その2 魔法使いはろくでもない

「よし、そういうわけで呪いを解決しよう! レッツ3分間解呪!」


 ひたすら回りつくして最終的にぶっ倒れた魔法使いは、何事もなかったようにキリっとした顔でエプロンを取り出した。

 間違いなく顔は良い、だが致命的なまでに残念、一周回って哀れ――歴代の王の日記に記されていた言葉を俺はしみじみと思い出していた。とりあえず、エプロンは突っ込まないでおいた。


「……よろしくお願いします」

「任せたまえ!――というわけで、材料だ! パチン!」


 魔法使いが指パッチン(音声は口頭)をすると、何も置いていなかった机にごろごろと物が現れた。原理が全く分からないが、凄いと思うより先に、どや顔にイラっとした。


「まず、千歳鏡をセットして、同時展開で酢胡ペディアをセット、念のためシードルシールドを解放。よし、解析開始!」


 大きめの鏡を中心に適当に物々を配置したかと思うと、それらは青白くほのかに光りだした。古代の文字らしき、読めない幾何学模様が鏡から宙へと浮かび上がり、外見だけは神秘的な魔法使いと相まって幻想的な光景だった。


「再生」


 鏡面が水面のように揺れたと思うと、ぬいぐるみだらけの国が映し出される。

 状況説明のために残してきた親友がいらんことを言ったのか、ぬいぐるみズに殴られている。が、本人が外傷なく幸せそうなあたり、ダメージはないのだろう。


「これは君の知人かい? 随分変わった子だね」

「あんたよりはましだと思います」


 母国がぬいぐるみの国になっても一切悲観せず、むしろ楽園とばかりに喜ぶ精神性が少々問題あるのは否定できないが。

 鏡は国のあちこちを映し出す、農作業をするウサギ、追いかけっこをする雀、海に潜れなくて地団駄を踏む漁民らしきコアラ、メルヘンでめまいのする光景だった。

 魔法使いはその光景をじっと見て、手元に浮かぶ異郷の字を眺め言った。


「あ――これ呪いじゃないね」

「……というと?」


 魔法使いは困ったような顔をして言った。


「うん、呪いならサクッといけるけど、これ加護、つまり祝福だから。解呪は激ムズイ」

「……嘘だろ、おい」


 どこにこんな迷惑な祝福を用意する馬鹿がいる、いや旧世界にはいたのか。


「これのどこが祝福なんだ? 全般的に困っているだろ!」

「えっと、防御力が異常に高まるみたいな? 睡眠や食事がなくても300年くらい生きていられるし、物理的な耐久性が非常に高いから現世界はもとより、旧世界の兵器でもそう簡単には傷つけられないね。正直、脱帽」

「え、それは凄いけど」


 あのメルヘンの見た目にそんなハイスペックが隠されていたのか。誰が作ったのか知らないが、旧世界の無駄な本気を見た気がした。


「攻撃力は基本的にはないけど、合体技は使えるようになっているね。50体から「メルヘン☆キラキラビーム」が打てるみたいだ」

「なんだよ、そのビーム」

「相手に同じぬいぐるみ加護を強制的に授ける」


 それは一番いやな攻撃かもしれない。絵面はメルヘンでも、内容はパンデミック、阿鼻叫喚の可愛らしい地獄が広がるだろう。

 魔法使いは鏡から完全に顔を上げ、なんてことないようにこちらに尋ねた。


「えっと、どうしようか? 解決策はあるけど、悪い呪いじゃないし、このままでもメルヘンハッピーなんじゃないかな」

「頭がハッピーじゃなきゃ受け入れられません」

「えー、可愛いよ?」

「恋バナ、聞きたかったのでは?」


 ぬいぐるみは意思疎通が難しい。話せないし、文字を書こうにも手は綿。自分もこの悪夢の状況を説明してもらうのに半日程かかった。

 恋バナなんぞ複雑な話はもっと時間がかかるだろうし、自分がぬいぐるみになって恋バナできるほど胆が座り込みをしている人間はそういまい。


「……手荒い方法だけど、いい?」

「いい」


 魔法使いの困ったような顔に、俺はしかめ面のまま頷いた。

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