第18話
とにかくまずは女王やトランプ兵達の目から逃れなければ。背後から複数の忙しない足音が聞こえる。正直足には自信はないし体力もない。それに公爵夫人に襲われた時の傷がまだじくじくと痛む。ずっと動き続けていればいずれ捕まってしまうだろう。ぐっと足先に力を込め方向転換する。さっとロビーの階段の裏に身を隠す。
「どこだ? どこだ? アリスはどこだ? 探せ!」
トランプ兵達が頭上を走っていく音が聞こえた。足音はどこかの扉の音と共に遠ざかっていった。一時的な静寂が僕に訪れる。止めていた息をふうとゆっくり吐いて座り込む。
「なんとか撒けたみたいだな」
問題は今女王がどこにいるかだ。音から察するに女王が階段を降りていった感じはしなかった。となると恐らく2階のどこかにいるのだろう。どちらにせよいつまでもここで座り込んでいても仕方ない。2階へ行こう。どこかに鏡の部屋への裏口があるかもしれない。僕は神経を研ぎ澄ましつつ足早に階段を上がっていった。
「さて……どうするか……あっ」
右側に続く廊下の曲がり角を何者かが歩いていく。あの薔薇園で見かけた奴だ。何故だか僕はあれを追いかけなきゃいけないような気がして吸い寄せられるようについて行った。絶妙にするりするりと視界から逸れていく黒い人物。
「瞬間移動でもしてんのかよ……」
黒い人物がとある部屋に入っていく。あそこなら確実に追い付けそうだ。僕はその部屋に即座に入った。
「あれ? いない?」
行き止まりのはずの部屋には誰もいない。この部屋はそこまで広くはなさそうだ。ベットがあるのと少し埃を被ったところがあるのをみると暫く使われていない客室といったところだろうか。突然小さなテーブルに置かれていた大きめのティーポットがかたかたと僅かに揺れた。何か生き物が入ってるのだろうか。恐る恐るポットの蓋を開けて中を覗く。黒っぽい布切れの中から見える大きな丸い耳。
「なんだこれ」
指でそっと耳をつつくとその生き物はもぞもぞと動き出した。そして起き上がると同時にティーポットが大きく揺れ始める。僕は思わずティーポットを手放した。その瞬間に中にいたものがずるりと流れ出るようにはい出てきた。ティーポットの中にいたサイズより明らかに大きいそれはゆっくりと立ち上がると大きな欠伸をした。
「え……エミール……?」
ティーポットの中で眠っていたのはエミールだったようだ。エミールはこちらを向き小首を傾げる。そしてまたプレートに何か書き込み見せてきた。
『おはようございます』
「は? えっと……おはよう」
何故こんなところにエミールがいるのだろう。エミールがまた続けて何かを書き込んでいるようだ。
『ポットの中で寝ていたらいつの間にかここにいた』
「自分で来たんじゃないのか」
『寝てたら色んなとこにいってるのよくあること』
よくあることで済ましていい問題だろうか。エミールは瞬間移動の能力でもあるのか。
『ここは女王の城?』
「そうだけど……」
『アリスは何してるの?』
僕は今までの事、契の鏡のある部屋へ続くルートを探している事を話した。
『ぼく、女王の部屋までの裏道知ってる』
「本当か?!」
『ただアリスの体の大きさじゃ入れない。 ポットの中入って。 連れていく』
「ポットの中に?」
こくりとエミールが頷きポットを僕に差し出す。確かに先程エミールが小さくなってここに入っていたが、エミールが小さくなれるんじゃなくてこのティーポットが身体を小さくしてるのか?恐らくそういう事なのだろうが少しだけ怖く感じて不安になってしまう。身体が縮むのは1度経験してはいるけれど。エミールの方をちらりと見るとエミールは微笑むように目を細めた。僕は意を決してティーポットの中に指を伸ばしてみた。すると僕の身体はまるで誰かに引き込まれるかのようにティーポットの中へ吸い込まれた。
「うわっ……!」
底へ顔面を叩きつけられるかと思いきや最後はふわりと着地させられる。最初のあの変な扉に入った時の感覚とは違い、痛みや気持ち悪さはなかった。上から巨大なエミールの顔がひょいと覗き込む。
『大丈夫?』
「あ、ああ」
『揺れるからあんまり動かないようにね』
エミールが動き出したのかぐらりと全体が揺れた。薄暗いティーポットの中から小さな空を見上げるとエミールの顔が見えた。エミールのぴょこぴょこ揺れる耳を見て僕は束の間の安堵を感じていた。
しばらく経ってエミールがぴたりと動きを止めたようだ。僕を見下ろすとティーポットをそっと置くと、僕が出やすいようにか少し傾けてくれた。
『女王の部屋に着いた』
僕は周りを気にしながらティーポットから這い出でる。出た瞬間に視界がぐんと広くなった。身体の大きさが元に戻ったようだ。後ろを振り返るとエミールが僕を心配そうに見上げていた。僕はエミールの頭を優しく撫でてやった。
「ありがとう。 助かったよ」
エミールは嬉しそうに僕の手に頭を擦り寄せてきた。こんなに癒されるものがこの世界に存在していたんだなと柄にもなくしみじみ思ってしまった。
『ここからは着いていけない』
「大丈夫、充分だ」
『気を付けて』
エミールは何度も僕の方を振り返りながら通ってきたであろうダクトへ入っていった。エミールの小さな足音がダクトの奥へと消えていくのか少し名残惜しかった。改めて部屋を見渡してみる。どこもかしこも赤だらけで目が痛くなりそうだ。この部屋のどこかに鏡の部屋に繋がる扉があるはずだが見た所扉のようなものは見当たらない。
「また仕掛けか何かかな……」
赤色ばかりの部屋で探索するとおかしくなりそうだ。置いてある物はともかく壁から床までしっかり見ていく。一応女性の部屋なので躊躇はしたがそんな事も言ってられない。こんなところで足止めをくらっていてはいつか女王に首をはねられてしまう。部屋を探索していて1番気になったのは姿見鏡だ。壁に直接設置されているタイプのようだが微妙な隙間があるのだ。
「ここがやっぱり怪しいけど……」
押しても引いてもビクともしない。やはり何か仕掛けがありそうだ。もう一度鏡をじっくり観察する。
「ここ……押せるんじゃないか?」
よく見てみると鏡の左右にボタンのような出っ張りがあった。しかし2つとも押してみても何も起こらない。押すだけでは駄目なようだ。ならば、と再び部屋の探索を始める。壁にある絵画が気になり、外してみると絵画の裏に右左左左右左と矢印が書き込まれている。
「ビンゴだな。 早速……」
鏡の仕掛けを解いてやろうと鏡の前に立った時、誰かがこちらに向かってくる足音が部屋の扉から聞こえてきた。女王が部屋に入ってくるかもしれない……
choice
『タンスの中へ隠れる』→ep.19-1
『構わず扉の仕掛けを解く』→ep.19-2
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