第22話 雷雨

 ☆夕也視点☆


 ジメジメとして鬱陶しい季節、梅雨。

 天気予報を見てもズラリと傘マークが並んでいる。


「今日も雨マークだねぇ」

「そうだなー。 雷マークもあるぞ」

「か、かかか、雷……」


 いつものように朝食を作りに来てくれている2人と、登校前に天気予報を見ている。


「希望ちゃん、雷ダメだもんねー?」

「う、うん」

「可愛いいなぁ」


 本当に守ってあげたくなる様な可愛いさだ。


「夕ちゃんが守ってくれるよ?」

「うぅ」

「雷はどうしようもねーぞ?」

「それでも守ってあげるの!」


 無茶苦茶だ。


 登校中に空を見上げると、すでにどんよりと曇っている。

 これはいつ降り出してもおかしくないな。


「ほんと、鬱陶しいわよね梅雨って」


「何であるのかしら」と文句を垂れる奈々美。

 あるものは仕方ないんだよな。


「雨はいいぜ? ワイシャツから透けるブラとか」

「佐々木くん、最低だよ……」

「そんな目で見てるんだ、やらしい」


 亜美と希望ちゃんから、軽蔑の眼差しを向けられる宏太。

 思っても口にしないのが、賢い男のやり方なんだよなぁ。


 学校に着いてHRが終わる頃には、ぽつぽつと降り出していた。

 ああ、今日の体育は体育館だな。


 昼飯も、さすがにランチスペースには行けず、教室で食べる事に。


「あ、そだ。 夕ちゃん、希望ちゃん」

「んあ?」

「何?」


 弁当を囲んでいると、亜美が思い出したように話しを始める。


「今朝、夕ちゃんの家の冷蔵庫の中身が全然無かったから、帰りに買い出し行くんだけど、2人は先に帰ってていいよ」


 そういや雨続きだったから、食材の買い出しとか行ってなかったな。


「一人で大丈夫?」

「うん、希望ちゃんは掃除とかしてあげて」

「はーい」


 何から何まで頼りっぱなしで申し訳ねぇ!


