第6話 新居




 なんで、俺がアヘ顔を?!


 一般人が、ささいな日常の場面中に、アヘ顔なんてしていちゃいけない。


 元の普通の顔にもどさないと、もどさないと……。


 しかし、どうやって?


「も、もしかして、痛みがまだあるのですか?!」


 千手院珠貴が俺に配慮してか、肩に右手を添えて、支えようとする。


 途中まで開けていたドアが自然と閉まり、ドアにかかっていた鏡がなくなった事で、今俺がどんな顔をしているのかが分からなくなった。


「……し、心配しなくてもいい。大丈夫だから」


「本当ですか? 失神一歩手前みたいな顔をしていたものですから……」


 口元に笑みを無理矢理刻み込みながら受け答えをする。


 今も俺はアヘ顔をしているのだろうか?


 何故あんな顔になっていたのか、俺自身理解が追いついていない。


 何か要因があると思うのだが……。


「部屋に上がって休んだ方がいいかもしれません」


 珠貴の右手をのけようかと思うも、悪い気がしてしまってやれなかった。


 珠貴はそんな俺の心情など想像する余地もなく、左手を伸ばして、ドアを再び開ける。


 ドアにかかっている鏡がまた俺に向けられる。


 アヘ顔というよりも苦しいけど笑顔になろうとして努力しているおっさんの顔がそこには写っている。


 これならば、事案になる可能性が限りなくゼロに近い顔だ。


「入りましょう」


 俺が鏡と向き合っているなど気づかずに、珠貴が右手で入るように促してくる。


「あ、ああ……」


 俺は珠貴に付き添われるようにして部屋に入る。


 その際、もう一度鏡で顔を確認する。


 うん、怪しい顔をしている。


 しかし、犯罪者の顔ではない。


 珠貴の身体の先には、これから俺がお世話になる部屋が広がっていた。


 内装も外装と同様に改装されているらしく、白くて真新しい壁紙、貼り替えされた様相のフローリングの床が広がっていた。


 そんな中に見覚えのある家具と、引っ越し屋の段ボールが十箱以上積まれている。


 珠貴が手配して、社宅から運んできた俺の荷物だ。


 この件に関しても、珠貴には頭が上がらないし、感謝の言葉をいくら並べても足りないほどだ。


「ここが三田さんの新居ですよ」


 珠貴が用意してくれたとはいえ、ここが俺の新居だ。


 建物そのものは古い。


 けれども、内装も外装も改装したばかりで、汚い社宅に住んでいた俺にとっては贅沢すぎる新居だ。


 どんないわくがあるのかは知らない。


 しかし、そんないわくなど気にせずに長い期間住めたらいい。


 想像していた以上の部屋であったので、素直にそう感じてしまった。



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