第24話
学校中を探し回ったが宇佐美先輩はなかなか見つからなかった。
「演劇部の部室にもいなかった……一体どこに」
もしかして避けられてるのか、なんて考えていると手に違和感を感じた。指が、透けてる……
「……ッ?!」
僕の身体が消えかけている。もし消えたら魂は彷徨い一生苦しむ……苦しいのはもちろん嫌だ。でも僕は何故か『消える事』を恐ろしく感じていた。僕はその場で蹲って消えかけている手をぎゅっと握った。
「……あ」
前にも同じような事があったような気が……そうだ。
『怖いでしょ』
顔を覗き込んでくる宇佐美先輩の記憶。初めてあの人に会った場所。
「屋上だ」
僕はすぐに屋上へと向かった。僕が最後に飛び降りたあの屋上へ。屋上の扉を開けると見知った後ろ姿があった。
「懐かしいよね〜! 君と初めて会ったのはたったの1週間前だっていうのにもう随分と長く付き合ってた気分だよ」
風で白いリボンと制服のスカートがふわりと揺れる。宇佐美先輩がゆっくりと振り返り僕を真っ直ぐ見据えた。
「……宇佐美先輩。 あなたはこの世界の人間じゃ無かったんですね。 僕に何をして欲しいんですか」
「まぁまぁそう急かさないの! ちょっとお話に付き合っておくれよ!」
宇佐美先輩が無邪気な笑顔を作る。そしてふぅと一つ大きく息を吐いた。
「……語君はさ、まだ死にたいと思ってるのかな」
「……そりゃあ」
「そかそか」
「初めて会った時もあなたはそうやって止めようとする言葉はかけなかったですよね……どうして」
宇佐美先輩に初めて会った時、僕は死のうとしていた所だった。でも何故かその時一瞬だけ恐怖を感じてしまったんだ。だからあと一歩というその場所で蹲っていた。その時彼女に話しかけられた。微笑んでいるような悲しんでいるような怒っているような、そんな瞳で僕を覗き込んできた。その時の彼女はまるで僕という人間を見定めるかのように僕を見詰めていた。
「怖いでしょ? 落ちたら凄く痛いよ」
「誰……?」
「私は宇佐美詩愛! あなたは?」
「……有栖川語」
「語君、ここにいたら危ないよ」
僕は彼女に促され柵の内側へと戻った。そして彼女は満面の笑みを僕に向けてきた。
「あなたの声気に入っちゃった! 演劇部、興味ない?」
「……は?」
そんな事があり、それから毎日彼女は僕に会いに来ていた。まるで僕が自殺するのを阻止しようとするかのように。
「もしかして僕が死のうとしてたのを止めようと……?」
「たはー……君は私に似てるのさ」
宇佐美先輩は苦笑いを浮かべる。
「私もね、いじめられてたの」
「先輩が……?」
「そう。 きっかけはとても些細な事。 私がいじめられてた子を庇ったから。 それだけだった」
宇佐美先輩は僕からくるりと背を向けた。そして両手を後ろに組み指を絡める。
「あの頃は本当に辛かったし悲しかったなぁ……でも私には演劇があったから。 演劇だけが私の支えで生きがいだった。 だから負けるかって気持ちでいたの。 ……だけど私が気にしない振りを続ければ続ける程それは酷くなっていった。 理不尽よね、結局いじめられる側はどんな反応をしようといじめが止む事は無いんだから。 そしたら遂には私は声を出せなくなってしまったの……ストレスからくるものだった」
宇佐美先輩の声色が少しづつ変わる。僕はただ黙って先輩の話を聞き続けた。
「私は支えだった演劇が出来なくなった。 しかも追い討ちをかけられる事が起こった……ある時偶然聞いてしまったの。 演劇部の皆が私の悪口を言っていた。 『あの子がいなければ部を馬鹿にされる事がなくなる』『ずっと戻って来なければいいのに』だって」
「そ……そんな」
何も言えなかった。彼女にそんな過去があったなんて。彼女の普段の様子からは一切感じられなかったから。
「部にも私の居場所はなかったんだ。 誰も、私を必要とはしてなかった」
「親は……家族には言わなかったんですか」
「そんなの出来なかった。 だってうちは片親でお母さんは精神病を患ってしまっていたから。 お母さんはもう私を気遣う余裕なんてない程に弱ってたの。 だからね……」
ぼたぼたと彼女の足元に赤色が広がる。目線を上げて彼女の顔を見た。そこには真っ赤な血に濡れて笑う宇佐美先輩の顔があった。彼女の目は笑ってはいなかった。その目は酷く澱んでいてこちらを見ているようでどこか別の場所を見ていた。
「飛び降りたの……ここから」
「……ッ」
強張る僕の顔を見た宇佐美先輩が自分の血に気付いて苦笑いをする。
「あっごめんごめん! びっくりしちゃったよね!」
ぱっと血が消えていつもの宇佐美先輩になる。さっきの血は飛び降りた時の……
「……生きる希望をすっかりなくしてしまった私は自殺をした。 その後あの世界へ行ったの……鏡の中の世界へ」
宇佐美先輩が再びその姿を変える。まるで水彩絵の具が紙に滲んで広がっていくように。髪は真っ白に変わっていき、その瞳はさっき見た血の色のように赤く変わっていった。服もセーラー服から英国少年のような白のブラウス黒のサスペンダー付きショートパンツスタイルになり、肩から鞄程大きな懐中時計を下げていた。頭のリボンは兎の耳へ、お尻にはちょこんとふわふわの尻尾がついている。
「そして私は白ウサギとして……鏡の世界の住人に選ばれたの」
「白ウサギ……」
「私があなたに声をかけたのは死ぬのを止めようとした訳じゃない。 ただ……私と似ていたから」
「僕が似てる……?」
「君の目、だよ。 死にながらに誰かに救いを求めているその目……」
白ウサギが僕の目を覗き込みにこっと笑う。
「それと、やっぱり私は素直に君の声に惹かれた。 元演劇部として、ね?」
「死ぬのを止めたいんじゃないなら本当は何の目的が?」
「そうだね……私は君の選ぶ道を見てみたかったんだ。 君の選択の手助けだよ。 ここに君を呼び戻したのは考える時間を作ってあげたかったのさ」
白ウサギが先程の笑顔とは違う意味深な笑みを僕に向ける。
「そろそろ時間だ……アリス、私についてきて。 途中まで送ってあげる」
「いきなりだな……っておい!」
突然白ウサギがどこかへ駆けていく。僕はそれを追いかけていった。
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