第14話 俺しかいない部屋



 珠貴とたまが出て行った玄関を見ているうちに俺は言い知れぬ喪失感に襲われた。


 大切な何かをなくしてしまったかのような虚無感にとらわれ、動く気力がわかず、その場に立ち尽くしていた。


「これは……猫ロスト?」


 猫ロストなどという単語がこの世にあるのかは知らないし、調べてもいない。


 だが、俺の心境はその言葉通りであった。


 一時だけではあったが、俺の肩の上に乗っかっていたたま。


 そのたまを失ったような悲しみで心が寂寥としている。


 一時の逢瀬であったかのようなあの時間。


 その時間が終わりを告げ、俺は一人きりになってしまった。


「……たま」


 俺はあの猫の名前を呟いた。


 そうしてしばらく玄関を見ていても、たまは俺の家には入ってこない。


「……どうして? 何故?」


 何故、俺はたまの事を恋しく思っているのだろう?


 いくら考え込んでみても答えを導き出す事はできなかった。


「考えていても仕方がない」


 とりあえず荷物を紐解かねば。


 たまの事が思考の海を満たしてしまっているけれども、今はこの部屋を住めるようにしなければ。


 ある程度片付いてはいるけれども、荷物が段ボールに入ったままになっているので、それを整理しなければならない。


「……ふぅ。やるか。やる気が出ないけど」


 置かれている段ボールを片っ端から開封して、中に何が入っているかを確認する。


 引っ越し業者の仕事なのか、しっかりと整然とされて段ボールの中に収まっている。


 こういうのを良い仕事をしていると言うのだろう。


 これならば、簡単に段ボールを片付けられそうだ。


 黙々と作業をしよう。


「ふぅ……あらかた片付いたかな?」


 作業に夢中になっていたら、ほとんどの段ボールを空にすることができた。


 全ては中に入れてくれた人のおかげだ。


「二時間……ほどやっていたのか。意外と短かったな」


 その辺りがちゃんとされていたからこそ、あっと言う間に終わったというところだ。


「休憩しようか」


 誰に言うとも為しにそう言い、そのまま床に横になった。


 目を閉じると、そのまま眠りに落ちそうだった。


「……このまま寝ちゃうか」


 そうするのがいいのかもしれない。


 疲れているし、なんかこう寝たい気分でもあった。


 そんな時であった。


 かり……


 かりかり……


 かり……かり……かり……


 何かをひっかくような音がどこからともなく聞こえてきたのは……


 なんだ、この音は?


 俺は怖気立ち、何も見まいとして、目をさらにきつく閉じた。


 もしかして、こんな現状が起こるから引っ越しが絶えないのか?


 この音がするから怖くなって引っ越してしまうのか?



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