第8話 珠貴とたま
三毛猫が俺の視線を察知したのか、きりっと俺の方に顔を向けるなり、不遜そうな目で俺の事を睨め付けてくる。
俺は吸い込まれるようにその三毛猫の目に魅入った。
野性味が薄れている、飼い猫の穏やかな瞳であった。
俺が見つめても、それを敵対行為だとは見なさずに親愛の情か何かと思っているようで、目を反らそうともせずに円らな瞳を向けてくる。
「ん……んっ……」
その三毛猫が踏んづけている千手院珠貴がようやく身じろぎをした。
そんな珠貴の動きを察してか、三毛猫は珠貴の頭をふにっと一回踏みつけるなり、ぴょんと床に降りた。
「……た~ま~」
珠貴が地獄の底から声を出したかのような低く怒気の籠もった声を絞り出した。
「にゃ?」
三毛猫は珠貴に一瞥をくれた後、何か言った? とでも言いたげにちらりと顔を向けたけど、すぐに興味を失ったようでそっぽを向いてしまった。
両手で身体を支えるようにして珠貴が上半身を起こした。
そんな珠貴に関心など抱いていないように三毛猫は俺の前まで来ると、俺の顔を見上げて、
「みぁお」
俺のご機嫌でも伺うかのような鳴き声を上げてから、その身体を俺の足に何度も何度も擦り付けてくる。
「なんだ? どうした?」
三毛猫の行動に戸惑いながらも、俺の胸が高鳴っていた。
まるでジェットコースターに乗っているかのような興奮が身体の奥から湧き上がってくる。
俺はどうしちまったんだ?
なんでこんな高揚感に打ち震えているんだ?
「たま!!」
珠貴が白い下着を見せている事など頓着している様子を見せずに、顔だけを三毛猫に向けた。
その眼光は鋭く、足蹴にされた復讐に燃えているかのようであった。
「たま? 珠貴は自分の事をたまって呼んでいるのか?」
とてつもない違和感があるが、俺はとりあえず質問してみた。
「珠貴は珠貴です。たまはたまです」
「?」
珠貴とたま。
何が違うんだろうか?
あざなと本名の違いなのだろうか?
「私は千手院珠貴です。そこにいる三毛猫が『たま』です」
「ああ、そういう事なのか」
しかし、珍妙である。
珠貴という娘がいるのに、飼い猫に『たま』と名付ける家庭があるのだろうか。
混同してしまいそうだし、どちらかを呼んだら双方返事をしそうなものである。
もしかしてそれを狙ったのだとしたら、相当な偏屈な家庭ということになる。
「おかしいですよね、珠貴がいるのに、たまって猫に名付けるのは」
「まあ、確かにおかしい。猫のたまを呼んだら、珠貴が来そうだし」
「祖父の飼い猫なのですが、たまに勘違いしてしまいますね」
珠貴は苦笑して見せた。
たまだけに『たまに』なのか?
ダジャレなのだろうか?
それとも、本当にたまたまダジャレになってしまったのだろうか。
そんな事をとりとめもなく考えながら、俺はたまがどこに行ったのかと視線を彷徨わせる。
どこにもいない。
そんなはずはない。
どこかにはいるはずだ。
「うお?!」
そう思って再びたまを探そうとした矢先、何かが俺の肩に乗ってきた。
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