第28-2話(最終話)『鏡の自分を殺す』
自殺を決意したあの日、飛び降りた瞬間僕の心は完全に死んでいた。だから何も怖くは無かった。あれは間違いなく自分の意志だったけれど、まるで他人事のような感覚だった。だから、あの時の僕なら簡単に自分を殺せたはずだった。
けれど今、僕のナイフの切っ先は鏡の中の僕へ向いていた。
『……それでいいんだな? こうする事を選ぶ意味、分かっているのか?』
「……勿論。 全く我ながら馬鹿だなと思うよ。 もし自分が変わろうとした所で周りを変える事は出来ないって分かっているのにさ……でも、僕はそれでももう少し抗ってみたいって思ったんだ」
言い終えると同時に、僕は想いの限り鏡にナイフを振り下ろす。ナイフの切っ先が鏡に当たった瞬間、まるで波紋のようにヒビが拡がっていきパァンと高い音と共に鏡は砕け散った。砕け散る瞬間鏡の中の僕が微かに笑っていたような気がした。すぐに眩い白い光に視界が塞がれる。そして僕の意識は徐々に遠のいていった。
____
気がつくと僕は病院のベッドで寝ていた。目を覚ました時、母が驚いて目を見開いた後安堵の表情で僕の顔を覗き込んできた。
「語……! 良かった……! 生きててくれて……!」
よく見ると母の目は赤く充血していた。もしかして、泣いていたのか。呆然と母の顔を見ていた僕を母が力強く抱き締めてきた。僕は一体何年ぶりに母のこの温もりを感じたのだろうか。そんな事を考えた途端に僕の頬に生暖かい涙を伝った。僕は……ちゃんと愛されていたのか。この時僕の世界はさっきよりも明るく暖かく見えた。
それから僕は母に自殺しようとした理由を問い詰められ、今まであった事を吐き出した。すると、母は再び僕を抱きしめ何度も「ごめんね」と囁いた。そして気付いた、母が話をきいてくれなかったのではなく僕が助けを求めようとしなかったのだと。忙しく、父と毎日喧嘩してすっかり参っていた母に僕は遠慮してしまっていた。母は僕に転校するかと提案してくれたが、僕はそれを断った。これ以上母に無理をさせたくはなかったし、自分で乗り越えたかったからだ。不安げに見つめてくる母に優しく微笑む。
「大丈夫だよ、母さん。 僕はちゃんと抗うよ。 それに母さんが味方してくれてるだけで充分だから」
僕はあの不思議な世界に行く直前の飛び降りした後に戻ってきたようだ。真下の植木がクッションとなり落ちたおかげで致命傷を免れたらしい。かすり傷はあったものの奇跡的に大きな怪我も骨折もなかった僕は一週間程で退院した。そして再び学校へと登校する事となった。教室に入ると案の定お喋りしていたクラスメイトが一斉にこちらを向き、教室はしんと静まり返った。まぁそりゃ屋上から落ちるなんて自殺未遂以外有り得ないだろうし噂になるのは当然だろう。僕は覚悟を決めて自分の席に目をやる。すると机の上には予想通り花が入った花瓶が供えられ、様々な酷い落書きがされていた。在り来りないじめだなと心の中で呟きながら僕は自分の席まで足を進める。
「うわぁなんか俺、幻覚でも見てんのかなぁ? 死んだはずの有栖川の幽霊が見えるんだけど〜! こえぇ〜!」
三村が僕にわざと聞こえるような声を上げる。三村と取り巻き達が面白おかしそうに怖がる仕草をする。僕は花瓶を持ち上げ、三村達に近づく。そして思いっきり三村の顔に花と水をぶち撒けた。
「花ありがとうな……お返しさせて貰うよ」
三村は間抜け顔で固まっていた。しばらくしてからかぁっと真っ赤な顔をして震えた。
「てめぇ!!」
三村が拳を振り翳し襲い掛かってくる。その瞬間、バチンッと大きな音がなった。倒れたのは僕ではなく、三村だ。
「うぐっ……な……なんだ……?」
「み、三村……?!」
僕の手にはスタンガンが握られていた。
「スタンガンだよ。 大丈夫、害はない程度の威力だし。 僕だって抵抗させてもらうから……ある程度は我慢するけど、やられたらやり返すし最悪道連れに殺してやる」
僕の本気を感じ取ってなのか三村達は僕を見つめたまま呆然としていた。正直、最高にスッキリした。今までこんな風にやり返した事は無かったから。多分これで落ち着く、なんて都合のいい事は起こらないだろう。もっと酷い目に合わせられるかもしれない。でも、僕はもうやられっぱなしになんてなりたくないんだ。
その日、三村達がちょっかいをかけてくる事はなかった。放課後僕は屋上へ行こうと向かったが、既に鍵がかけられていて入る事は出来なかった。僕はしばらく屋上への扉を見つめていたが、くるりと背を向け階段を降りていく。
あの鏡の世界での事は長い夢だったのかもしれない。けれども、あの時の出来事は僕にとって忘れられない大切な記憶になった。宇佐美先輩……あなたが生きたかったこの世界を僕は精一杯生きてみます。だから、もし次に出会える事があったら今度は笑顔で話せますように……
Normal end.2 未来へ
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