受けてスタートした。 私は最内のレーンに移動。


「うわぁ……二番手入れ替わっちゃった? 本気出した奈央久しぶりに見るわー」

「普段本気じゃないのアレ?」

「勉強以外では本気を出してくれない亜美ちゃんライバル相手に、本気出して勝ってもつまらないってさ」


 隣のレーンの紗希と短い会話を交わす。

 じゃあ、亜美も普段は勉強以外手を抜いてんの? 冗談じゃない。


「奈々美! 任せましたわよ!」

「え、ええ!」


 しっかりバトンを受け取ってスタートする。

 ほんのちょっと遅れてD組の紗希が付いて来た。

 この子、短距離速いのよねぇ!

 最内をキープしながらリードを保つ。

 気付けば先頭のC組を捉えていた。

 コーナーでそれをかわそうと、外のレーンに出た隙を紗希に突かれる。

 私とC組の子の間に出来た一人分の隙間に体をねじ込んできて並ぶ。


「くっ!」

「きっ!」


 視線がぶつかる。

 バックスストレッチに入りC組の子を置き去りにして、私と紗希のマッチレースが始まる。


「行かせないわよ!」

「行かせなさいよ!」


「1-Bと1-Dの女子2人の壮絶なデッドヒートだぁ!!!!」


 なんか放送部が盛り上がっているけど、そんなことはどうでもいい。

 今はこの子に勝つ!


 でも、中々前に出られない。 このまま直線が終わって最終コーナーに入れば外側を走る私が不利になる。 何とか前に!


