第3話

「なるほど。此処は私の住んでいた世界とは別で、私は異世界転生というものをしたと?」


 師匠の話を聞くために、道の真ん中でもということで人影のない細い路地裏に移動した。といっても道の真ん中で立ち止まっていても私たちは邪魔になることはないのだが。気分だな。


「お嬢の考えだとそういうことになるだろうよ。説明されても信じがたいが、日本だけじゃなくアメリカも知らないとなるとな。そういうことなんだろうよ。そしてアレスのソレだ、うん、まあ死んで幽霊になったってえだけでも生きていた時にはあり得ない話だったが、それ以上の常識から外れたことにお目にかかれるとはな……人間死んでみるもんだ」

「そうですね。異世界転生なんて小説の中の話だと思っていましたが実際にあるんですね。知ることができて得した気分です」


 ははは、と師匠の空笑いが路地に響く。

 そう、実は移動した先でもう一人との出会いがあった。

 カオルコ嬢といい、黒髪を後ろで一つにくくっている、しなやかな雰囲気をもった女性だ。見た目は17歳とのことだった。師匠は43歳、目じりの皺がなければもっと年若く見れる。そのことを言うと、日本人は他の国の人間からは若く見られることが多々あるということだった。

 私が26だと告げれば、意外とわかい!と驚かれてしまった。

 カオルコ嬢は師匠とは顔見知りらしく、私との自己紹介はすんなり終わり、師匠と一緒にこの世界の事を話してくれた。


 私の死んだ状況を伝え、日本やアメリカという国を知らない事、車というらしい馬の引いていない乗り物を知らない事、通り過ぎる人々が着ている服を見たことがない事。

 いくつか説明する傍ら師匠が隣で「まじでか」と何度もつぶやいていたが、静かに話を聞いてくれていたカオルコ嬢は「普通なら考えられないけれど、アレスさんは違う世界の人間なんだと思う」そう結論を出した。

 決定的だったのは『魔法』の存在だ。死んでいるはずの私の手から、ポッと小さい炎を出すことができた。

 私の住んでいた世界では当たり前の魔法であったが、こっちの世界では魔法というのは小説の中にだけ存在するらしい。炎を見てやっと師匠は私が違う世界の人間であると納得したようだ。

 死んだ後にも魔法が使えるとは思っていなくて実は私も炎を見てコッソリ驚いた。死なないと分からない事もあるのだな……。


「ううん、異世界転生じゃないですね」


 しみじみとしているとカオルコ嬢が、気が付いたという感じでパンと手を鳴らした。


「違うので?」

「そう、だってアレスさんは死んだままこっちの世界に来ているでしょう?異世界転死ね」


 違いない。

 私達三人は笑い合った。



「私はこの世界でどうすればいいのだろう」


 師匠とカオルコ嬢の話を聞き、それがある程度落ち着くと自分はどうすればいいのだろうか?と考える。

 師匠は出会った場所からあまり移動はしないらしい。動けないというわけでもないらしいが、どうにも動きたいという気になれないそうだ。出会った場所の近くにある建物をのんびり見つめる日々だという。移動した路地以上は普段から離れないらしい。

 それとは逆にカオルコ嬢はアクティブだった。話を聞くと師匠よりも死者のとしての生活は長いらしい。その長い年月、好きな本を読むために、読書をする人の後ろからこっそり覗き、続きが気になったときにはそのまま憑いていき、満足するとふらりと散歩をする。それほど行動範囲は広くないらしいので、そのうちに師匠とも出会い顔見知りになったらしい。そうやって移り行く世界を見つめていたようだ。


 では、私はどうするべきか。

 うーん、と考えても思いつかない。何せこの世界の事は師匠とカオルコ嬢からの情報しか持っていない。受け身の立場だ。


「別に何をしないといけない、というのもないし、幽霊らしくそこら辺をうろついてたらどうだ?そのうち気になることが見つかるかもな」


 なるほど、師匠の言うとおりだ。今決める必要もないし、絶対に求めないといけないわけでもない。なんせ私は死人だ。

 さすが師匠。


「気になることが見つかったら、次に会った時に教えてくださいね」


 それじゃあ、とカオルコ嬢が路地裏から大きい通りに出て行った。


「まあ俺も行くとするかね。といってもすぐそこだけど。またなアレス」


 続いて師匠も歩いていった。


 後ろ姿に正式な礼を送る。

 私の死者生活の始まりは驚きは大きかったが良い出会いに巡り合えたと思う。


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