「夕也、あんたも掃除洗濯ぐらい自分で出来るようになりなさいよ」


 奈々美様のおっしゃる通りでごさいます。

 宏太ですら、最低限の家事は自分で出来るってんだから、本当に自分が情けない。


 午後からは更に雨が強くなってきて、昼間とは思えない様な薄暗さだ。

 部活が終わり、いつも通り女子バレー部組を待つ俺達。

 いつもより、早く皆が出てきた。


「早かったな? シャワー浴びて来なかったのか?」

「うん。 ジメジメしてるし、帰るはまでにまた汗かくだろうから、帰ってから浴びるよ」


「夕ちゃん、シャワー貸してね」と、笑顔で言われてしまった。


「じゃあ、私は買い出ししてから帰るから、また後でね」

「あいよ」

「またね」


 途中で、買い出しへ向かう亜美と、家が同じ方向にある紗希ちゃん、奈央ちゃん、遥ちゃんトリオとは別れた。


「雷来そうだな」

「はぅぅ……」

「おい、宏太。 希望ちゃんが怖がってるだろ」

「えぇ……それは理不尽では?」


 ごもっともである。


「希望は雷鳴ると、すんごいパニックになるのよね」

「はうっ……」

「とにかく、近くの人にしがみついてブルブルと」

「やめてよ奈々美ちゃーん」

「事実じゃない」


「そうだけどぉ」と、俯いてしまう希望ちゃん。

 正直な話、希望ちゃんに抱き付かれたいと思う人生です。

 あ、いや、よく抱き付かれてるわ。

 今更だった。


 ◆◇◆◇◆◇


 家に着くと、希望ちゃんはテキパキと掃除、洗濯を済ませていく。

 本当に感謝である。 来月の誕生日には何か良い物を上げよう。

 一通りの作業を終えたらしい希望ちゃんが、リビングにやってきた。


「夕也くん、お掃除終わったからシャワー借りるね」

「あい」

「覗いちゃダメだよー」


 そう言い残して、風呂場の方へ向かっていった。

 覗きたいのは山々なんだが、バレたら大変だしな。

 希望ちゃんは泣き叫び、亜美が俺を罵り、奈々美にボッコボコにされる未来が容易に想像できる。


「おー、怖い怖い」


 希望ちゃんがシャワーを浴びに行ってから少しすると、外からゴロゴロと音がし始めた。


「雷か? 結構近いなこれ」


 停電の可能性があると判断した俺は、非常用の懐中電灯を手元に持ってきた。

 と、次の瞬間、一際大きな音が近くで鳴ったと思ったら、家中の電気が消えた。


「ふぃー、間一髪だったなあ」


 俺は冷静に懐中電灯を点けた。

 その時だった。


「いやーっ!! 雷っ!! 真っ暗だよぉ!! 夕也くん助けてー!」


 風呂場の方から希望ちゃんの悲鳴のような声が聞こえてきた。

 奈々美が言った通り、パニックを起こしているようだ


「今行くから落ち着いて、風呂場で待ってろ!」


 懐中電灯の灯りを頼りに風呂場へ向かう。


 ドタドタ……


 何かが走ってくる事が聞こえる。 希望ちゃんがパニクッて走り出したのか? 暗闇の中でそれは危険だ。


「希望ちゃん、危ないから落ち着いて」

「夕也くーん、どこぉ! 怖いよぅ!」


 ダメだ、パニックで俺の声が届いていない。

 仕方ないので、急いで声のした方へ進む。


「あ、灯り!」


 懐中電灯の灯りを見つけたらしい希望ちゃんの声が聞こえてきた。

 ふう、なんとかなりそうか。


 ドタドタ!


 希望ちゃんが勢いよく突っ込んでくる。


「夕也くんっ! うわーん!」

「おっと……よしよし、怖かったな?」

「うぅっ ごわがっだぁ」


 希望ちゃんの頭を優しく撫でて落ち着かせてやる。


 ん? 先程から、希望ちゃんの胸を押し付けられてる方の手に布の感触がありません!

 しっとり濡れていて、素肌のスベスベな感触。

 そういや、希望ちゃんはシャワー浴びてたんじゃなかったか? その時に雷と停電のコンボを喰らいパニックになった希望ちゃんは、服も着ずに風呂場を飛び出して……。

 ゆっくりと懐中電灯を照らしてみる。

 

 何も着てなければ、バスタオルさえ巻いてなかった。


「の、希望ちゃん……あのな? 落ち着いたらすぐに風呂場へ戻ることをオススメするぞ?」

「ぐずっ 電気点くまでこうしてて……」


 オワタ。

 しばらく身動きを取れず、希望ちゃんを撫でる事しか出来ない。

 でもって先程から柔らかい感触が腕に押し付けられて。

 元気になってきた……。


「ゆ、夕也くん……その……」

「な、何?!」

「ご、ごめんねっ! 私のせいだよねっ? パニックになって何も着ずに飛び出しちゃって」


 パチッ


 次の瞬間、電気が復旧して周りが明るくなる。

 一瞬、希望ちゃんの白くて綺麗な身体を見てしまったがすぐ目を背ける。


「あ、あの、夕也くん。 こ、これ、私が何とかしてあげるね……?」

「へっ? 何?」

「男の人ってこうなると、その……発散するまで、辛いんだよね? 紗希ちゃんから聞いた」

「い、いや、大丈夫だから! お構いなく!」

「私の所為だし……初めてだけど、私、頑張るから任せて」

「いや、そのだな」


 希望ちゃん必殺の上目遣い攻撃! 効果は抜群だ!

 元気MAXになってしまわれた。



 ◆◇◆◇◆◇



「……」

「……」


 希望ちゃんが頑張り終えて、ぽけーっとした表情でこちらを見ている。

 何という破壊力。


「ど、どう? その、治まった?」

「あ、はい。 おかげさまで」


 しばらく無言の時間が出来る。

 俺、希望ちゃんにご奉仕されてしまった?!


「あ、あの、どうだった?」

「あ、はい、とても気持ち良かったです」

「そ、そっか……良かったぁ。 初めてだからちゃんと出来てるか心配で…………はっ?! わ、私、シャワー浴び直してくるっ!」


 我に帰ったのか、急に赤面して走り去っていく希望ちゃん。

 雷はいつの間にか鳴り止んでいた。



 ☆希望視点☆


 お風呂場へ駆け込んで、熱いシャワーを頭から浴びる。


「ど、どうしよ~っ!! パニックになって、その場の雰囲気に流されて、とんでもないことしちゃったよっ」


 思い出すと顔から火が出そうになる。

 さ、紗希ちゃん、練習はアイスキャディーで良いって言ってたけど、全然違うよぉ!

 いやいや、違うよ! それはいいんだよ!


「はぅぅ! この後どんな顔して夕也くんに会えばいいの?!」


 ひとしきりシャワーを浴びて、落ち着く。


「よし、今日は何もなかった」


 冷静になった私の脳は、現実逃避することにしたらしい。

 私は制服を着て、ゆっくりとリビングへ向かい、中を覗く。

 夕也くんは、ソファーのいつもの場所に座っている。

 普通に、普通に。


「ゆ、夕也くん! シャワーありがとう!」


 うわー、声裏返っちゃってる。


「お、おう」


 私はゆっくりとリビングに入って夕也くんから離れた場所に座る。

 凄く、き、気まずい。

 亜美ちゃん、早く来て~っ。


「希望ちゃんさ、初めてって言ってたよな?」


 不意に夕也くんからそんな話を振られる。

 恥ずかしくて忘れたいのに、なんで蒸し返すかな?


