手を一度握れば、ビビッとくる
小高まあな
手を一度握れば、ビビッとくる
手を一度握れば、ビビッとくる。
それがその結婚相談所の売り文句だった。
そこのバナー広告は何度も見ていた。うざったいぐらいに。おそらくフリー素材であろう手をつなぐ新郎新婦の写真にかぶさる、「手を一度握れば、ビビッとくる」の文字。その日それをタップしたのは、うんざりしたからだ。結婚しないの? なんて聞いてくる会社の人たちに。カレシぐらいいるでしょ? なんて笑う、同期の女。最近婚約した、いけ好かないあの女。いねーんだよボケが。
どうしても結婚したいわけじゃなかった。いい人がいれば、ぐらいの気持ちで。でも、これ以上うざいことを言われないのならば、いますぐ結婚したい。そんな気持ちだった。
そのサイトでは、バナー広告と同じ写真と文字が出迎えてくれた。その下に続く、「あなたも運命の相手の手を、握ってみませんか?」の文字。
一度きりの人生、結婚で失敗したくありませんよね。結婚相談所「ハンド」では、運命の相手との手をつなぎ、絆をつなぐ、をモットーに、ユーザー様に最高の結婚相手をご紹介いたします。必要なのは手を握ることだけ。そんな説明文を読みに、なんだかなーと思う。ふわっとして、どんなシステムなのかわからない。
ただ、自信があるから登録料はいただきません、に心惹かれた。成功報酬だけでいいらしい。その成功報酬は、ちょっと高い気もするが、出せない額ではない。明日の予約枠は、まだ空いていた。
「こういうのは、勢いだよね。タダだし」
言い訳するように呟くと、予約フォームに必要事項を入力した。
翌日、私は結婚相談所「ハンド」に赴いた。いつもより気合いを入れた格好で。
でかい庭のあるその建物についたときは、少し怖気づいたが。それこそ結婚式場のような外観だ。
受付で名前を名乗ると、個室に案内される。担当者と名乗る中年の女性がにこにこしながらやってきた。
「ではさっそく、行きましょうか」
「え、なんかこう、登録シートとか書かないんですか?」
名前とか趣味とか仕事とか書くんだと思ってた。
「運命の相手を前に、そんなものは無駄ですよ」
ほほほと笑って、その女性が歩き出す。わけがわからないままについていくと、庭にでた。外から見たとおり、そこはとても広い。バラがたくさん咲いていて、なんだかいい匂いがする。甘い、匂い。
生垣に埋もれるようにしてあるドアノブに女性は手を伸ばした。どうやら庭の中に、植物に覆われた秘密のスペースがあるらしい。秘密の花園みたいだな。
ゆっくりとドアが開く。
「どうぞ」
促されてはいる。私の後ろで、ドアが閉まる。
そして、
「なっ」
目の前の光景に、息を飲む。
だって、そこに植わっていたのは、
「さあ、どうぞ、手を握ってください。ビビッとくるものが、あるはずですから」
たくさんの手だ。骨ばった手、ぽっちゃりした手、大きな掌、小さな掌、血管の浮き出た手首、少し色黒の手。
チューリップのように、植わった、手。
固まった私の肩を叩いて、女性が言う。
「緊張しなくて大丈夫ですよ。端からどうぞ」
肩を押され、促され、一番端の、白い手に自分の手を重ねる。ああ、この人、爪が、長い。
「いまいちみたいですね、さあ、次を」
隣の手に、さらに隣の手に、手に、手に、手に。私は手を重ねていく。手を握る。
こんなのおかしい。
頭のどこかではわかっていても、なぜか逆らえない。甘い匂いが、する。
何度も手を握り、離し、手を握り、離し。
何人と手を繋いだだろうか。
「あっ……」
その肉厚の手を掴んだ瞬間、なぜかポロリと涙がこぼれた。この人だ、と思った。
「ビビッときたようですね、おめでとうございます」
自分のことのように女性が笑う。
女性が芋でも抜くように手をひっぱると、地面から飛び出してくる男性。眼鏡をかけていて、くせっ毛で、ちょっとぽっちゃりしていて。土を払いながら、はにかんだように笑う顔がかわいいと思った。
その人の手を握る。ああ、やっぱりこの人だ。初めて会うはずなのにそんな気がしなくて、私は彼に抱きついた。
そして、今日。ウェディングドレスを着た私の隣で、彼も白いタキシードに身を包み、微笑んでいる。成功報酬がのせいで式はできないかと思ったが、結婚相談所の建物でやると格安だと知って、ここで挙げることにした。道理で、結婚式場のような外観だと思った。
「きれいな庭ねー」
「本当、素敵なガーデンウェディング」
同僚たちのそんな言葉が聞こえて、少し微笑む。
彼の手を握ると、そっと握り返してくれた。
喧嘩もしたけれども、彼と出会えたことは幸運だ。だって、この人は私の運命の相手だから。
あのバラの奥に、私たちが出会った秘密の花園がある。でも、ここからじゃ、見えない。
庭は今日も、甘い匂いに包まれている。
手を一度握れば、ビビッとくる 小高まあな @kmaana
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