第4話
ゆっくりと周りを見ながら足を進めてみる。
すれ違う人々の喋り声。通り過ぎる看板。耳や目に入ってくるものはとても新鮮で色鮮やかだ。
そう、私と言語が違うはずの師匠やカオルコ嬢と普通に会話をすることができた。しかも看板の文字も読むことができる。
「死んだら国も関係なくただの死者になるからじゃねえか?」とは師匠の弁だ。
そういうものなのか?とも思ったが正直言葉が通じ、文字も理解できるのは有難いのであまり深く考えるのも意味がなさそうだ。
なにせ、此処は神の住まう世界ではなく、理を示してくれる存在はいない。
それにしても霊というのはもっとおどろおどろしく、怒りに満ち言葉など通じない存在かと思っていた。
私もそのカテゴリーに属するのだが、師匠もカオルコ嬢ももちろん私も怒りに支配されてる感じはない。私は絶望か怒りに支配され、我を忘れている状態でもおかしくない死に方をしているはずなんだが。
やはり、死んでみないと分からないことなのだな……。
あてどもなく歩いていると、わけもなく気になった男とすれ違った。思わず振り返り小さくなっていく背中を見送る。
惹かれる、わけじゃないが気になる……。
追いかけて後をついていこうか考えている間にその男は人ごみに紛れてしまった。
ボーっと空に伸びる建物を見ながら朝を待つ。ぽつぽつと人が周りに増え始め通り過ぎていくのをまた眺める。
こんなにゆっくりしていたのはどれくらいぶりだろう。
生きている間は忙しかった。酷い時は食事もままならない事もあった。身だしなみに時間をかけたくなくとも、それも許されず。疲れたと感じる暇もなく。ただただ忙しかった。
できれば死者となって彷徨うなら子供の頃遊びにいった丘でのんびり過ごしたかった。なぜ異世界に飛ばされてしまったのだろう。何か理由があってのことなのだろうか?
だが、その疑問に対する答えは得られない。仕方がないので再び歩き通り過ぎる人々に目を向ける。
まただ、その男の後姿を目で追っていく。
気になる……。特に特徴もある感じもなく、他の人々との差などあるようには見えない。すれ違う黒髪の人々は、みな同じような顔に見えてしまうが、昨日と同じ気になった男だと私の中でハッキリと確信出来ている。
何故だろう?と思いつつ距離はあったが男の後ろをついていく。
しばらく歩くと一つの建物の中に入っていった。
師匠に相談してみるか。男が入っていった建物を見上げて私は来た道をもどることにする。
「それ、波長が合ってるってやつじゃねえか?」
「波長ですか?」
出会った場所に向かうと、あまり動かないと言っていた師匠を見つけることができた。
相談するとすぐに答えが出てきた。
「波長という言葉が合ってるかどうかは知らねえが、もしかしたらその男はアレスの事を認識できる可能性がありそうだぞ」
なるほど、そういう波長か。
だが、ここで一つ気になることが出てきた。
「もしかして、生きている人間には私達はおどろおどろしい存在として目に映るのでは?」
私を認識できる生きている人間に興味は出てきたが、怖らせるのは本意ではない。
「どうだろうか。そもそも確実に見えるかどうかも謎だしなあ。意外と霊という存在を見れる人は少ないからな。
今まで俺をはっきりと見たやつはいなかったと思う。なんとなく気配を感じてそうなことは何度かあったな」
はっきり認識されることはめったにないそうだ。少し寂しく思ってしまった。あの男ははたして私を認識することができるのか?
けっきょくどのように見られるのか、という問いには明確な答えは出てこなかった。だが死者同士での見え方には師匠から注意を促される。
「そういえば、今のところこの辺りには見かけないが、暗くもやのかかっているように見える死者には近づくなよ。そいつは意志の疎通もできない。下手したらそいつの悪意に飲み込まれるぞ」
なるほど、おどろおどろしい存在は有ることには有るわけか。
男が入っていった建物は思っていた以上に広かった。
扉も壁も気にせず通り抜けできるのは有難いが部屋数がものすごく多い。そしてその中にいる人も多い。
働いているらしい人々の仕事も気になりついつい、寄り道をしてしまう。結局男を見つけることができたのは翌日だった。
私の姿を認識できるかもしれないため、怖がらせないように目を合わせないようにこっそりと近づく。
反応はなさそうだ?
反応のなさにがっかりしたが、あきらめずに付かず離れずの距離で男の周りで過ごしてみる。
もしかしたらそのうち認識できるようになるかもしれない。
その過程で男の名は知ることができた。『キサラギ』というらしい。
暗い夜道で私の姿を見れるようになったら驚くだろうと思い。キサラギが帰宅するときはかなりの距離を置いてついていく。
「ストーカーみたいなことしてるな」
キサラギの周りで過ごす傍ら、師匠にも会いにいったりもする。
大笑いされた……。解せん。
ストーカーとは?との問いに師匠曰く、私のような行動をすることだと言われた。
「まあ、認識されないのだから良いんじゃねえか」
ヒーヒー笑いながらも止められることはなかったので良しとする。
どうせ見えないのだ、家の中でのキサラギの観察でもしてみるか。
慣れは恐ろしいもので、私はだんだん最初に持っていた遠慮というものがなくなりつつある。
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