最終章『終幕』第27話
僕は奥へ迷いなく真っ直ぐ進んだ。もう声は聞こえない。だけど、感じている。この先に僕の求める未来があるのだと。
「……あった」
赤銅色の仰々しい枠のついた鏡。それは現実世界へ戻された時の鏡より一回り程小さかった。しかしひとつだけおかしいのは鏡の中には何も映り込んでいないのだ。鏡の中はただただ暗い闇が広がっていた。僕は鏡にそっと触れてみた。
「契りの鏡って……これ、だよな」
鏡をよく観察するが何も映らない以外特に仕掛けもなさそうに見える。
「これに鍵を使うはずなんだけど……」
ズボンに着けていたチェーンから鍵を取り外して鏡に近づけてみる。すると突然鍵がぼんやり光を放ち、鏡に吸い込まれるように消えた。
「え……き、消えた?」
吸い込まれた辺りを見詰めていると、いきなりぬっと鏡の中から手が出て来て僕を引きずり込んだ。流石にもう何度も引きずり込まれていたのでそこまで驚かなかったが。
「んっ……暗くて何も見えないな」
闇の中目を凝らそうとしていると、鋭く眩い光が頭上から差してきて一瞬目を塞いだ。と同時にガンガンッと劈くような重いガベルの音が響いてきた。
「これより裁判を始める!」
「なんだ……裁判?」
僕は証言台のような場所に立っていた。目の前には女王アナベルとトランプの兵達、それから周りを見渡すと見知った面々が勢揃いしていた。
「これはどういう事なんだ……?」
「アリス……いえ、有栖川語、貴方を処刑します」
「しょ、処刑……?!」
一体なんだというのだ。突然の事に理解が追い付かなくて暫く呆然としてしまう。
「では処刑を行います」
「ま、待てよ! これはなんの裁判なんだ?! 僕はなんの罪に問われてるんだ?! それにおかしいだろ! 判決は?!」
僕は取り抑えようと近付いてきたトランプ兵達の手を振り払った。
「判決は後よ」
「はぁ……?」
そんなの理不尽過ぎる。助けを求めるようにノストラダムスをちらりと見やった。ノストラダムスは僕の視線に気付いたか否かその長い腕を真っ直ぐに上げる。
「女王様、被告人にはしっかりと自覚してもらわなければなりません。 その為にも被告人に罪状を説明した方がよろしいのでは?」
女王は眉を潜め少し考えるような仕草をした後、短く溜息を吐く。
「……確かにそうね。 いいわ、教えてあげる」
女王の突き刺さるような鋭い視線が僕に注がれる。
「貴方にはアリス殺害容疑がかかっているわ」
「アリス殺害……?」
どういう事だ?アリスというと僕の事だと思っていたが……それとも僕じゃない誰かの事か?
「なんの事だ! 僕は人を殺した事なんか一度もないぞ」
「お黙りなさい! 嘘を吐いても無駄よ!」
あちこちから色々な罵声が飛び交う。お前らだって僕を殺そうとしてだだろ、という突っ込みをしたいのは置いておいてこれは結構まずい状況なのではないだろうか。
「キシシ……! 楽しそうですネ〜」
「チェシャ猫?!」
いつの間にかチェシャ猫が僕の頭の上に座っていつもの胡散臭い笑みを浮かべていた。
「あんたは誰なのですシ? どちらが本当のあんたなのかそしてどうしたいのか……答えはあんただけが知っている」
「僕は……」
「首をはねてしまいなさい!」
女王の一言に気圧され一歩後退する。
「カタル、走れ! 探すんだ!」
ノストラダムスの声に背中を押されるように半ば無意識に僕はその場から逃げ出した。何を探せばいいのか分からない。この暗闇の中僕はただ駆けていく。背後からは女王の金切り声とトランプ兵達のばらついた足音が響いてくる。しかし僕は後ろを振り返る事なく走った。全くこの世界に来てからというものの本当に走ってばかりだな、なんて皮肉めいた言葉が頭の隅を過ぎった。
どのくらい走ったのだろうか。無我夢中で走って気付けば暗闇の中にぼんやりと光る見覚えのある鏡を見付けた。
「契りの鏡……」
契りの鏡の中に入ったはずが何故また契りの鏡があるのだろう。しかしそんな疑問はすぐに別の問題へとすり替わってしまった。
「僕がいる……?!」
鏡に映っていたのは自分。当たり前なのだが、その姿が違っていた。今の自分の現実の姿ではなく、鏡の世界での姿がそこにいたのだ。鏡の僕は物憂げにじっと僕を見詰めている。
『やぁ。 僕……』
「?!」
『どうした? もう慣れてるだろ、こういうのは』
「……お前、誰だ」
『僕はお前だよ。 はは、随分と疲れた顔だな』
鏡の僕が皮肉っぽい笑みと視線を投げてくる。
「なんで僕は僕と話してるんだ」
『もう分かってるんだろ? 僕は2人も存在出来ない、してはいけない……この意味、分かるよな?』
「……」
『僕の存在は鏡の世界ではイレギュラーなんだ。 いわば、バグのようなもんさ。 本来ならいてはいけない存在……それもお前がまだ生きているから』
「どうすればいい……?」
『……もう答えは決まっているだろ?』
ベルトに無造作に差し込んでいたはずのナイフが僕の手に握られていた。その手はじっとりと汗ばみ小刻みに震えている。思い返せばこの狂った鏡の世界は思考を麻痺させていた僕に時間と自分を見つめ直す機会を与えてくれていた。そして、死への恐怖と同時に生きている事に対する安堵をひしひしと感じさせられた。結果的に僕がこの世界に来た事は自分にとって良かったのかもしれない。僕はこの世界に感謝をしていた。だからこそ、もうやるべき事はとっくに分かっていたはずだった。
さぁ、選択の時だ。
choice
『鏡の自分を殺す』→ep.28-1
『現実の自分を殺す』→ep.28-2
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