第12話

 公爵夫人の鉈を引き摺る音に耳を澄ませながら逃げつつシャルルに言われたダイヤの窓の部屋を探す。


「ダイヤの窓……くそ、部屋多いんだよ……」


 容易に部屋に入って袋小路になるのだけは避けたい。即座に扉だけを見て駆け抜ける。


「あ……あった!」


 僕はすぐさま部屋の鍵を差し込み、開いたと同時になだれ込むように入った。そのまますぐ内側から鍵を閉める。まぁ気休め程度にしかならないかもしれないけれど。時間稼ぎくらいにはなるだろう。


「……ふぅ散々だなほんと……」


 ひと息つき、改めて部屋の中を見渡してみる。


「なんだこれ……倉庫か?」


 部屋には色んなガラクタが置かれた棚とたくさん並んだカラフルな壺があった。この部屋ガラクタばかりじゃないか。やっぱりあいつふざけてるのか?

 チェシャは「青の後ろ右2つ」と言っていたな。そこにヒントがあるのだろうか。


「青……この部屋ならこれしかないな」


 この部屋の青といえばこの青い壺しかない。なら青い壺の後ろは……


「後ろ……このタイル、とか?」


 試しに青い壺から右に2ついった所のタイルを押してみる。が、何も起こらない。


「何も起こらないじゃん。 あいつ……デマ言ったか」


 焦りと苛立ちで冷や汗が出てくる。これ以上はなんの手がかりもない。一体どうしたら……


「ん?」


 よく見るとこのタイル微かに文字が書いてある。しかし汚れていてよく見えない。部屋の中を漁り、布を見つけた。その布でタイルを磨いてみると……


「『鏡合わせにしろ』……はぁ?」


 意味が分からない。こんな場所に鏡なんて……

 部屋を改めて見回してみる。と、ふいにある事に気付いた。そして、もう一度部屋をくまなく見る。


「この部屋……対照になってる」


 棚の位置、置いているガラクタ、窓の位置全てが部屋の真ん中を区切りに対照に設置されている。唯一違ったのは壺だけだった。


「壺は7つある。 そして青がひとつに対して残りの6つが3色でそれぞれ2つずつ。 という事は……」


 突然無理矢理扉が乱暴に開けられようとしている音が鳴り響いた。


「カタルくぅん?! ここにいるのね?!」

「……ッ?! ま、まずい……!!」


 もう躊躇している場合ではないようだ。鏡合わせ……という事は部屋全体がこの青い壺を中心として対照になっているとしたら?僕は急いで壺を対照になるように並べ替えていく。壺を並べ替えるだけで出口が現れる、なんてそんなからくりがあるとは思えないが。


「早く出てらっしゃあい?! 大丈夫よぉ……何も怖がらなくていいからあ!!」


 公爵夫人はそう言いながら鉈で木の扉を壊していく。かなりご乱心みたいだ。


「全然大丈夫じゃないだろ……ッ!」


 公爵夫人の乱心ぶりに顔を引き攣らせつつも順調に壺を並べていく。そして最後の壺を置いた瞬間、かちりとどこか音がして右側の棚がゆっくりと動いた。棚の後ろから見えたのは外だった。


「やった!!」


 開いたと同時に僕は駆け出したが、遂に扉も壊され公爵夫人が部屋に入って来た。見なくても分かっていた。だから迷わず駆け抜けようとした。だが……


「い゛ッ……ぐぅ……!」


 鉈の先が僕の脹脛を少しだけ掠める。そのせいで僕は体勢を崩してしまった。


「しまっ……!」

「ふふふ……さぁ……カタル君? 一緒に帰りましょう……?」


 絶体絶命……このままでは確実にやられる。ゆっくり迫る公爵夫人から少しでも離れる為に後ろに後ずさる。と、右手に何かが当たる感覚がした。それはノストラダムスに渡された笛だった。


「……!」


 一か八か……!僕は笛を掴み吹いた。しかし、音は少しも鳴らない。


「ま、じかよ……」


 僕の真上から勢いよく鉈が振り下ろされる。もう駄目だ……しかし直後聴こえたのは肉を切る音ではなく、大きな鈍い金属音。


「やれやれ……だからいい子にして待っていろと言っただろう?」

「の……ノートルダム!」


 そこには僕を抱き抱えてもう片方の手に持っていた杖で公爵夫人の鉈を受け止めるノストラダムスの姿があった。


「公爵夫人……女性がこんな物騒な物を振り回してはいけませんよ」

「……ノストラダムス、貴方には関係ないでしょう? そこをおどき」

「それはお応えできかねる」


 公爵夫人が大きく舌打ちしながらまた鉈を振りかぶる。その隙をつくようにノストラダムスが杖で公爵夫人の鉈を弾く。


「……くッ!」

「そろそろ遊びは止めです……では失礼」


 ノストラダムスは腕を広げ黒い翼を出すと僕を抱えたまま飛びたった。


「……カタル? 何か私に言う事はないかね?」


 ノストラダムスがにっこりと僕に笑いかける。


「……勝手に動いて悪かった……後……あ、ありがと」

「どういたしまして」

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