死んで花実を。

小高まあな

死んで花実を。

 三丁目の二階建ての古いアパート。そこの204号室に木が生えた。

 幸い、104号室の住人はその時留守にしていたらしい。けが人はいない。でも、天井から根っこは降ってくるわ、その結果家電は壊れるわでかなりの怒ってるらしい。大家に弁償しろと騒いでいると聞いた。まあ、そうだろう。

  大家ならば保険に入っているだろうが、それにしたってアパートの一角がそんなことになるなんて、怒りたいのは大家の方だろう。

  しかも、

「もみじの木だって」

「えー、超かわいそうー。まだ果物の木だったらそっからお金取れたのにね」

「いやー、でも単身者向けのアパート経営してんだったらちゃんと日毎の見回りしろって話じゃない? めんどいからってやめてたんでしょ?」

「やばいねー」

 高校の教室。クラスメイトが撮ってきた、そのアパートの写真を見ながら私達はワイワイ騒ぐ。

 204号室は残念なことに角部屋じゃなかった。両隣も大変なことになっているだろう。

「やっぱり、ちゃんと実をつける木になりたいなー」

「わかるぅーってか、それ以外ありえなくない?」

「死んでまで無能呼ばわりされたくないよねぇ」

 そう言って私達は笑った。


 人は死ぬと、木になる。

 今では当たり前の光景だけど、ひいばあちゃんの時代は当たり前じゃなかったらしい。人は死んだらそのまま火葬されていたそうだ。

「もったいなくない?」

 そう言ったら、

「その頃は遺伝子操作なんてされてなかったもの」

 と苦笑された。

 私達は死後24時間経ったら木になる。そう遺伝子を書き換えられている。

 地球環境が悪化したことにより、樹木が適切に育たなくなった。緑が減ったことにより、さらに環境が悪くなる。ついでにいうと、果実なども育たなくなった。

 それを打開するためにお偉いさんが決めたのが、人身樹木法だ。

 人が亡くなったら樹木化する前に墓地に移す。墓地は昔話で見る森のように木々が鬱蒼と茂っている。かつて人であった木々が。 24時間以内に移動出来なかったら三丁目のアパートみたいになるのだ。

 樹木になった果実は遺族が食べるし、多かったら売買される。自然の果物だから高値で取引されるのだ。

 ちなみに三丁目のアパートみたいに、墓地以外で生えた木については、その果実の所有権は土地の所有者にある。今回みたいに邪魔だったならば、すぐに伐採する権利もある。大切なのは、生きているものの生活だから。

 おばあちゃんぐらいの歳の人は、人から生えたものを食べるなんてと拒否する人が多い。

 でも、死んでからも役に立つならこんな素敵なことはないのになと思う。まだまた先の話だけど、私だって死んだら美味しい果物になって、多分いるであろう私の子供達に楽をさせてあげたい。

 そう、食べられない木にはなりたくない。そんなもの邪魔だけだ。

 一応三回忌が過ぎるまではとっておいて貰えるが、食べられない木は三回忌が過ぎたら墓の管理者の独断で伐採が許されている。飢えを満たせないものに与えるスペースは、ない。

 

「凛子は何になりたい?」

 帰り道、親友に尋ねる。

「私は桃がいいなー」

 一度食べたがあれは美味しかった。

「私は、ソメイヨシノ」

 囁くように親友が言ったことをすぐには理解できなかった。

「ん? 待って待って、それって食べられないよね?」

 図鑑で見たことがある。かつては春先にたくさん咲いていたという、その花。

「うん、でも綺麗だから」

 小柄でぽっちゃりとした親友は前を見ながら続けた。

「そしたら、褒めてくれるでしょう?」

 足元に転がされるようにつぶやかれた言葉に、なんて返事をすればいいのかわからない。親友が容姿にコンプレックスを持っているのを知っているから。

 でも、確かに彼女はだれもが振り返るような、モデルみたいな美人じゃないけど。でも、笑った顔とかカワイイって私は思ってる。愛嬌が、ある。もっと自信を持てば、もっと変わるのに。

 だけど、私のそんな言葉は届かない。何度投げても、いつも跳ね返されて終わる。

「お母さんだって、きっと、きれいだって言ってくれる」

 あんたはお姉ちゃんと違ってブスだから。デブだから。笑うな、気持ち悪い。

 彼女のバリアを作ったのは、おばさんの、彼女の母親の、そんな言葉たちだ。小さいころからずっと投げつけられていた言葉たち。

 違うのに、そんなことないのに。私が何度そういっても、彼女は「気を使わなくていいよ」って寂しそうに笑うだけ。ずっとずっと頑張っているのに、私には彼女の壁は、壊せない。

「それじゃあ、またね」

 分かれ道でそう言って片手をふると、彼女は足早に去っていく。

 はやく帰って、おばさんの手伝いをしないと怒られるから。

「きれいな、桜……」

 ああ、でもきっと、おばさんは見ない。桜の木なんて、見ない。あの人はきっと、高く売れる果物ではなかったことを詰るはずだ。

 そんなこと、彼女だってわかっているだろうに。

 遠ざかっていく彼女の背中を見ながら、そんなことを思った。


 そんな話をしたことも忘れかけたころ。冬が近づいてきたころ。三丁目のアパートがすっかりもとの外観を取り戻したころ。

 凛子が、亡くなった。

 おばさんに頼まれたお使いで、自転車のかごいっぱいに食料品を買って、ちょっとふらついたところを、運悪くトラックがつっこんできて。そんな、たぶん、よくある事故。

 葬式でおばさんは、泣いていた。悲しそうに。それはきっと本当なんだと思う。思いたい。

 でも、彼女の墓には一度も行っていないことを私は知っている。

 

 控えめで、おとなしくて。凛子はわがままを言うタイプじゃなかった。

「最後の最後に、すごいね」

 彼女の木の前で、私は微笑む。泣きそうになるのを息を吸ってこらえた。

 凛子は、宣言通りにソメイヨシノになった。まだ季節じゃないから、花は咲いていないけれども。

「せめて梅にでもなれば、まだよかったものを」

 おばさんが親族っぽい人相手に愚痴っているのを聞いた。

 たぶん、おばさんは、凛子の花を見ることはない。きっと、きれいな花を咲かせるのに。

 ほんの少しだけ思う。鑑賞用の木になったことは、凛子の反抗だったんじゃないかって。おばさんに対する、最後の。

 ばかなの。そんなの、生きているうちにすればよかったのに。おばさんはおかしいって、私、何度も言ったのに。


 春が来るのを、私は待っている。

 美しい彼女を見ることを、心待ちにしている。

 でも、

「凛子と一緒に、見たかったよっ……」

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死んで花実を。 小高まあな @kmaana

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