第18話 照れる猫



「三田さん、おかえりなさい。不用心ですよ、鍵を当てたまま外出するだなんて」


 一瞬、玄関にいるたまが日本語を喋ったのかと思って、まじまじと見つめる。


 けれども、たまは無愛想に小首をまたしても傾げて、お前は何を見ているんだ? と言わんばかりの態度だ。


「たま、お前、喋れるのか?」


 そう訊ねても答えてはくれない。


 どうした?


 今、喋ったのは偶然なのか?


 それとも奇跡なのか?


「三田さん、たまと話ができるのですか?」


 たまが喋った!?


 そう思ったつかの間、部屋の方から珠貴が顔を出して、意外そうな面持ちで俺の事を見つめていた。


 当然至極な事だが、猫は喋らない。


 喋るのは人間だけだ。


「いや、コミュニケーションの一環だよ、コミュニケーションの」


 俺の言葉は当然たまには届かない。


 けれども、珠貴には届く。


 この違いは種族的な差異だ。


「たまは、三田さんともっとお知り合いになりたいみたいです。渡し忘れた鍵を届けようとしていたら、付いてきました。奇怪な事もあるものですよね。たまって人見知りが激しい猫だったはずなのですが、何故かしら三田さんのところに行こうとするのです」


 珠貴が部屋から出て来て、玄関のところまで来た。


 薄いピンクのワンピースに、何故かエプロンを着ている。


 お魚くわえたたまを追いかけて家から出てきたように見えなくもない。


「たまに好かれたのかもしれませんね」


 珠貴がたまの横まで来て立ち止まり、俺ににっこりと笑いかけてきた。


 たまは、珠貴が横に来ても逃げる素振りを見せず、超然と俺をまだ見つめている。


「たまは、俺の事が好きなのか?」


 俺がそう問いかけると、たまが目を細めて睨み付けてくるなり、ぷいっとそっぽを向いた。


 どうやら俺の事が好きではないようだ。


「好きではないって事か」


 俺の呟きが聞こえたように、たまが俺の方に顔をむき直した。


「お?」


 しかし、またそっぽを向いた。


 それだけならば良かったのだが、たまは俺にお尻を見せるように身体を翻して、部屋の方へと歩き出した。


 俺の事が好きなのか、好きじゃないのか、よく分からないな。


「たまは照れているのかもしれませんね」


 珠貴がくすくすと笑った。


 照れる?


 猫がか?


 そんなことってあるのだろうか?


「それよりもどうして珠貴さんが俺の部屋に?」


 たまに気を取られすぎて、珠貴がここにいる理由を聞きそびれていたので、たまが部屋に入ったのを見てからそう質問した。


「さっきも言いましたが、鍵を届けにきたのです。渡しそびれていましたので」


「ああ、そういえば、そんな事を言っていたね」


 あのときは、格好に気を取れて聞き流してしまったので、全然耳に入ってはいなかった。


「そのついでに、夕飯を持ってきたので食べてもらおうと思いまして」


 それでエプロンをしているのか。


 俺は合点した。


「コンビニのお弁当ばかりでは脂質の取り過ぎになりますよ。油を使用した惣菜が多いですし」


 俺がコンビニの袋を持っていたからか、中身を察してそう言ってきた。


「私が作ってきた料理は野菜を多く使っています。健康にも良いとは思うのですが、食べてはみませんか?」


 そう懇願するように言われてしまっては断れないじゃないか。



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