第26話 珠貴の提案に、たまは……
偶然というべきか、たまの後押し……もとい、たまが頭に乗っかってきた事による不可抗力による珠貴のファーストキスを奪ってしまった案件は、俺をしこたま動揺させていた。
ここはどうするべきなんだろう?
何か大人……いや、社会人としてどういう態度を取るべきなのか。
いや、待て。今は社会人ではなく、無職だ。
住所不定ではないけど、ただの無職だ。
しかも、住所はファーストキスを奪ってしまった珠貴が尽力してくれたから確保できたようなものなので、恩師と称しても過言ではない人だ。
しかも、男と付き合った事がないときている。
そんな子に対して、どうすればいいかなんて俺には分からない。
誠心誠意謝り倒して許してもらうしかないのかな、やっぱり。
「……あ、あの……」
珠貴が上目遣いでまた俺の事を見てくるも、表情というべきか、瞳がいつになくキラキラと輝いているように見えなくもなかった。
「は、はい!」
俺は背筋を伸ばして、珠貴の言葉を待つ。
「……忘れなくてもいいので、気にしないでください。私は……私は大丈夫です」
頬がほんのりと上気している。
どうやら、通報やら何やらをする気はないようだ。
ホッと安堵している反面、これでいいのだろうかと思えてならない。
責任とか取らなくてもいいのか?
「大丈夫って言っても……その……嫌だったでしょ? 俺みたいな男に唇を奪われて。しかも、無職の男だし」
「それは違います。三田さんが無職なのは、私とたまの責任です」
視界の隅に見える玄関先のたまが、珠貴の『たま』という言葉に反応してか、うっすらと目を開けて、こちらの様子を伺いだした。
「それは違う。俺が無職なのは俺の責任だ。だから、変な責任と背負わなくてもいいんだよ、珠貴さんも、たまも」
今度は俺の『たま』という言葉に反応したのか、顔をあげた。
「では、帳消しにしましょう」
珠貴が俺の顔色を窺うように上目遣いのまま、名案とばかりにポンと手を叩いた。
「帳消し?」
「今、私の唇を奪った件と私のおっぱいを鷲づかみした件と、私とたまを助けた事で三田さんの仕事を奪ってしまった件で帳消しにしましょう。そうすれば、三田さんも変な罪悪感を抱かなくてもいいですよね?」
「……え?」
釣り合うのか?
珠貴が通報しなければ、釣り合う案件ではある……かな?
なんか微妙な気もするのだが……。
「……駄目でしょうか?」
上目遣いのまま、俺の顔色をさらに窺ってくる。
「……ソレハ……」
「うにゃ」
「きゃふっ?!」
その先の言葉を考えながら、何かを述べようとした時、珠貴の顔ががくんと下に下がった。
何かを思うと、玄関先にいたはずのたまが珠貴の提案を抗議するかのように、珠貴の頭の上に飛び乗ったところだった。
たまは『どうだ?』としたり顔で珠貴の頭の上にいる。
待て。
抗議したかは定かではないな。
もしかしたら、何度か名前を呼んだものだから、こっちに来いと言われて、珠貴の頭にのったのかも知れない。
というか、たまは人の頭の上に乗るのが好きなのかも知れない。
俺の頭の上にも乗ったし。
本当にそうなのかは猫語が理解できないので分かりようがないが……。
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