「奈々美―っ! トップで回せー!」


 バトンタッチゾーンで叫ぶ宏太の姿が見えた。

 私を信じて第1レーンに立つ宏太の姿が。


「あのバカ……」


 それだけで体が軽くなった気がした。


「悪いけど、私もまだ本気隠してたみたい」

「はぁ?!」


 私はコーナーに入る寸前になんとか紗希の前を取り内側のコースを確保する。


「ああもう! なんで私の友人は、こう化け物揃いなのよ!」


 紗希の絶叫が後ろから聞こえる。 あんたも十分に化け物だってば。

 そのまま最後の直線に入りバトンを宏太に渡す。


「宏太っ!」

「おう、よくやった! 後は俺達に任せろ!」


 宏太はバトンを受けて走って行った。

 宏太の相手は陸上部短距離の男子。

 少々、分が悪いが宏太ならなんとかなると思う。

 多少ここで追いつかれても、後に控える本気の亜美と、夕也がいる。


「お疲れ奈々ちゃん」


 亜美はバトンタッチゾーンに入って声を掛けてくれる。


「ほんと疲れるわ」

「かっこよかったよ」

「はいはい」


 トントンと軽くステップを踏みながらつま先を鳴らす我が親友。

 この子の本気かぁ……私ですら見たことないけど。


「亜美ちゃんの本気かぁ、楽しみだなぁ」


 隣のレーンに並ぶ遥がすごく嬉しそうだった。


「そっかそっか、でもすぐに顔色変わっちゃうよ」


 どこか余裕をはらんでいて、それでいて真剣な表情。

 これが、本気の亜美の顔なんだ。


 などと考えているうちに先頭がやってきた。

 私が作ったリードを何とか守って宏太が先頭だ。

 背後にピッタリとD組くっついている。 これはバトン勝負になりそうだ。


「亜美ちゃん頼む!」

「任されたよっ!」

「蒼井っ! 行け!」

「あいよ!」


 ほぼ同時のバトンタッチ。

 私が知る限り、遥も相当に速い。

 私や紗希より速いのは確かだ。

 奈央と同等かそれ以上のポテンシャルだと思うけど……。




 ☆亜美視点☆


 宏ちゃんからバトンを受けてスタートを切る。

 ほぼ同時に隣の遥ちゃんがバトン受けてついてきた。


「亜美ちゃんの本気、見せてもらうよ!」


 遥ちゃんが加速して並びかけてくる。

 さすがに速いなぁ。

 でも、奈央ちゃんが本気を見せてくれた以上、私が見せないわけにもいかない。

 今度は、奈央ちゃんと本気で競走してみたいな。

 私は第一コーナーを抜けてバックストレッチへ入ったところで一気にギアを上げた。


「ごめん、遥ちゃん! 置いて行くね!」

「っ?! マジ……?」


 普段なら今のこれがトップスピード、なんだけど……・私には生憎二の足がある。

 姿勢を極力低くして風の抵抗を殺し、それでいてストライドは大きく。

 猫化の肉食獣が獲物を追う時のような、そんなイメージ。


「なんだこのフォームはあぁぁぁぁ!!!」


 なんか放送部が盛り上がっているけど、そんなことはどうでもいい。

 私はトップで夕ちゃんにバトンを渡すんだ!


「速い速い! その差が開いていくぅ!!!!」


 私はコーナーで姿勢を戻し、後ろを確認する。

 この走り方の弱点はコーナーを曲がれない事。

 猫科の生き物なら尻尾でバランスを取ったりして曲がるんだろうけど、私人間だからね。

 遥ちゃんとは十分な差が付いていた。

 これなら、クラスNo1の俊足の夕ちゃんに任せて終わりだ。


「夕ちゃんっ」

「おう」


 私は夕ちゃんにバトンを預けた。




 ☆奈々美視点☆


 正直言うと驚いた。

 亜美にあんな隠し技があったとは……。

 他にも色々隠してそうね。


「お疲れですわー」

「おつー」

「清水さんすごーい」


 亜美の周りに人だかりができる。


「まだ終わってないよぉ」


 とは言ってもあれだけの差があってアンカーが夕也ならほぼ勝ち確みたいなもの。

 悠々とトップで回ってきた夕也を九人で囲んでボコボコと叩く。

 MVPはまあ奈央でしょう。




 この後の競技も順調に進んでいき、最終種目のチーム対抗リレーでも亜美と夕也の活躍により勝利し、学年別、チーム別 共に一位を獲得した。



 ◆◇◆◇◆◇



 放課後、テントなどの片付けが終わってようやく下校が出来るようになった。

 私達は暗くなった帰り道を歩いて帰っている。

 途中で亜美達三人と別れて宏太と2人になる。


「なぁ、ちょっといいか?」

「ん?」


 家の前で宏太に呼び止められる。

 私と宏太の家は向かい同士だから家に入る寸前まで一緒に居ることになる。


「話がある、ちと俺ん家来てくれ」


 話……? も、もしかして告白の返事?


「ここでいいわよ別に」

「そうか?」

「ええ、返事でしょ? どうせ結果なんてわかってるし」


 フラれる前提だ。


「んじゃあ、そうだなぁ。 どうだ、とりあえず試験的に付き合ってみるってのは」

「はいはい、そうだろうと思って……は?」


 今なんて言ったのこいつ? 付き合ってみる?


「え、え? なんで?」

「いや、なんでって言われてもな?」


 これは嬉しい誤算だ。 この展開は全く想定してなかった。


「試験的にってのは何?」

「そうだなぁ、とりあえずは2~3か月ぐらい恋人っぽい事してみて、それでその先も一緒に居たいって思えたら本格的に……って感じでどうだ?」


 2~3か月……その間に宏太を落とせばいいのね?


「いいわ、やったろうじゃない」

「なんか戦場にでも向かうのかお前……」


 期間中に宏太の心の中から、亜美を消す。

 難易度高いけど一歩前進ね。


「じゃまあとりあえず、試験開始記念としてキスの一つでもしてよ」

「スタート地点のハードル高いなお前」

「いいから!」

「だから俺の家に来いって言ったんだよ……ったく」


 私はこの日、宏太と初めてのキスを交わした。

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