「う、うん」

「割には、上手かったというか? あ、いや、俺も初めてされたから、上手い下手はよくわからんが」

「さ、紗希ちゃんから色々と教えてもらって……その練習とかして……アイスキャディーとかで」


 はあ、絶対にいやらしい女の子だって思われちゃうよ。

 恥ずかしい。


「ね、ねえ、忘れよ? お互いに無かったことにしよ?」

「おう、そ、そうだな」


 そう、何もなかった事にしよう。

 今日は帰ってきて、掃除洗濯をして、シャワーを浴びただけ。

 いつも通りだ。


 ガチャッ


 玄関から扉を開閉する音が聞こえた。

 亜美ちゃんが、買い出しを終えて夕也くんの家に来たみたいだ。


「ふぅ、おじゃましまーす。 途中で雷は鳴るし、停電でお店真っ暗になるしで大変だったよー」

「お、おう、買い出しありがとうな」

「あとでシャワー貸してね?」

「ああ、いいよ」


 亜美ちゃんは冷蔵庫に買ってきた物入れる為にキッチンへと向かおうとする。


「あ、アイスキャディー買って来たけどいる?」


 何でよりにもよってこのタイミングで買って来るのかなぁ?


「ま、まだアイスキャディーには時期が早いんじゃないかなぁ」

「希望ちゃん、最近よく買ってきて食べてるじゃない?」


 はぅーっ?! バラさないでよ!


「へぇ、そうなのか。 どんな風に食べるんだ希望ちゃん?」


 うわぁ、さっきお互いに忘れようって言ったのに!

 すっごい意地悪な顔してる!


「ふ、普通に食べるだけだよ?」

「普通に食べる以外の食べ方があるの?」


 亜美ちゃんが不思議そうに訊いてくるけど無視した。

 亜美ちゃんはアイスキャンディーを片手に夕也くんの隣に座った。


「亜美、そのアイスキャディーを普通じゃない食べ方で食べてみてくれ」

「え? 普通じゃない食べ方ってあるの? うーん……」


 アイスキャンディーを凝視して考え込む亜美ちゃん。

 普通に食べていいんだよ亜美ちゃん?


「希望ちゃん、見本を見せてやってくれ」

「嫌っ!」

「え? 希望ちゃんは普通じゃない食べ方で食べるの?」

「普通っ!」


 もうやだぁ……。

 意地悪な夕也くんは嫌いだよぉ。

 優しい夕也くんは好きだけど……。


「ご飯作ってくる!」


 私は逃げるようにしてリビングを後にした。

 少しすると夕飯の準備を手伝いに、亜美ちゃんがキッチンへやってきた。

 シャワーを浴び終えたのだろうか、少し髪が湿っている。


「希望ちゃん、雷と停電大丈夫だった?」

「うん、夕也くんが側にいてくれたから」

「おおーそかそか。 良かったね?」

「う、うん」

「そういえば何かあったの? 様子がおかしかったけど?」

「ううん別に、何もないよ」


 夕飯の準備をしながら亜美ちゃんとお話しをする。

 なんとかうまく誤魔化したけど、このまま夕也くんと変な感じでいたら怪しまれてバレるのも時間の問題だよね。

 早くいつも通りに戻らないと。


「そう? それならいいけど……雷でパニックになって何か変なことにでもなったのかと」


 的確に急所を突いてくる。 亜美ちゃんは、こういう時だけ何で無駄に鋭いんだろう? 困るんだよね。


 私と亜美ちゃんでテキパキと夕飯の支度を進める。

 本日の献立はハンバーグだ。


 ◆◇◆◇◆◇


 夕食を済ませて家へ戻ると、すぐに夕也くんに電話をかけた。

 明日からも今まで通りに接して欲しい、と伝えるのと……。


「ぜっっったい、誰にも言っちゃダメだからね? 約束だよ?」

『分かってるよ』

「約束破ったら2度と口聞かないからね?」

『針千本より地獄だな……大丈夫、約束だ』


 あとは夕也くんの良心に任せるしかないかな。


「……はぁ」


 ついつい思い出して頭を抱えるのだった。


 余談なんだけど、この日以来、雷が鳴りそうな日は絶対に亜美ちゃんと行動するようになりました。

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