第四章『女王の城』第13話

「……よし、これでいいだろう」


 ノストラダムスが手際よく僕の足に包帯を巻き終える。先程公爵夫人に付けられた切り傷の手当をして貰ったのだ。傷は思っていたより深いようで包帯からは微かに血が滲み出していた。


「痛み止めになる薬草を塗ってみたが……どうだい?」

「……大丈夫」


 血はまだ少し出ているものの、ノストラダムスの薬草が効いているのか不思議と痛みは殆どなかった。


「さて、動けそうなら……早速城の中へ向かうとしよう」

「えっ……?」

「ふふ、もう入る術は持っているのだよ」


 ノストラダムスはすっと胸元から金色に箔押しされたカードを取り出した。そのカードには手書きのサインのようなものも書かれていた。


「招待状……どこでそれを?」

「それは秘密、だよ」


 ノストラダムスが人差し指をマスクの嘴辺りに立てる。表情は分からないが笑っているように見えた。本当に掴めない人だな。

僕達は再び城へ向かった。そして、門の前に来るとまたトランプの兵が立ち塞がってきた。


「招待状は持っているか?」

「ああ……」


 ノストラダムスが招待状をトランプ兵に見せる。


「……よし、通っていいぞ」

「カタル。 この先からは1人で行ってくれないか?」

「え? な、なんで」

「この招待状は1人1枚なんだ」


 ノストラダムスは僕に招待状をそっと手渡すと1歩後ろに下がった。


「すまない。 だが、君ならきっと大丈夫だ」

「ノートルダム……」


 僕は静かに頷き、門の中へ入っていった。


「薔薇ばっかりだ」


 辺りは真っ赤な薔薇で覆い尽くされている。薔薇は僕の目線より高く塀のようになっていた。


「まるで迷路にきたみたいだな」


 とはいえ、普通に考えればこのまま真っ直ぐいけば城の正面玄関なはずだが……


「いくらなんでも遠過ぎないか……?」


 もうかれこれ10分は歩いている気がする。いくら広いとはいえ、門の外ではあんなに目の前に見えていたのに見えないなんておかしい。


「引き返そうかな……え? 道が……」


 さっき通ってきたはずの道が塞がれている。唖然として眺めているとどこからかくすくすと複数の笑い声が聴こえてきた。


「だ……誰だよ」

「あー面白い」

「アリスをからかうのは面白い」


 笑い声の正体は……薔薇達のようだった。


「薔薇が……喋ってるのか……?」


 笑い声と共に薔薇達は小さく震えている。城へ着かないのは薔薇達に惑わされているからのようだ。


「おい、からかうなよ」


 薔薇達が僕の言うことを受け入れてくれそうな様子はない。ただくすくすと鬱陶しい笑いを続けるだけだった。


「この……!」


 その時ふと視界に何かが見えた。そちらに目をやると黒い影がすっと動いた。僕はその影を追ってみることにした。その人物はまるで僕を道案内するかのように動いてる。あいつ……もしかして橋の所で見たやつか……?


「待て……!」


 必死に追いかけているといつの間にか城の門らしきところに辿り着いていた。


「あれ……あいつは……?」


 追いかけていた人物はもう見当たらない。もしかして本当に案内してくれたのか……?しかし門は何故か棘のあるつるで覆われていて、入れない。


「なんだこれ……こんなの誰も出入り出来ないじゃんか」


 よく見るとつるは全て同じ場所から出ているようだった。つるのある方向を伝って行く。すると小さくすすり泣く声が聴こえてきた。つるの元はあのすすり泣く人間サイズくらいの大きな白い薔薇のようだ。


「なぁ、門を覆っているつるはお前の仕業か?」

「うぅ……嫌だわ……こんな身体……真っ白で……穢らわしい」


 白薔薇は項垂れてすすり泣きを続けている。


「おい……あのつるを退かしてくれないと僕が入れないんだけど」

「貴方……城に入りたいの? なら私のお願いきいてくれるかしら?」

「お願い?」

「私の身体……この穢らわしい真っ白な身体を赤くして欲しいの……私の身体を赤くしてくれたらつるをどけてあげる」


 白薔薇はそれだけ言うとまた泣き始めた。選択肢は無さそうだ。

 僕はとりあえず白薔薇を赤くするものを探しに出た。


「赤く……って言われてもなぁ」


 話し声が聞こえる。さっきの赤薔薇達のようだ。


「……ちょっと聞きたいんだけど」

「あら、アリスだわ」

「本当だわアリスだわ」

「もう門まで辿り着いちゃったのね……つまらないわ」


 若干腹が立ったがぐっと堪えて質問してみる。


「白薔薇を知ってるか? あいつが赤くなりたいらしいんだけどどうしたらいいか教えて欲しい」

「白薔薇?」

「ああ……あの子」

「穢らわしい子……」


 薔薇達がざわつき始める。白薔薇は嫌われているようだ。


「あら、そういえば貴方も白いわ」

「きっと貴方もあの子と同じ……穢れた子なのね」


 正直こいつらとまともに話せる気がしない。もう話したくない。鬱陶しい。頭に血が登って……あ、そういえば血って赤だったな……


choice


『自らの血を使う』→ep.14-1

『赤薔薇達を殺す』→ep.14-2

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