幽霊と話をした話

岩田八千代

第1話



 亡くなった大学の同級生のお墓参りがてら北海道に来た時の話だ。

 その同級生の美緒とは仲が良かったし、一度くらいは彼女の実家のお墓を訪ねようと思って北海道まで来たのだった。

 季節は秋。私はお墓参りしたあと、町はずれのホテルに泊まり、翌日羽田へ帰る予定だった。


 ホテルは古く、フロントにはお婆さんが一人いるだけの小さな建物だった。壁の古さといいかなり年季が入っている。

 奇跡的に動くエレベーターを乗って三階まで来て、部屋につき、荷物を降ろしているとチャイムが鳴った。

 フロントのお婆さんだろうか? ドアの穴から覗いてみるとバスローブ一枚しか羽織っていない女性が立っていた。私は驚いた。

 ドアを少し開けると、女性が、

「隣の部屋のものだけど」

「どうしました?」

「締め出されちゃって。良かったら入れてくれない?」

 女性の髪は濡れているし、その薄着なのが気の毒になって私は思わず彼女を部屋に入れてしまった。警戒心が足りないと言えばそれまでだが、彼女の悲しそうな目を見ていたら放置するのはなんだか可哀想になったのだ。

「座ってもいい?」

「どうぞ」

 ベッドに腰かける。

「ドライヤー使います?」

「ありがとう、後で使わせてもらう」

「ホテルの備品ですけどね」

 部屋に沈黙が満ちるのが嫌で私は話しかける。

「どうしてこんなことになったのですか?」

 知らない人なので敬語で話す。

「一緒にいた男と喧嘩になっちゃって。締め出されちゃった」

「そうですか」

 会話は終了してしまった。

「あなたは? こんな田舎に来たのは旅行?」

 彼女が気を利かせて話しかけてきた。

「友達の墓参りです」

「あなたまだ若いからお友達も若いんじゃない?」

「はい、同級生なので」

「若い人の死って遣る瀬無くなるよね」

 バスローブの彼女は天井を見上げて長い髪を垂らした。見た目は私より年上だと思うが仕草が子供っぽくてそのギャップが可愛らしいのかもしれない。私は得体の知れないこの女性のことが可愛いと思い始めていた。

「ドライヤー使ってください。風邪ひきますよ」

「ありがと」

 立ち上がって彼女がバスルームへ入る。その時に彼女は下着をつけていなくて陰毛がちらと見えたときに妙にどきりとした。

 開け放たれたバスルームからドライヤーの音が響き渡る。

「フロントに行って、部屋を開けてもらうようにお願いしてきますね」

「いいの? お願い」

 私がキーを持って部屋を出た。


 フロントのお婆さんに事情を話すと変な顔をされてこう言われた。

「今日はあなたしかお客さんはいないよ」

 私は顔が青くなった。

「ああ、出たんだねえ」

『出た』という言葉に幽霊だったんだと知った。

「あの、このホテル出るんですか?」

「あんまり他の人には言わないでほしいんだけど、ここで自殺を図った女の人が昔にいてね」

「ひゃああああ」

「不倫の末に捨てられて亡くなったらしいの」

 私は、幽霊の彼女が『若い人の死は遣る瀬無くなる』と言っていたことを思い出していた。彼女はどんな気持ちでそんなことを言ったのだろうか。亡くなっている自覚はあったのだろうか、なかったのだろうか。自覚があってもなくても悲しいことには変わりがなかった。


 その日、私は部屋を変えてもらって、震えながら眠った。部屋に戻った時にはバスローブの彼女はいなかった。ドライヤーだけがコンセントに繋がったままだったので確かに彼女はいたのだ。

 私は怖かったけれど、名前も知らない彼女ともっと話がしたかったと思った。幽霊の彼女には妙な魅力があった。濡れ髪の所為だけではない。悲しそうな大きな瞳はまるで生きている人みたいに濡れていた。

 同級生の幽霊ではなく知らない人の幽霊に出会った、そんな旅行だった。


おしまい

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幽霊と話をした話 岩田八千代 @ulalume3939

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