古の呪い(メルヘン)はろくでもない

石崎

その1 メルヘンな呪いはろくでもない

 一言でいうと、悪夢的メルヘンな呪いだった。


 仕事で母国を数日留守にして、いざ戻ってみれば、すさまじい惨状がひろがっていた。

 まさしく、それはぬいぐるみの嵐。

 ウサギ、犬、モグラ、エトセトラ――大小さまざまなぬいぐるみが、見慣れた街をわたわたと動き回っている。人の姿はただの一つもなく、かわいらしい悪夢と言っていい光景だった。


 第二王子とかいう、それなりに責任がある立場の俺は気絶したくなり、側近で従者な親友は綺麗に気絶した。


「え、ナニコレ、尊い」

「おい、意識を持て! とりあえず、笑顔はやめろ!」


 乙女趣味のある親友は良い笑顔だった。

 当然、呪いで殺気立ったぬいぐるみズが彼を襲った。が、如何せん綿なので、彼は幸せそうなだけだった。いろんな意味でその光景に俺は頭を抱えた。


 どうにか意思疎通を試みたところ、山の洞窟で見つかった謎の箱を開けたらこうなったらしい。

 意味が分からないが、残念なことにこの世界ではよくある話だ。泣きながら謝罪するネズミのぬいぐるみをなだめ、俺は覚悟を決めた。

 この不可思議のパレードの状況からして、世界最古の魔法使い、化石の生き残りを尋ねなければならないと。




―――――――


 この世界はかつて一度滅びたらしい。

 旧文明は今とは比べ物にならない技術や魔法の文明を持ち、されど大災厄によって滅びてしまった。

 嘘みたいな話だが、この世界には確かな証拠が残っている。

 世界の中央に位置する白亜の森、そこに頭のねじが取れた化石が――失礼、旧文明の生き残りである魔法使いが存在しているのだ。


 白亜の森は喋る植物や、火を噴く獣、無意味に飛び回る鉱石などいろんな意味で異常のるつぼで、その主である魔法使いは指先1つで国の一つ二つを滅ぼせる力を持っている。

 我々が逆立ちしてもかなわないその力は、有無を言わせぬ説得力があった。

 幸いにも化石はただ引きこもっているだけであり、森の外には全く干渉しなかった。そのため、基本現文明はそれと距離を置いている。うっかり手を出すにはハイリスク、ローリターンな相手だからだ。


 もちろん、例外は何事にもつきものだ。

 この世界には、理解不能な旧文明の遺物がちょいちょい転がっており、時折筆舌しがたい異常事態を引き起こす。

 

 具体的に言うと、川の水が水あめになるとか、歌わないと話せない難病が流行するとか、国中がぬいぐるみになるとか、死にはしなくとも非常に迷惑な異常事態だ。 

 そんな時は化石をどうにかこうにか引っ張り出さなければ、まず事態は解決しない。国によっては天才達を集めて自力で対処をしようとしたこともあるが、最終的に異常事態が他国にも感染し阿鼻叫喚な事態になったらしい。そのため、現在では国際ルールとして異常事態に見舞われた国が、責任をもって白亜の森に行くことになっている。

 正直、こんな絶妙に迷惑なトラブルしか起こさない遺物しか残っていない旧文明とは、頭がどうかしていると思う。





―――――――


「なるほど、なるほど――いや、君口が悪くなったね? 昔はもっと可愛かったような?」

「昔っていつですが」

「30年前くらい?」

「それは父あたりと間違えているのかと」


 30年前は、現在20歳の俺は普通にこの世にいない。が、それをけろりと言うあたり、この化石は時間の流れが理解できないのだろうと心底思う。

 白亜の森の中央の、巨大な木を模した家に旧文明の魔法使いは住んでいる。真っ白の髪に金の目、中性的な顔立ちは人間離れしていて芸術品か何かのようだ。まあ、実際人間ではないのだろうが。


「とりあえず、その冷めた目やめよう? サルトナを思い出して、こう背筋がひんやりと」

「誰ですか、サルトナって」

「昔の友人だよ、何度か埋められて死ぬかと思った」

「現在の友人の言葉の意味、知っています?」


 どんな物騒な友人だよ、と思うが相手は旧文明の人間。文化の違いもあるのかもしれない。

 若干可哀そうな物を見る目をしていたからか、魔法使いは大げさなくらいに首をふった。


「失礼だな、友人という概念は旧文明も現文明も変わらない。日常に癒しやちょっとした刺激、つまりスパイスを与えてくれる存在だろ? つまり君も友人だ!」

「国の存亡がかかった相談事を、あんたの日常のスパイスにしないでくれません?」

「あ、その目はやめて! モニカに7股がばれたときの事を思い出すから!」

「最低だな」


 ますます蔑みの色を濃くする俺に、魔法使いは顔を覆ってぴょんぴょんと逃げ回る。正直、これが異常事態を解決できる只一人の存在など信じたくはない。

 だが、歴代の王の日記や外交官の記録にも同様の嘆きが多々記されているからして、これが現実だ。現実はままならないものなのだ。


「とりあえず、うちの国にかかった呪いの解決を頼みたい」

「あ、うん。いいよ」


 魔術師は良い笑顔で親指をたてる。軽薄な動作は安請け合いにしかみえず、承諾されたのに不安をあおった。


「……報酬だが」

「うーん、枕カバーが欲しいなあ、あと恋バナしたい」

「恋バナ」


 正直耳を疑いたかった。前者も願う物として少々おかしい気がするが、後者が圧倒的にパワーワードだった。


「可愛い子がキャッキャしているのを見たい。初々しい様を眺めまわしたい、あわよくばお近づきになりたい」

「うわ……」

「その可哀そうな物を見る目をやめて! ユリウスに3股をされていた2股時代を思い出す!」

「……とりあえず、その経験を語ると、お近づきになれる日はこないですよ」


 紛れもない事実を語ると、魔法使いは衝撃の事実を知ったような顔をして、奇声を上げながらくるくる回りだした。どこまでも小物感が漂う動きだった。


 旧時代の人が全般的にこうなのか、たまたま生き残ったこいつが異常なのかは分からないが、たった一人の生き残りなのに世界的に扱いが雑なのは、多分色々と残念だからなのだろうと俺は思う。

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