第6話 相談

 ☆夕也視点☆


 あれから数日が過ぎた。

 翌日にはいつも通りの亜美に戻っていて、いつも通り希望ちゃんの世話を焼いていた。



 ──喫茶店で奈々美に相談中──


 週末の日曜日に、俺は奈々美を呼び出して喫茶店であの日の事について相談してみた。


「ふーん、あの後そんな事になってたのね。 あの自分の恋愛については興味も示さない亜美がディープなキスをねぇ……想像つかないわ」


 コーヒーを飲みながら奈々美が少し考えるような表情をする。


「どう思う?」

「どうも何もないわよ」


 はぁ、と溜め息を吐いて手に顎を置く奈々美。


「私なら、惚れてもいない男にキスなんてしないわよ。 ましてやそれが大事なファーストキスなら尚更ね」


 それはつまり、亜美は俺に惚れてるかもしれないって事か? ますますわけがわかんねぇ。


「ただ、ちょっと気になるわね……」

「気になる?」

「んー……夕也は、亜美のこと好き? (これは希望の言う通り、亜美の方はかなり重症ねぇ) 」

「は? まあ好きではあるが」

「それは幼馴染として? 異性として?」


 奈々美の奴、真剣な顔してるな。 意味のある質問なんだろう。


「異性として」


 だから真剣に応える。 奈々美も相変わらず真剣な表情を崩さない。

 やっぱり、こいつに相談して正解だった。

 普段は、チャラチャラした態度で俺や宏太と一緒になってバカやったりしてるが、真剣に話しをしたら真剣に聞いて、真剣に考えてくれる。

 実に頼れる幼馴染だ。


「ふぅん……そう」


 少し考えたあと奈々美が口を開く。


「単刀直入に言うわ。 あんた、フラれたわよ」

「……やっぱそうだよなぁ」


 ずばり言うなぁこいつ。


「ただし、これはあくまで今の段階での話ね」


 なんか気になることを……なんだそれ?


「今の段階?」

「そそ。 今の亜美を見ててなんか感じない?」

「可愛い」

「あーはいはい、ご馳走さま。 そうじゃなくて、希望に対しての亜美の行動とかそういうの」


 あぁ、そう言う事か。 そう言えば先週希望ちゃんも言ってたな。


「何でも希望ちゃんを優先してるってやつか?」

「そそ。 もっと言うと希望の幸せを第一に考えてるって感じね」


 あーなるほど、しっくり来る。

 切っ掛けはおそらく希望ちゃんの両親の事故だろう……。

 あの後しばらくの間、希望ちゃんは誰とも話さず独りで居ることが多かった。

 亜美はよく、そんな希望ちゃんに声を掛けたり、遊びに誘ったりと今思えばあの頃から世話を焼いてたな。

 希望ちゃんの事を養子として引き取る提案をおじさんとおばさんにしたのも亜美だった。 小学生6年の女子が良くそんなことに頭が回ったものだ。

 亜美の頑張りの甲斐もあって希望ちゃんは清水家としてここに残ることができたし、以前のような明るさも取り戻せた。

 多分、希望ちゃんにはもうあんな辛い思いをしてほしくない、幸せになってほしい、そういう思いがあって今の亜美が出来上がったんだろう……。

 

「ちなみにだけど、夕也は気付いてる?」


 ん? 気付くって何にだ? わからん……。


「あーごめんなさい、ちょっと待って」

「?」


 奈々美は額を抑えながら何かを考え込んでいるようだった。


「ごめん、ちょっとばかりデリケートな話題になりそうだから……」


 そ、そうなのか?


「(んーこれ、希望に確認取らずに私が勝手に話していいやつじゃないわよねぇ? どうしようかしら)」


「今からするのはあくまでね。 そのつもりで聞いてちょうだい」

「お、おう。例え話だな?」

「じゃあ。 ここに仲の良い姉妹がいます。 お姉さんは妹が幸せになれるなら、自分は幸せになれなくてもいいと思っています。 そんな姉妹が同じ男の子を好きになってしまいました。 さて、妹の幸せを願う姉はどうするでしょう?」


