第21話 あのもふもふ
たま、というべきか、猫って気分屋なんだな、というのを目の当たりにしてしまった。
珠貴に撫でられていたたまが、突然さすっている珠貴の手をもう止めてと言いたげに前足で押しやるようにし出した。
「たま、もう嫌なのです?」
珠貴がそう訊ねると、珠貴の手を退けながら、たまはぷいっとそっぽを向いた。
「もう止めておきますね」
珠貴はたまをさすっていた手を引っ込めた。
すると、たまは珠貴の方に顔を向けると、ゆっくりと近づき始めたではないか。
どういう事なんだろう?
嫌がっていたはずなのに、珠貴の方へと自ら向かって行く。
本当に気分屋だな。
そんなたまに俺は好かれる事ができるのだろうか?
珠貴がそうしたように、もふれるようになれるのだろうか?
「たまには、甘えたいモードと近づくなモードがあるのですよ。三田さんと初めて会った時は……甘えたいモードだったので動物病院に連れて行こうとしていたら、途中で逃げてしまいまして……」
そう話す珠貴の足に、たまが執拗に身体をこすりつけている。
何をしているんだろうか、たまは。
「ふむふむ」
「ケージの中で暴れ出してしまい、思わず落としてしまったのです。そうしたら扉が開いてしまい、たまが逃げてしまって……それで、三田さんに助けられたという流れなのです」
「それで、たまの事を珠貴が追っていたのか」
たまが珠貴に身体をこすりつける事に飽きたのか、珠貴と距離を取るように立ち止まった。
「私、たまを追いかけることに夢中でトラックが来ている事にも気づかず……」
「逃げているたまもトラックに気づかなかった、と」
「はい。恥ずかしい限りです」
たまが俺の存在をようやく思い出したかのように、ふっと俺を見て……
「……」
責めるような視線を投げかけたかと思うと、俺と距離を取るかのように尻尾を見せて、玄関の方へと向かっていってしまった。
「……あ」
追いかけた方が良いような気がする。
だが、余計に機嫌を悪くさせてしまいそうなので、追うに追えない。
たまは気分屋。
「しかし、僥倖であったとも言えますね。こうして三田さんに出会えたのですから。一期一会ではありませんが、あの時、たまが逃げていなければ、私と三田さんは出会いませんでしたし、出会いが運命のようなものかもしれませんし……」
お腹を触ろうとして機嫌を悪くさせてしまったし、今は自重すべきか。
追いたいな。
そして、もふりたい、珠美がしていたように。
俺にもあんなふうに触れる事が許される時が訪れるのだろうか。
たまをもふれる時が……。
「……三田さん? 三田さん?」
「ん?」
俺の視界の中に頬を膨らませた珠貴が割り込んできた。
「なんだ?」
「話を聞いていましたか?」
「……ん? いや……何の話だっけか?」
全然聞いていなかった。
小娘の話よりも、今はたまとどう仲良くするのかの方が重要だしな。
「もう三田さんたら」
さらにふくれっ面をして見せる珠貴。
表情がコロコロと変わって可愛い事は可愛い。
だが、たまと比較すると、どうしても分が悪い。
あのもふもふを珠貴はどう足掻いても手に入れることはできないのだから。
あれ?
あのもふもふ?
俺はたまをもふった事があるのか?
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