第23話 土下座しかない


 珠貴は抵抗どころか、俺に身を委ねている気配さえある。


 偶然で、しかも、突発的なキスだ。


 偶然も、突発的も、同じような意味じゃないか。


 もしかして、俺は結構動揺している?


 いきなり年下の女の子を押し倒しちゃって、しかも、たまが俺の頭に乗ったせいで唇まで奪っちゃった事に。


 柔らかい唇だな、結構。


 唇だけだと物足りない。


 久しぶりのキスだし、舌とか入れてしまうのもありかも……いや、なしだ。舌なんていれたりしたら、それこそ珠貴に嫌われる。


 あれ? 嫌われる?


 嫌われていたとしたら、抵抗とかするよな、普通。


 それなのにどうして抵抗さえする素振りを見せないんだ?


 小娘だし、初めてのキスで身体が強ばって動けないのかもしれない。


 最低だ、俺。


 こんな子を怖がらせたままにしておくなんて。1


 唇を離そうかと思ったその時だった。


 唐突に出入り口のドアが開く音がした。


「……三田晋平さん、ちょいとお邪魔するよ」


 しわがれた声が聞こえたと思ったら、誰かが俺の部屋に入ってきた気配がした。


 誰だ?


「ええと、姪の珠貴が……ああ、すまない。お取り込み中じゃな。今時の若者は出会ってすぐにちちくり合うものじゃな……いやいや、こんな事を言うようじゃ、わしももう年寄りじゃのう。三田さん、お楽しみのところ、すまんかった。珠貴とよろしくやっておったのじゃな。珠貴、小五郎にはうちで眠ってしまったと伝えておくぞ」


 一方的に何かを言って、俺の部屋から出て行った。


 本当に誰だ?


 姪って言っていたからもしかして珠貴の祖父?!


 このアパートの所有者の?!


 しかも、勘違いして出て行ったの?!


 勘違いして当然だよな。


 俺が珠貴を押し倒してキスしているんだから。


 そういう行為の最中というか、導入部だと思い込んでも無理はない。


 って、そんな勘違いをされたら、俺は!


 俺も珠貴も大変な事になるから偶然だって、事故だって今すぐに説明しに行かないと!!


「ごめっ!!」


 俺は慌てて珠貴の唇を離して、勢いよく頭を上げたのだけど、


「うにゃ?!」


 頭の上で変な声が聞こえたと思ったら、


「あぐっ!?」


 頭を引き裂かれたような激痛が走った。


 何が起こったのか分からない。


 何故、痛みが走ったのか、分からない。


 引き裂かれたというか、何かが突き刺さったというか、そんな痛みだ。


「……あっ……」


 俺は痛みをこらえるように何かを強く握った。


「えっ?!」


 視界の隅に何か大きな物体が見えた。


 なんだと思って目を動かすと、俺の頭に乗っかっていたたまの長い胴体だった。


 なんで、胴体が?


 あっ!!


 そういう事か!


 俺の頭の上から落ちそうになったから爪を立てて落ちるのをこらえようとしたのか、たまは。


 さっきの激痛は猫の爪のせいか。


 原因が分かれば、そんな事だったのか。


 何かの病気とかじゃなくて良かった。


 当然、落下を堪えきれるはずもなく、たまが地面にひょいっと飛び降りて、すまし顔で何事もなかったかのように俺達から離れていく。


 たまは振り返りもしない。


 もう俺に興味がなくなっただけなのかもしれない。


 というか、なんで俺の頭の上に乗ったんだ、たまは?


 猫語が分からないから、理由は訊けないよね。


 まあ、ただの気まぐれかもしれないし。


「……あの三田さん」


「ん?」


 珠貴の声で俺は我に返った。


「……鷲づかみにされていて痛いです……」


「えっと……」


 よくよく見ると、それなりに豊満な胸を鷲づかみにしていて、珠貴が苦悶の表情を浮かべていて、涙目になっていた。


 しかも、俺は変形するくらい強く掴んでいた。


「あああああ!! す、すまない!!」


 慌てて手を離すと同時に俺はパッと珠貴から離れた。


 押し倒した上、唇を奪っただけではなく、胸まで鷲づかみにしていた。


 セクハラどころか、準わいせつ罪にさえなりかねない行為の数々だ。


 こんな事をして許されるはずがない。


 普通に謝ったって許される行為ではない。


「珠貴……いや、珠貴さん!! 申し訳ありませんでした!!」


 俺は大慌てで、その場で土下座をした。


 これで許してくれるとは限らない。


 場合によっては、この部屋から退去して欲しいとか言われたりするかもしれない。


 俺はそこまでの事を珠貴にしてしまったんだ。




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