第11話 珠貴よりも、たま
俺の肩がお気に入りの場所になったのか、たまはずっと俺の右肩に乗っている。
俺の肩を丁度良い止まり木か何かと勘違いしているかのようにのんびりとしていた。
胴体を肩に乗せた状態でだらんと手足を垂らして、本当にくつろいでいるのだ。
俺が下手に動き回ると、たまが落下しそうなので、俺は引っ越し作業などができなくて困り果てた。
「たまの事、無理矢理に下ろしてもいいのですよ」
珠貴が俺を気遣ってか、そう言ってくれていた。
けれども、作業ができなくて困っていた反面、たまが俺のすぐ傍にいてくれている事に安堵感を覚えていた。
こんなにもふさふさとした猫が俺に懐いてくれている事に得も言われぬ幸福感を何故かしら抱いていた。
ふさふさというか、もふもふというか、そんな存在が俺にとってなくてはならないものだという認識ができてしまっているかのように必要性を感じているのだ。
昔から猫は好きだったはずだ。
しかし、ここまでの感情を抱くほどの存在であったかというと疑問が残る。
「そういえば、あの時もたまは三田さんに寄り添っていたのですよ」
珠貴があの日を懐かしむような目をしてそう言った。
「あの日とは?」
「三田さんが私を助けたあの日です」
「ああ……」
あの日の事は今もよく思い出せない。
あの日、俺の意識は朦朧としていたし、記憶も断片的にしかなく、何があったのか人伝に聞いた程度しか把握していないのだ。
人伝と言っても、珠貴から聞いた話ばかりではあるが。
猫を救ったとは聞いた覚えがある。
その猫が、たまなのだろうか?
もしそうだとするのならば、俺に懐いている事に合点がいく。
俺を命の恩人だと認識して、恩返しをしようとしているとか?
猫が恩義を感じるという話をあまり聞いた事がないからその線はないかもしれない。
ならばどうして?
「不思議ですよね」
「何だが?」
「あの時も、たまは暴れなかったのですよ。三田さんに抱き留められたのに。いつものたまならば、どこの誰だか分からない人に触られようものならば大暴れするのですけど、あのときは暴れもせずにじっとしたのです。何故でしょうか?」
「その理由はたま本人に訊くしかあるまいて」
「たまは気分屋なので答えてくれるでしょうか?」
俺は肩に乗っかっているたまに視線を向けて、
「どうして俺なんだ?」
と、一応は訊ねてみる。
しかしながら、俺の言葉を理解してはくれていないだろう。
俺が猫語を話せるのならば、話は変わってくるのだろうけど、生憎猫語は話せない。
「みゃう」
たまは億劫そうに俺に顔を向けて、また円らな瞳で力なく見つめた後、そう一鳴きした。
これが答えなのだろうか?
やはり猫語が分からないので、理解のしようがなかった。
「分からんな」
「でしょうね」
やれやれといった顔をすると、珠貴が苦笑いを見せた。
「猫は気まぐれなものだ。させたいようにさせておくか。今日は別段やる事があるワケでもないしな」
「いいのですか?」
「ああ。珠貴さんもありがとうな、今日は」
すると、
「みゃ~」
珠貴という名前の反応でもしたのか、肩の上のたまが反応を示した。
「あら? ふふふっ」
珠貴が口元を手で隠しながら微笑んだ。
微笑ましいと言えば微笑ましい反応だ。
珠貴がじゃなくて、もちろんたまが、だ。
今どんな表情をしているのだろうかと思って横に視線を流すと、呑気にも大きな口を開けてあくびをしているところだった。
たまは、くつろいでいるのだろうか?
それとも、俺の体温が丁度良いので乗っかっているだけなのだろうか?
「たま、お前は何を考えているんだ?」
そう訊ねてみるも、
「にゃ?」
開けていた口を閉じて、小首を傾げてみせた。
俺が猫語を分からないように、たまも人間の言葉が分からないようだ。
珠貴なんかよりもコミュニケーションを取りたいと思える存在だし、円滑にコミュニケーションを取れないものか。
あれ?
珠貴よりも、たまのことを気にかけようとしているのか、俺は?
何故?
どうして?
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