第10話 この出会いに感謝を



 誤解を解くべきか……


 そう思っていたところ、俺の肩に何やらもこもことしたものが上がってきて、ちょこんと座り込んだような形になっているのが視界の片隅に見えた。


 座っているというよりも、肩にしがみついているといった姿勢ではないだろうか。


 俺の肩にいるのは、三毛猫のたまなのはもう確定している。


 何故俺の肩に?


 そう思いながら顔を動かすと、さらさらとした毛並みが俺の頬に振れた。


 瞬間、俺の全身を幸福感が何故かしら駆け巡る。


 もう少し……もう少し……このさらさら感を味わいたいから珠貴に誤解されたままでいい。


 こんな小娘に時間を割く必要などない。


 頬を撫でるように当たると、全身から力が抜けてしまいそうなほどの愉悦がもたらされる。


 どうして猫の毛はここまでの破壊力があるんだろう?


 この触感、いつまでも堪能していたい……。


「……鼻の下がのびていますよ」


 珠貴が顔を紅潮させたまま、そんな事をぼそりと呟くように口にした。


 俺と目を合わせられないのか、そっぽを向いていて、何を考えているのかがいまいちよく判断できない。


「え? 鼻の下?」


 そういう表現をされるっていう事は、デレデレしているという事なのか?


 それとも顔の表情筋が緩んでいて、だらしない顔をしているとでもいうのか?


 下手をしたら、またアヘ顔にでもなっていて、見苦しい顔になっていたのかもしれない。


 顔の横にふさふさがあるので、表情が締まらないような気もするが、一応は気持ちの持ちようだと思って目元と口元をキリッとさせた。


 珠貴にどう思われてもいいのだが、不審者と思われるとこの部屋に住めなくなる可能性さえ出てくるのだ。


 今はそれだけは回避しないと。


「失礼な物を見せてしまい、申し訳ありませんでした……」


「ん? あ、ああ」


 失礼な物とは、なんだろう?


 パンツの事なのだろうか?


 いやいや、人によってはご褒美と感じるだろうからパンツではないだろう。


 よく分からないし、深くは考えない事にしよう。


「三田さんは、たまにとても懐かれていますね」


「たまに?」


 言葉の意味を理解する事ができなかった。


 たまにとても懐かれる、とは?


 何にたまに懐かれているのだろう?


「三毛猫のたまです。私にはあまり懐いていないたまが三田さんには懐いています。とても不思議です」


「ああ、たま、ね」


 案の定『たま』という名前はとてもややこしい。


 イントネーション次第では、理解に苦しむ。


 ちゃんと聞き分けられるようにならないとこの先色々と厳しそうだ。


「どうしてでしょうね?」


 珠貴にそう言われても俺には猫の心が読めないので答えようがない。


 しかしながら、このさふさふさの生き物に好かれているのは救いにはなりそうだ。


 たまが傍にいるだけでなんとなくではあるが、心が安らぐように思える。


 ここ数週間、どうしようもない事ばかり起きていたけれども、たまとの出会いが俺の救いになるように思えた。


 この出会いに感謝しないと。


 それと、たまとの出会いのきっかけを作ってくれた珠貴にも感謝しておかないと。


「珠貴さん、色々とありがとう。こんな駄目な男のために」


 感謝しなければ、と思った矢先、俺はそんな言葉をさらりと口にしていた。


「あ、いえ?! こ、こちらこそ……あのままトラックに轢かれていたら、三田さんとこうしてお話さえできてはいなかったと思いますので、こちらこそ、ありがとうございます、と言いたいです」


 珠貴は背筋を伸ばして姿勢を正して正面を向いた。


 その顔どころか耳まで真っ赤にさせて、


「三田さん、ありがとうございました」


 と、深々と頭を下げた。


「いえいえ、俺こそ、ありがとうございますって言わないと」


 珠貴に倣うように俺も頭を深々と下げようとすると、


「みゃう」


 肩に乗っかっているたまが俺の頭にぺたんと手と思しきものをぽんと置いた。


 そうか、もっと頭を下げろということか。


 俺はたまに導かれるようにして、手の重みに従うように頭を下げた。


 感謝しろという事か。


 この出会いに。


 そういう事だよな、たま?



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