 あぁ……なるほど。 なんでそんな簡単なことに気付かなかったんだ。 

 んん? 待てよ? この話を亜美と希望ちゃんに当てはめると、希望ちゃんも俺の事を好きだってことになるんだが。


「例え話よ」

「あ、ああ、そうだったな」

「まあその姉も、自分の特別な日だけは自分の欲求のために行動するみたいね。 誕生日とか?」

「そうか……ふうむ」

「まあ、姉だけじゃなくて、妹もおんなじのを拗らせてるんだけどね」


 何? 希望ちゃんも? あーいや、例え話だ。


「そうなのか?」

「姉に比べればだいぶ軽症ではあるわよ。 妹は自分の幸せのために、ちゃんと努力してるもの」


 軽症とか重症とかあるのか……。


「じゃあ普通なんじゃないのか?」

「そうでもないのよ。 努力はしてるし、その男の子にアピールしたりはしてるけど肝心な言葉はまだ伝えてないはずよ」


 そう聞いて思い返してみる……。

 言われてみれば確かに、好意的なアピールはあったような気もするが、直接的な告白の言葉は一度もない。


「それだけの好き好きアピールをしておきながら、決定的な言葉をまだ伝えてない。 姉に遠慮してんのよ妹も……というか、もしかしたら真っ向勝負をしたいのかもね」


 希望ちゃん、そうだったのか……。


「なあ、男の子どうすればいいと思う?」

「そうねぇ……まずはどっちを選ぶのかってとこよね」


 そう言われた瞬間、俺は言葉を失ってしまった。

 選ばないといけないのか、どっちかを?


「まあ、迷うと思うわよ? どっちも最高に可愛くて魅力的な姉妹のお話だから」


 奈々美はそういうとコーヒーを飲み干した。


「どっち選ぶにしても、問題は姉妹二人よね。 ただ妹の方は何とかしたいと思ってるみたいよ?」


 そういや、この前何か言ってたな。

 確か「亜美が限界になる前に話し合いたいと思ってる」とか。


「男はそれまでに自分の気持ちを整理しとけばいいのよ。 どうしても選べないってんなら第三の女だってありよ?」


 なんかいたずらっぽい笑み浮かべている。


「誰だそれ?」

「姉妹と仲の良い、美人で頼りになるもう一人の幼馴染とか?」

「お前、自己評価高すぎだろ」

「例え話だって言ってんでしょうが」


 こいつは宏太の事が好きなはずだ。

 冗談でも俺の恋人候補に名乗りを上げるなんてことは……。


「その例え話って、美人で頼りになる幼馴染さんは、もう一人いる幼馴染の男が好きって話じゃなかったか?」

「あら、よく知ってるわねぇ」

「まあな。 だからその子が第三の女になる展開なんて……」

「有り得るわよ?」


 はぁ? 何言ってるんだコイツ。 今自分は宏太が好きだって認めたじゃないか。


「どうしてだ?」


 奈々美は真剣な表情を崩さずに俺の目を見た。 ま、まさかこいつ。


「実はこの女の子ね、二人の幼馴染の男の子の事、どっちも同じくらい好きだったのよ。 知らなかったでしょ?」


 衝撃的な事実が発覚した!。 こいつ俺にはそんな態度見せたことないぞ! 隠すの上手いとか言うレベルじゃねぇぞこれ!


