第19話 ただいま我が家
「とりあえず、ただいま」
自分の家の玄関で立ったままいるのはおかしい。
どうして俺の家なのに『ただいま』をいわないといけないのか、とかそんな疑問を抱きながらも、靴を脱いで自分の部屋に上がった。
「おかえりなさい」
珠貴が満面の笑顔で俺を迎え入れてくれた。
というか、ここは俺の家だよね?
一人暮らしのはずなのに変な気分だ。
「ご迷惑をおかけしてしましたので、夕飯を持参したのです。お口に合えばいいのですけど……」
「……え? 気持ちは嬉しいんだけど、買って来ちゃったな。どうしようか。コンビニの弁当なら日持ちはしそうだし」
鼻をクンクン鳴らしてしまうほど良い匂いがする。
ほんわかとしたシャンプーの香り……これは、珠貴が使っているシャンプーの匂いかな。
それ以上に、シャンプーとは別の美味しいそうでいて香ばしい、どことなく懐かしさを覚える匂いが鼻腔をくすぐる。
匂いから分かる。
このご飯は美味い。
確実に美味い。
絶対に美味い。
それだけの確信が持てる良い匂いだ。
「あぁ……申し訳ありません。私とした事が三田さんが食事を買って来るのを想定していませんでした」
珠貴が心の底から謝罪していそうな顔で頭を深々と下げた。
「いやいや、頭を上げてください、珠貴さん。あなたが謝る事なんて何もしてはいない。むしろ俺が頭を下げるべきなんだ。ご飯をありがとう、珠貴さん」
俺は目の前で頭を下げている珠貴に張り合うように思いっきり万謝した。
珠貴が頭を上げた気配がない。
自然と俺も頭を上げることができなくなった。
珠貴の方から早く頭を上げてくれないかな。
俺が先に頭を上げると、それはそれで失礼だと思うし。
むぅ……。
俺と珠貴が頭を下げたまま固まっていると、
「にゃう」
たまの一鳴きと共に、
「きゃっ?!」
珠貴の悲鳴に似も似た声と共に床に倒れる音が玄関に響いた。
「だ、大丈夫か!!」
何が起こったのかと思って慌てて頭を上げると、そこには玄関に倒れている珠貴と、その珠貴のお尻の辺りにのっかっているたまだった。
俺が駆け寄ろうとしたが、たまが何を考えているのか不明瞭な目で見つめてきたものだから、踏みとどまってしまった。
たまに見つめられた俺は、蛇に睨まれたカエルみたいに動けなくなった。
そんな俺に呆れでもしたのか、それとも、俺と珠貴のやり取りに突っ込みでも入れたくなったのか、たまはため息を吐きそうなほど呆れ顔をしたように……俺には見えた。
俺から目を反らしたまま、たまはぴょんと跳んで珠貴から降りた。
そして、何事もなかったかのように俺にお尻を向けて、部屋の方へと再び戻って行ったのだった。
「だ、大丈夫?」
ようやく動けるようになった俺は珠貴の傍まで行って、声をかけた。
「は、はい……」
たまに乗られていて身動きが取れなかったのか、そこでようやく上半身を起こして、はにかんだような笑みを浮かべた。
「たまは本当にいたずらっ子ですね」
顔を恥ずかしさのあまりか真っ赤にさせながら、珠貴は立ち上がる。
誤魔化し笑いを浮かべて、この場を取り繕おうとしている様子が窺える。
年下の珠貴にそんな気遣いをさせちゃ駄目だよな。
「よし、ご飯を食べよう。珠貴の造った料理を俺がしっかりと味わってやる」
「は、はい! あ、味わってくださいね」
珠貴の顔から誤魔化し笑いが消え去り、パッと明るい笑顔に取って代わった。
うん、これでいい。
珠貴は普通に笑っている方が良い……と、俺は思う。
靴を脱いで、家に上がる。
俺はさも嬉しそうな顔をしながら、珠貴が料理が用意されている部屋へと早足で向かった。
「……」
部屋に入った瞬間、本来ならば料理に目が行くべきなんだろうが、俺は別の物に目を奪われてしまい、部屋を入ってすぐのところで足が動かなくなった。
たまが……
たまが部屋の真ん中でごろりと横になっていて、こともあろうか、お腹を見せているではないか。
これは、もふれという事なのか?
俺にもふって欲しいのか、たま?
そういう意思表示として受け取っていいのか?
いや、いいんだろう。
これは、俺にもふって欲しいという要望なのだ。
その要望に従わないでどうしろというのだ。
据え膳食わぬは男の恥ではないか。
ならば、もふってやろうではないか、たまを。
ご要望通りに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます