第17話

 再びロビーに戻り、目の前の階段を見やる。レッドカーペットの敷かれた大きな階段を上がった先には観音開きの金色の派手な扉があった。とりあえず階段を上がり、重い扉を体重をかけつつ開いていく。扉の先には床が白と黒のチェックタイルが続く長い長い廊下と脇には今にも動き出しそうな金と銀の甲冑がずらりと並んでいた。


「甲冑なんてゲームでくらいしか見た事ないぞ」


 まさかホラゲーでありがちな何かの仕掛けで動き出す……なんて事はないよな?

 脇の甲冑を眺めながら進んでいると眼前に槍先が突き立てられていた事に寸前まで気付かなかった。驚いて小さく声をあげ僕は2,3歩飛び退く。


「怪しい奴め!」

「貴様、何をしにきた!」


 門にいたトランプ兵とは模様が違う2人が僕に槍を突き付ける。


「えっと……僕は……」


 仕方ない。この世界では有名人のようだし。その名を借りるしかないか……


「あ……アリス、です。 女王様に謁見したくて」


 その名を口にするとトランプ兵達は顔を見合わせた。


「何……? アリスだと?」

「アリスといえば女王様がアリスが来たらすぐ通せと仰っていたな」


 トランプ兵達が槍を下げ、ぴんと背筋を伸ばす。


「女王様のお客人とあればここを通さない訳にはいかない」


 トランプ兵の1人が扉に向かって大きな声をあげる。


「女王様! アリスを名乗る者が謁見を申し立てておりますが通してよろしいでしょうか?」

「……女王様のお許しが出た。 入るがいい」


 扉の向こうから別の声が聞こえた。それを聞いたトランプ兵達が同時に扉を引く。


「女王様に失礼のないようにな」


 トランプ兵達に促され謁見室に足を踏み入れる。先程見た甲冑のように綺麗に脇に整列をするトランプ兵達。その先に背もたれがハート型になったど派手なキングチェアにその場に相応しい堂々とした姿で鎮座する女性がいた。雪のような白い肌、艶やかな薔薇色の髪、思わず見蕩れてしまうような美しい女性だった。あの人がハートの女王……

 ふいに背中をトランプ兵に小突かれる。早く前に行けという事か。僕は促されるままに女王の近くへ歩を進めた。


「あ、あの……」

「貴方がアリス?」


 女王は僕を見定めるようにじっと見下ろしてきた。


「は、はぁ……」

「あら、返事がなってませんわね」

「は……はい!」


 丁寧で柔らかい口調だが冷たさを感じぞっとする。あまり下手な事は喋らない方が身のためだと感じた。冷たさとは変わり女王の表情がぱぁっと明るくなる。


「本当にアリスなのね……! 私、この時をずっと待ってましたのよ! 会えるなんてとても嬉しいわ!」

「待ってた……?」

「私はアナベルと申しますの。 私、アリスに会うのが夢でしたの! ああ……なんて可愛らしい顔なの」


 女王がうっとりと僕の顔を見詰めてくるのでいたたまれず目を逸らしてしまう。顔を褒められた事なんてないしなんだかむず痒い。


「ねぇ、アリス? この後お暇かしら? 私と遊びませんこと?」


 女王が嬉しそうに両手を合わせて笑う。


「あの、それよりも聞きたいことが……僕、『契の鏡』を探してるんです。 もし知っているなら鏡の部屋に……」

「知りませんわね」


 話を遮るかのようにぴしゃりと言い放たれる。明らかに知っているような拒否の仕方だ。何か都合が悪い事でもあるのだろうか。とりあえずこれ以上しつこく聞くのはまずいかもしれない。どこか隙を見て抜け出すしかないようだ。


「……アリス、遊びましょう?」


 女王が再び問う。次はないという雰囲気がひしひしと伝わる。ここは1度乗るのがいいだろう。


「わ……分かりました」

「そうこなくては!」

「遊ぶってどういう事するんですか……?」

「クロッケーはどうかしら?」

「クロッケー……?」

「簡単ですのよ! ゴールとなる小さな門に球を入れるだけですわ!」


 女王が手に持っている杖で素振りする動きをする。クロッケー自体はあまり知らないが名前だけは聞いた事がある。確かイギリス発祥の球技だった気がする。


「クロッケーの準備をして頂戴!」


 女王が両手を叩くとトランプ兵数人がどこかからカートを引いてきた。そのカートの上に乗っているものを見てさっと血の気が引く。首が4つ乗っていたのだ。中には人間以外の者の首もあった。理解してはいたがまさかこんな場面で出くわす事になろうとは思わなかった。


「こっ……これはちょっとやめときませんか?!」


 それを見ないようにしながら吐き気を堪えつつ訴える。噂にはきいてはいたが、あんなものを球にして遊ぶなんて狂っているにも程がある。女王はきょとんとして首を傾げる。


「あら、クロッケーはお気に召さなかったかしら? 仕方ないですわね」


 女王がちょいちょいと手を振るとトランプ兵達は首の乗ったカートを下げて行った。良かった、無理矢理生首を打つ事にはならなさそうだ。


「ではアリス、貴方が提案なさって!」

「僕が……ですか」

「なんでもよろしくてよ」


 これはチャンスなんじゃないか?女王の目を逃れてかつ女王の部屋を調べる事ができる遊びとなれば……


「隠れ鬼、なんてどうですか……?」

「へぇ……隠れ鬼ねぇ」


 女王は目を細め少し考え込むような仕草をしたがにこりと微笑んだ。


「構いませんわ。 隠れ鬼、しましょう? 私が鬼でよろしくて?」

「……はい」


 状況的に似たような事をした覚えがあるからか嫌な予感がしないでもないがこの際もうなんでもいい。


「この城内であればどこへ隠れても構いませんわ。 ただし、もし私が貴方を見付けたら……その後は……うふふ」


 女王が持っていた杖を一振りするとそれは大きな鎌に変化した。女王は恍惚とした笑みで鎌を構える。


「貴方の首を貰うわね……?」


 やっぱりこうきたか。公爵夫人と似たような匂いを感じたと思ったら。流石招待状を送る仲なだけある。そう心の中で突っ込みつつ気付けば僕は女王に背を向けて走り出していた。


「ど……どけぇええええええ!!!!」


 慌てて立ちはだかるトランプ兵達を踏み付け倒していく。やはりこいつらは意外と軽いらしく、ひ弱な僕の力でも槍さえ気を付ければ倒す事が出来るようだ。僕は女王から逃れる為に一旦謁見室を出たのだった。

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