「ただ、ほんのちょっとだけ、一緒に居る時間が長い方に傾いてるってだけのお話よ? 切っ掛けがあれば簡単に傾く天秤なのよ。 今んとこ無いけどね」


 笑いながら話す奈々美。


「そ、そうか。 でも、そのもう一人の男子って確か姉の方に気があるんじゃ」

「そうなのよねえ。 おかげでこっちには全然靡かないわけよ。 実は半分諦めてるからあんたにもチャンスあるわよ?」


 こいつ「こっちには」とか「あんた」って言ったぞ。


「チャンスってあのなぁ」

「あはは、まあまだわかんないけどね。 もし姉に彼氏が出来たら、諦めて靡いてくれるかもしれないし」


 まあ、その可能性は確かにあるが、あいつの亜美好きは筋金入りだからな。


「もしかしたら、私からあんたに相談することがあるかもしれないわね」

「役に立てるかわからないぞ? ていうか例え話だろ」

「これだけ親身になって相談に乗ってやったんだから対価分は役に立ちなさいよ? 例え話だけど」

「善処はする」

「結構です」


 奈々美はそう言うと席を立った。


「あの二人の方は……少し時間かかるかもしんないけど、あまり急かしたりしないようにね」


 俺も奈々美に続いて席を立つ。


「あぁ、わかってる……俺は時が来るまで、どっちと歩いていくか悩むことにするよ」

「私も候補に入れるの忘れないようにね」


 奈々美は冗談っぽく微笑みながらそう言った。


「考えておくよ」

「ふふっ、あんたやっぱ女たらしの才能あるわ」

「なんだそれ……」


 奈々美は「天然なとこがタチ悪いのよねぇ」と飽きれながら会計を済ませた。

 割り勘じゃなくてもいいと言ったんだが「コーヒー1杯分ぐらい自分で払う」と言われてしまった。




 二人で並んで歩きながら、家の近くまで帰ってきたわけだが……。


「じーっ……」


 なんか俺の家の方から痛い視線を感じるんだよなぁ……。


「あれ亜美よね? 何してんのあの子」

「知らん」


 塀の影に隠れてこっちを見ているのは間違いなく亜美だ。 なんであんな恨めしそうな目をしてんだあいつは。


「あれー、夕ちゃん? 奈々ちゃんとおデートですかぁ?」


 なんかめっちゃ演技っぽい感じで出てきやがったぞこいつ。


「あのなぁ、これは」

「そうそう、おデートだったのよぉ」


 うおい、こら! ややこしくなるだろうが!


「へぇぇぇぇぇぇ! そうなんだぁぁぁぁ!」


 亜美の機嫌が一気に悪くなったような気がする。

 いや、現になんか変なオーラが見えてるし。


「希望ちゃんに言いつけてやるもんね!」


 そこはやっぱり希望ちゃんなのか。

 嫉妬で怒ってるわけじゃないのか。

 奈々美も同じことを思ったらしく「はぁ……」とため息をついていた。

 なるほど、確かに重症だなこれは。


「冗談よ冗談。 本気にしちゃって可愛いんだから」

「え? 冗談なの?」

「ええ、ちょっと相談に乗ってほしいことがあるから乗ってもらってたのよ」


 奈々美は上手く立場を入れ替えて説明した。

 ナイス機転。

 こいつほんと頼りになるな!


「そうなんだ……怒ってごめん」


 スーッとオーラが消えた。 なんてわかりやすい。


「んじゃ夕也、今日はありがとね、助かったわ」

「あ、あぁ、頑張れよ」


 俺もうまく話を合わせて奈々美と別れた。

 奈々美は去り際に軽くウインクをして去って行った。

 それには多分「頑張んなさいよ」という意味が込められていたのだろう。


「ったく、わかってるよ」

「?」


 亜美は不思議そうな顔をしていたがすぐに、俺の家に入って行った。

 ナチュラルに俺の家に出入りするなぁこいつは。

 まあ希望ちゃんと亜美には合鍵を渡してあるから良いんだが……。


「あ、夕ちゃん。 夕飯何食べたい?」


 ここはちょっと探りの意味も込めて意地悪してやろうか。


「そうだなー 亜美の唇の味が忘れられないなぁ」

「……お夕飯抜きでいいよね?」


 なんでそんな冷たい態度なんだ?! 俺に惚れてるんじゃないのか?!

 俺めっちゃ恥ずいやつだろこれ。

 このままじゃマジで夕飯抜きにされてしまう可能性が。


「すいません調子に乗りました。 夕飯作ってください」

「ふふっ。 いいよ、何食べたい?」

「そうだな今日はロールキャベツの気分かな」

「ロールキャベツねー。 ミンチとキャベツあったっけー……」


 唇に指を当てて考える仕草がとても愛らしい……。


「ねぇ?」


 亜美は背中を向けて俺に呼びかける。

 なんだろう……。


「どんな味だった?」


 何の話だろうと思って考えてみる……。


「少なくともレモンの味ではなかったよね?」


 あぁ……。

 さっきのキスの味の話かよ! 蒸し返して怒ってたんじゃないのか? ほんと良くわからんな。


「そ、そうだな、最後に食べてたチョコレートケーキの味だったかな?」

「あはは。 うんうん、私も一緒だったよ」


 ここイチの笑顔で振り向いた亜美は今まで見てきたどんな亜美よりも可愛く見えた。


「なぁ、聞いていいか?」

「うん? 何?」

「あれが最後、なんだな?」


 さっきまでの笑顔がサッと消えて真面目な顔になる亜美。 少しだけ俯いて考えてから顔を上げた亜美は、また笑顔になっていた。


「うん、最後だよ」


 俺でもわかるぐらい、とても辛そうな笑顔でそう言った──。

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