その3 解決策はろくでもない
空を飛ぶことは人類の憧れだ。青い空に無限の希望を抱き、人は気球など様々な手段を使い鳥のような自由を求めていた。
当然、旧世界の人間とて同じように空に憧れただろうし、現世界の想像を超えた技術があるのだろうとは思っていた。思っていたが――それがこんなものだとは思っていなかった。
「よーし、シートベルト、この紐ね、つけてないと死んでも文句は言えないからね」
「ちょっと、待て」
場所が変わって魔法使いの家上部、人の10倍はあろう大きな鉄の人形の中に俺はいた。
正直目を疑いたくなる光景だったし、薄気味悪かったが、腕力が異常な魔法使いに引きずり込まれ、座席らしきものに座らされた。
「これ、何だ」
「マジンダヨ二号、空も飛べる絡繰りだと思えばいいさ」
「マジンダヨ二号」
何だろう、意味は分からないけど、それでも相当ひどい名前なんじゃないかと察した。
「……これでどうするんでしょう」
「まあ、見ていてよ。メルヘン現象を強制的に解決する切り札だからね」
そう言って、軽薄そうなウインクを飛ばす魔法使い。不安しかないし、こんな気味の悪い場所にいたくはなかったが、こいつは嘘はつかない。渋々、黙り込んだ。
顔色が悪い俺に対して、魔法使いは目をキラキラさせて、あれこれボタンを押していく。一つ押すたびに軽快な音がして、俺の不安をあおった。
「よし、これで――うん、行けるね」
「ちなみに、具体的にどう解決を?」
「おーっと、シートベルトは大丈夫? 最後の確認、三、二、一、はい、マジンダヨ、行きまーす!」
「おい、質問に答えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
一際赤くて大きなボタンを魔法使いが押すと、体に異常な衝撃がかかった。どうも、鉄の塊が急激に動いているらしい。
体が引っ張られるような感覚とともに、視界が明るくなった。
「な、何だこれ。飛んでる!?」
「飛ぶよ飛ぶ、飛ばないと話にならないからね。さて、確認だけど君の母国は森の西のユーテリウスで合っているよね」
「合っているけど、これどうやって飛んでいるんだ!?」
魔法使いはそれには答えず、鉄の人形を森の端まで移動をさせる。視界には自分の母国の赤い街並みがかすかに見えた。
「うん、まあ。ここならいけるかな」
「おい、さっきから質問に」
「あーうん、そうだね。メルヘン現象の解き方についてだけど」
魔法使いは乙女のごとく恥ずかしそうに笑い、躊躇なく言った。
「まず、君の国を一回滅ぼします」
「なんて?」
正直耳を疑った。いかに非常識の魔法使いとはいえ、その言葉は信じられなかった。が、返ってきたのは晴れやかな笑顔だけだった。
「君の国を滅ぼす! 具体的には国土を火の海にするレベルの攻撃をして、加護を使い切る! 大丈夫、計算上は無傷で済むから」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!」
それはどう考えてもまずい、慌てて魔法使いの胸倉をつかんでやろうとするが、紐が引っかかって上手くつかめない。魔法使いのほけほけした顔が心底ムカついた。
「大丈夫大丈夫、ちょっと火の海になるだけだから。この程度の文明技術なら、半日あれば修復できるし」
「いや、大丈夫じゃないだろ、明らかに」
「ん? じゃあ、アフターフォローで歩く歩道とかつけて改造してあげよっか?」
「そうじゃない!」
魔法使いは魔法使い、根本的に考え方が違うことは知っていたが、正直俺は嘗めていた。狂人といって差し支えのないレベルの行動にあっさり踏み切るとは――悔やんでも悔やみきれないが、もう後の祭りである。
「じゃあ、行くぞ! ファイヤービーム準備」
「待て待て、事前説明とか! 子供もいるんだぞ! ほかの手段とか色々、おい外道魔法使い!」
「失礼だな、こう見えても博愛主義だぞ、はい、ポチッとな」
制止は全く意味をなさず、無慈悲に黄色いボタンが押された。瞬間、鉄の人形から母国に向けて炎の渦が発射された。
「っつ」
それは悪夢のような光景だった。指先1つで今までの生活が壊される悪寒、恐怖――旧世界の恐ろしさを突き付けられた気分だった。
言葉を失う俺に対し、魔法使いが宙に指を振ると、火の海の光景が映し出される。
突然の火炎放射に慌てて泣くぬいぐるみ、焼ける家々、粉砕される木々、攻撃の威力で飛ばされるぬいぐるみ、地獄のような光景だった。愛らしいぬいぐるみが泣きながら身を寄せ合っている姿ほど、心をえぐる光景はなかった。
蹂躙はしばらく続き、俺の心がえぐれにえぐれた所で止まった。一瞬で廃墟となった国土に立ち尽くす、無傷のぬいぐるみ達はシュールな光景だった。
青い空が悲しいほど美しかった。
ぬいぐるみ達もそう思うのか、ただ空を見上げ――唐突にその姿が揺らいだ。淡く光ったかと思うと、次々に人の姿へと形を取り戻していく。
どこからか歓声が上がりだした。小さな声は、徐々に国を揺るがす大きなものへと姿を変えていく――美しい光景だった、原因を深く考えなければ。
それでも祝福(呪い)が解けて喜び合う人々を見ると、胸がホッとした。思えばこの事態になってから、頭が痛いことばかりだった。意味不明な状況といい、深刻な事態に笑顔な親友といい、理解不能の魔法使いといい――ん?
「あのさ」
「ん? お礼かい? 当然のことでも言われれば嬉しいからね、天才だから誉めちゃいけないなんて法律は――」
「いや、俺の親友が人間のままでいたはずなんだけど」
「……あ」
分かりやすく魔法使いの顔が引きつった。同時に、その場の空気が凍り付く。
「式神君、急いで人間の残骸を回収してくれたまえ! 大至急!」
「おい」
「大丈夫、殺しても生き返らせればセーフ!」
「アウトだ、この人殺しいぃぃぃぃ!」
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