第28-3話(最終話) special choice 『何もしない』

 僕は何も出来なかった。いや、しなかった。


『……? 何をしてるんだ……早く決めない……と』


 僕はナイフをその場に落とす。ナイフがキンと高い金属音を響かせる。その音が静まる頃、僕は鏡の僕の身体を包み込んでいた。


『な、何を……』

「出来ないよ。 だって現実の僕も鏡の僕も僕自身で……僕はどっちも否定したくないんだ』

『……馬鹿だな。 このまま消えてもいいのか? 存在すらなくなって永遠にただ苦しむだけになってもいいのか?』

「僕はずっと誰も受け入れなかった。 それは僕が僕自身を認めていなかったからだ。 でもこの世界を通して僕は僕を好きにならなきゃいけないって気付いたんだ。 だから、僕はどっちの僕も否定しない。 どうせ死ぬなら、せめて自分を愛したまま消えた方がマシだってそう感じたんだ」

『……ふふ、今まで周りの奴らは馬鹿ばっかりだと思ってたけど……本当に馬鹿だったのは僕だったみたいだな』


 鏡の僕が呆れたような泣きそうななんとも言えない表情で微笑んだ。そしてそっと僕を抱きしめ返した。先程までひんやりと冷たかったその身体がほのかに熱を帯びた気がした。鏡の僕がそっと僕の胸を押し返す。


『分かった。 僕の負けだよ。 僕って人間はこんなに我儘な奴だったんだな。 ……ここを通れよ。 これでお前は解放される』


 鏡の僕がやれやれと肩をすくめつつ、すっと一歩だけ端に寄った。鏡の中は今までに何度か目にした事のある黒と白のチェックのタイルの道が奥へ続いており、周りは真っ暗な中に微かに白いもやが渦巻いている。僕は鏡の僕にちらりと目をやる。


『心配するな。 今度こそこの世界の出口だよ。 言っておくけど最後までお前の面倒をみるつもりはないからな。 ……じゃあな』


 一瞬鏡が反射するかのように光ると鏡の僕は姿を消していた。僕は再び鏡の奥を見つめぐっと拳を握ると鏡の中へ足を踏み入れた。鏡の中は静かで足音さえ響いてこない。その現実味の無さに前へ進んでるかすら分からなかったがとにかく歩を進める。しばらくすると両手いっぱい広げたくらいの穴が目の前に現れた。穴を覗き込むと微かにぬるい風が頬を撫でていった。


「……よし」


 僕は思い切ってその穴に飛び込んだ。不思議と怖くはなかった。次第に暗闇の中からカチカチという時計の音が大きくなっていく。そして視界に映る景色も歪み出した。


『またね、アリス』


そんな誰かの声が聞こえた瞬間、僕の意識は闇に溶けるように薄らいでいった。


____


「……ん」


 紅い日の光を瞼に感じ、ゆっくり目を開け周囲を見渡す。見慣れた景色だ。どうやら学校の屋上の飛び降りをしたあの時間に戻ってきているようだ。


「戻った……のか?」


 僕は少しづつ沈む夕日を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。


「帰るか」


 あの世界での出来事はただの夢だったのだろうか。もしくは幻覚を見ていたのかもしれない。それでも僕は……


「あ、鞄取りに行かなきゃ」


 死ぬつもりでいたから鞄を教室に置いてきてしまっていた。きっとまたろくでもない細工をされている気もしなくもないが。僕は自分の教室に向かった。廊下に僕の足音が響き渡る。


「誰もすれ違わない……変だな」


 まだ部活の人や先生が残っているはずなのに学校の中は不気味な程静かだ。窓の外には運動部らしき人が何人か見えていたが、まるで世界が遮断されているかのように思えた。そうこうしているうちに、教室の前についた。僕は教室のドアをいつものように開け中へ入った。


「えっと……ん? なんだ?」


 僕は床に赤い何かが飛び散っているのに気付いた。鉄の生臭い匂いが教室中に漂っている。目の前に何かがある、そう予感しているのにすぐに顔を上げられない。じっとりとした冷や汗が溢れて自分の心臓が今までにないくらいドクンドクンと脈打っているのを感じた。それでも好奇心を抑えられず血の根元を目で追っていく。紅い日の光が教室の中に差し込み、それを真っ赤に染め上げていた。いや、真っ赤なのは血だった。見慣れた顔と目が合った瞬間息が止まった。


「み……むら……」


 いつも僕を見下していたあのムカつく顔が虚な目で僕を見つめていた。その隣には取り巻きのあの3人もいた。しかし、4人とも身体がない。血に塗れた4つの生首が教壇の上に丁寧に並べられていたのだ。そして後ろの黒板には『Welcome to Wonderland』と大きく血で描かれていた。


「は……はは、あはっあはははは」


 鏡の世界は本当に存在した。恐怖よりもどうしてかその事実に胸が高鳴り、気付けば笑いが込み上げていた。紅い血溜まりの中で僕はしばらく笑ったまま立ち尽くしていた。


____


『それでは、次のニュースです。 ××市の○○中学校にて4人の男子生徒が遺体で発見されました。 遺体の発見現場は教室で頭部のみが教壇に残されていたとの事です。 そして同時刻、クラスメイトだった男子生徒1人も行方不明になっており、4人の男子生徒らとなんらかの関連性があるとみて警察は調査を進めています』


True end. 『ようこそ アリス』

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銀のナイフとアリスの鍵 seras @pippisousaku

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