週末ヒロイックサーガ

小高まあな

週末ヒロイックサーガ

「はい、お土産ー。まわしてー」

 週明け、少し憂鬱な月曜日の会社。隣の席の米原さんからお菓子の入った箱を渡された。読めない記号のような言語でかかれたパッケージだが、その下に小さく日本語が書かれている。

「ゴブリンが作りますです、アクリーセスのクッキー」

 読み上げる。

「日本語、不自由だよね。でも美味しいよ、試食して買ったし」

 米原さんは、いつもの朝と同じようにゼリー飲料を飲みながら笑う。

「アクリーセスっていうのは?」

「なんか、向こうのベリー系の果実」

「へぇ……、ありがとうございます」

 一つとると、隣の席の子に渡した。

「米原さーん、いつもありがとうございますー!」

 箱が回った先で声が上がる。米原さんは片手をあげて答えた。

「毎回、お土産買うの大変じゃないですか?」

「別に。私、旅行先でお土産買うの趣味だし。食べ物は消えるからいいよね。つい、変な置物とか旗とかも買っちゃう」

「それとか?」

 米原さんのパソコンの横の、謎のフィギュアを指さすと、

「そーそー、賢神なんたらかんたらの像」

 苦笑が返ってきた。名前も覚えていないらしい。

「一緒にいた魔導師の子とテンションあがって買っちゃったんだよねー」

「あー、旅先のテンションはヤバイですよね」

「ヤバイよね」

 しみじみと頷き合っていると、

「米原さん、ここ聞いていいっすかー?」

「はーい」

米原さんのところにプログラマーさんがやって来たので、私も仕事に戻った。


 米原薫子さんは、IT会社で企画職をしてる私の先輩にあたる。とても優秀な先輩だが、ちょっと変わってる。

「しかし、米原さん、また怪我したんですか?」

 プログラマーさんが、米原さんの頬の絆創膏を見ながら問いかける。

「ちょっとミスっちゃってさぁ」

「やっぱり、危ないっすよ。魔王退治とか……」

「大丈夫、異世界保険入ってるから」

「そうじゃなくって……」

 隣から、そんな会話が聞こえてくる。

 米原さんは週末勇者の一人だ。弓使いだと聞いた。

 三年前、日本政府はある事実を公表した。なんと、いわゆるパラレルワールドな異世界と、日本との境界が曖昧になって、五年以内に一体化する可能性があるというのだ。

 その証拠にとここ十年増えている行方不明者が、異世界から戻ってきたという話もした。神隠しの正体は異世界召喚なのだと言う。

 頭おかしいんじゃないかと思った。仮に事実だとして、実は二十年も前に判明していたことを今言うの? 

 一体化を阻止するためには、一体化を推し進めている異界の魔王を倒す必要があるそうだ。ちなみに魔王が一体化を進めている理由は、偶然入り込んだ日本人に教わった日本文化に惚れたから、らしい。馬鹿じゃないの?

 自衛隊でも歯が立たなかったという魔王退治に選ばれたのは、有志のゲーマーたちだった。キミが、勇者だ! そんなキャッチコピーで、ゲーマーを募る。なお、無給。

 募集する方もする方だが、行く方も行く方だ。米原さんは頭がおかしい。平日は普通に働いて、貴重な休日をボランティアの魔王退治に費やすなんて。命を懸けてるなんて。

 ずっと向こうに行きっぱなしの勇者もいるが、大半が米原さんと同じ週末勇者だ。週末になると、研究者が作ったという安全に移動できる異世界へのゲートを通って魔王退治。週末だけだから、あまり進まないらしい。そりゃそうだ。

 夢みたいな話を未だに信じられない私に、米原さんは毎週向こうのお土産をくれる。こっちの人向けのお土産が増えているらしい。商魂逞しいな。

 紛れこめば神隠し、自分の意志なら週末プチ旅行。勇者としての。何を言っているか、やっぱり私にはわからない。

 ため息をつきながら口に放り込んだ、クッキーは、美味しかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

週末ヒロイックサーガ 小高まあな @kmaana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る