第10-2話『断る』


「あの……すみません」


 僕はそっと公爵夫人の身体を押し返した。


「僕……人を待たせてしまっているのでそろそろ戻らないと……」


 顔色を伺おうと恐る恐る公爵夫人を見る。公爵夫人は俯き肩を震わせていた。


「あ、あの……」


 公爵夫人は俯いたままぶつぶつと何かを呟いているようだ。さっきとは明らかに様子がおかしい。


「どう、して……?」


 公爵夫人の手が僕の肩を掴む。


「なんでそんな事を言うの……? 貴方も、私から離れていくの……?! どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして?!?!?!?!」


 あんなに上品で穏やかだった公爵夫人の顔が、みるみるうちに醜くく歪んでいく。公爵夫人の指が僕の肩に食い込む。


「い、たッ……!」

「駄目よ!!!! 許さないわ!!!! これは貴方の為なのよ?!?! 貴方が欲しいものは私が与えてあげる……私がお世話してあげる……!!!! ねぇ、いいでしょう……?」


 公爵夫人はにたにたと狂った笑みを浮かべながら濁った目で僕を見据える。


「ひッ……! や、やめろッ!!」


 恐怖を感じて思わず公爵夫人の身体を思い切り突き飛ばす。すると公爵夫人は蹌踉めき倒れた。その時彼女の頭からずるりと髪の塊が落ちた。


「酷いわぁあううぅぅぅ……!!」


 彼女はゆっくりと立ち上がると髪をぶちぶち乱暴に引き抜き始めた。殆ど髪が残っておらず、ところどころ引っ掻いているのか頭皮が痛み血が滲んでいる。僕は危険を感じて後退した。その瞬間公爵夫人は僕に襲いかかってきた。そして僕の顔に何かを吹き付けてきた。


「うッ?! な……にを……」


 公爵夫人の歪んだ笑顔を最後に僕の意識は深い闇に沈んでいった。


 ……あれからどのくらい時間が経ったのだろうか。僕は公爵夫人の元に監禁されている。もう、逃げようという気力すら湧かない。いや、逃げられない。手足を切られ、この間は叫べないよう舌も抜かれてしまった。


「ふふ……いい子にしてたかしら? 今日はどうしましょう……そろそろ目玉も必要ないわね。 大丈夫よ……怖がらないで……」


 僕の頬を優しく撫でる公爵夫人のもう片方の手には何かが握られていた。きっと目玉を抉り出す為の器具か何かだろう。これから僕は一生本当の闇に飲まれてしまう。だけど見えない方がいっそ安心出来る。


「後でお母さんが美味しいケーキを食べさせてあげるからね……うふふ……ずっと一緒よ……私のかわいい子……」



End.2『かわいいこ』

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