第15話 猫語よ、分かれ



 俺は瞑目したまま、周囲の気配を聴覚だけで窺う。


 かり……


 かりかりかり……


 かり……かり……


 何かを硬質なものをひっかいているかのような音が遠くから聞こえる。


 部屋の中……か?


 いや、そうじゃない。


 壁か何かを隔てたような音の鈍りがある。


 外にいる怪異がこの部屋に入ろうとしているのか?


 だとしたら、いれたらいけないな。


 妖怪とか化物とか幽霊がこの部屋に入ってきたら、酷い結果になりそうだし……。


 早く去ってくれ……。


 去ってくれよ、怪異よ……。


 俺は心の中でそうしきりにそう念じた。


 引っ越して早々、住人達が逃げ出す事になる怪異に遭遇してしまうとかなんという不幸か。


 こんなのが毎日続いたら、俺は……


「めう……めう……」


 めう?


 くぐもった鳴き声だが、これが怪異の正体か……


 かりかりと何かをひっかいて、めうと鳴く。


 めう、と聞こえたが、直に聞けば、にゃ~かもしれない。


 おそろし……くないよな?


 これ、怪異とかじゃなくて……


 俺は目をぱっと開いて、すくっと起き上がり、音がしている方へと向かう。


 音はベランダの方からしていて、そちらに視線を向けると案の定、出て行ったはずのたまが窓硝子に爪を立ててひっかいていた。


 たまは俺の事なんて見ておれず、目の前にある窓硝子に真剣な眼差しを向けていた。


 俺が恋しくなって、戻ってきてくれたのか?


 そうだとしたら、非常に嬉しいんだけど。


 自然を早足になり、たまがいる窓の前まで来ると、鍵を開けてベランダの窓を開け放つ。


 たまの事だ。


 また俺に飛びついてくるに違いない。


「……」


 するとどうだろうか。


 たまは何事もなかったかのように俺の部屋に入ってきて、俺を素通りして部屋の中に入っていった。


「あれ?」


 予想と違ったので、俺は窓ガラスを開けたままの体勢で固まった。


 俺なんて存在していないかのように振る舞うたま。


 たまは、部屋の様子を窺うように顔を至る所に向ける。


 俺のために戻ってきたのではない?


 たまは部屋の中をひとしきり見回った後、俺のところへと戻ってきて、


「みゃ」


 ご苦労、とばかりに俺の顔を見上げて一鳴きした。


そして、何事もなかったかのようにベランダに出て行ってしまった。


 たまが何のために戻ってきたのか理解できず、俺はたまの姿が見えなくなるまでそこにいて、見送ることしかできなかった。


「猫語が分かればいいのに……」


 俺は窓ガラスを開けたままの体勢で居続けていた。


 人と猫との間にはやはり壁がある。


 その壁が越えられなくて、俺はたまと意思疎通ができないのかもしれない。





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