第12話 たまの思考が読めない
珠貴よりもたまの方が気にかかるのは、何故なのか?
俺は肩に乗っかっているたまとにらめっこをするように向き合ってみた。
けれども、たまは俺になんて興味がないが如く、視線を逸らして目を合わせようともしない。
そうか。
動物とは目を合わせない方がいいと耳にした事がある。
確か敵対行為だと思われるのだとか。
つまり、たまには俺と敵対する意思がないといったところなのか?
なるほど、どうだとするのならば、俺も無理にたまと目を合わせない方がいいかもしれない。
顔をやや正面に向ける。
目の前には珠貴が立っていて、気もそぞろといった様子で俺とたまの事を見ている。
「たまが……何か?」
「……いや、そうじゃなくてだな……」
説明しようかと思ったが、どう説明すればいいのかが思いつかない。
目の前の少女よりも、肩に乗っている三毛猫の方に興味があるとはさすがに口が裂けても言えない。
それは俺に色々と尽くしてくれている珠貴に対して失礼というものだ。
「……にゃ?」
たまが顔の位置を動かしたのが、気配から伝わってきた。
俺の顔が見えるように動いたようだ。
たまは、俺とは敵対したくはないという意思表示なのだろうか?
少し腹を割って話し合わなければいけないのかもしれないな、たまとは。
猫語が話せないので、簡単なコミュニケーションを取るだけだが。
「たまは人見知りなのか?」
「そのはずですが……」
珠貴は、たまが俺に懐いている事に若干当惑気味のようだ。
珠貴の歯切れの悪さは、その当惑から来ているみたいだ。
やはりたまと二人っきり、いや、一人と一匹にならなければならないようだ。
話し合いが終わった後は、荷物を自分で出したりしないといけないからね。
女の子に見せられないようなものも俺の部屋にあったはずだし。
あれ?
ああいうのは、誰が荷積みしたんだ?
今はそのことは考えないでおこう。
「珠貴さん、今日は色々とありがとう。ちょっと疲れてきたから一人になりたいんだが……」
俺はたまと話し合いの席を持たなければならない。
「あ、す、すいませんでした。その辺りの気遣いができなくて、申し訳ありません」
珠貴が平謝りをしてきたので、俺は悪い事をしてしまったなと思った。
こんなに性格の良い子に謝らせてしまうだなんて。
「いや、本調子じゃない俺が悪いんだから頭を下げなくてもいい。俺が悪いんだから」
「いえ、ですが、私が……」
「全ては俺が悪い。だから、珠貴さんは謝る必要はないんだ。だから、頭を下げないで欲しい」
「は、はい!!」
珠貴が慌てて頭を上げて、取り繕うようにはにかんだような笑みを俺に向けてくる。
うん、それでいい。
俺の都合で珠貴が謝る事なんてあってはいけない事だ。
俺のせいで自分を責めたりはしては駄目なんだ。
「すまないな、俺の都合で。入院生活から解放されたからなのか、ちょっとまだ自分自身が掴めないんだ。ごめんな、珠貴さん」
「あ、いえ! では、ゆっくりと静養していてください。明日……そう、明日! お昼頃に差し入れにきますので、よろしくお願いします」
「え? あ、いいって。差し入れ……ふごっ!?」
突然、たまの猫パンチを頬に食らって、俺は言葉を言い切ることができなかった。
キッと猫パンチを繰り出したたまを見ると、ツンとした表情で俺と目を合わそうともしない。
何がしたいんだ、たまは。
でも、殴られた頬がほんわかする……。
これが愛の鞭という奴なのだろうか?
だとしたら、それはそれで嬉しいご褒美だ。
「だ、大丈夫ですか!?」
珠貴が近づこうとしているのに気づいて、俺は手を前に出して制した。
「猫のやった事だから問題ない」
俺は殴られるような事をしたのだろうか?
それとも、ただ単に親愛の情からの突っ込みだったのだろうか?
「で、ですが……」
珠貴は心配しているのがはっきりと分かる瞳で俺を見つめてくる。
俺はこの子にこんなにも心配されるような存在なのだろうか?
過労死寸前だった事や入院して弱り切っているところを目撃しているからこそ、俺の事をここまで気遣ってくれているのかもしれない。
だとしたら、俺は大丈夫だからと分かってもらう必要があるのかもしれない。
「安心してくれ、珠貴さん。俺はもう元気だからさ。珠貴さんに心配されるような健康状態じゃないんだ」
今さっき疲れたとか言ったのに白々しい。
「ですが、先ほど疲れたと……」
「あれは嘘だ。いや、言葉のあやだ。家具の配置とか、荷物を置く場所とか一人でじっくりと考えたいがための方便だったんだ。すまない」
「そうでしたか。そうですよね。私が見ない方がいい物があるとは聞いていますので、そういった配慮でしたか」
「あ……あああ、うん」
引っ越しをした業者の人かな、そんな事を言ったのは。
とはいえ、確かに高校生に見せられるようなものじゃないのは確かだ。
「配慮が足りませんでしたね、私とした事が……」
「俺と……ふぬっ……」
今度は猫パンチならぬ、肉球で頬をくにくにされて言葉を遮られた。
たまに抗議の視線を送るも、知らぬ存ぜぬと言った様子で他の方向を見ていて、苦情は受け付けませんといった態度を取っていた。
やはりたまとは対話をしなければならないようだ。
「三田さん、安心してくださいね。私は決して見てはいませんから。緊縛だとか、人妻だとかそういったタイトルの物があったのを見てはいませんから」
目元を若干赤らめながら珠貴が恥じらうように言う。
しっかりと見ているじゃないか。
見られているんだったら開き直るしかないか……。
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