小泉くん専用・幸福のシシャ

小高まあな

小泉くん専用・幸福のシシャ

 小泉くんは少し落ち込んでいる。

 小さい不幸が重なっているのだ。

 この前のテストの点数があんまりよくなかったこと、サッカー部のレギュラーを外されそうなこと、おととい深爪しちゃった右手の人差し指とか。

 それでもやっぱり一番は、片想い中の萩尾さんにカレシがいるっていう噂があること。

 小泉くんは、小さくため息をつくと、いじっていた右手の人差し指から、斜め前に座る萩尾さんに視線を移した。

 萩尾さんは真面目にノートを取っている……と見せかけて、友達への手紙を書いている。なんだか嬉しそうに。コイバナでもしているのかもしれない。

「じゃあ次をー、小泉」

「あ、え、はい!」

 先生に呼ばれて慌てて立ち上がるが、もちろん授業を聞いてはいない。

「えっと」

「なんだ、聞いてなかったのか」

「あ、いえ」

 小泉くんはもごもごと何かを言う。萩尾さんが彼を見ているのに気づくと、ちょっと赤くなる。

 ここで答えられないのは恥ずかしい。でも、そもそも何の話をしていたのかわからない。今はえっと、英語の時間だけど。なんて考えているのだろう。

 仕方がない。私は彼にだけ聞こえる声で、後ろからそっと答えを教えてあげることにする。

「ジェニファーが公園に行ったのは、ジョンと約束をしていたから、だよ」

「え」

 小泉くんはちょっと慌てたような声をあげたが、

「わからないのか?」

 先生のいらだったような声に、

「えっと、ジェニファーが公園に行ったのは、ジョンと約束をしていたから……です?」

 ちょっと語尾を疑問系にしながら答えた。

「なんだ、わかってるじゃないか。もっと自信を持って答えろよ」

 先生の笑顔をうけて、小泉くんはほっと息を吐くと、椅子に座った。

 それから後ろを振り返る。答えを教えてくれた私に、感謝するために。でも、

「……あれ」

 振り返ってから彼は気づく。自分が一番後ろの席だってことに。

「小泉ー? 答えたからって気を抜くなよー」

「あ、はい」

 慌てて前に向き直り、首をかしげる。幻聴? なんて思っているのかもしれない。

 私はずっと、彼の後ろにいるのに。


 私は小泉くんの背後霊。ただ、背後霊歴は三ヶ月だけど。

 生前彼とは縁もゆかりもなかったけれども、彼の優しさに惚れて背後霊になることを決意したのだ。なす術もなく、事故にあった交差点で立ちつくしていた私には、通りすがりに手向けられた花に黙祷を捧げる彼が、きらきら輝いて見えたから。

 小泉くんには、いついかなる時も微笑んでいて欲しい。

 だから、できるだけ、彼の力になりたい。

 答えがわからなくて悩んでいるようだったら、そっと答えを耳元で囁く。さっきみたいにあからさまなのじゃなくて、彼が思わず「自分でひらめいた!」って思っちゃう程度のささやかさで。

 ボールを奪われそうになったら、私が相手の子の邪魔をする。シュートが外れそうになっても、こっそり軌道を変える。

 深爪は……助けてあげられないけど。

 最初は私の声がちゃんと届かないこともあったけど、今は全部伝わっている。周りに干渉もできなかったけれども、最近では人間にもボールにも触れる。

「なんか、小泉がシュートすると風がいい具合に吹くよな」

「ちょっとツイてるかも」

 私の存在はばれていないようで安心する。まあ、背後霊がアクティブに頑張ってるなんて誰も思わないだろうけど。


 勉強や部活がちょっとずつ上手くいくようになって、小泉くんは自信を身に付けたようだ。私の手助けがないところでも、ハキハキと授業中に答えたり、部活で積極的にパスをもらうようになっている。

 小泉くんには、いついかなる時も微笑んでいて欲しい。

 だからこの展開は満足なはず……だけど、どこかもやもやする。

 そして今、小泉くんは萩尾さんを校舎裏に呼び出した。告白するために。

 カレシの噂がデマだと知り、自信を持ったらしい。いっそ告白してようと。

「好きです、付き合ってください」

 頭を下げた小泉くんには見えていないだろう。萩尾さんが真っ赤になりながらも、頷こうとしているのが。

 小泉くんには、いついかなる時も微笑んでいて欲しい。

 でも、そのきっかけは私でありたい。他の人が理由なんて、認められない。もちろん、彼自身の努力も。

 とっさに私は萩尾さんに手を伸ばす。悪意を持って。頭に触れると、すっと自分の体が彼女に干渉したのがわかった。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 萩尾さんの体を乗っ取って、萩尾さんの顔で私は微笑んだ。

 小泉くんは、心底嬉しそうな顔をする。

 これで二人は両想い。

 私は片想いのまま。

 でも、あなたを幸福にするのは私。私だけ。

 あなたの幸福の使者は、功労者は、私なのだ。

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小泉くん専用・幸福のシシャ 小高まあな @kmaana

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