第三章『狂った住人達』第8話

 目の前の困難をぼんやり見つめながら黙り込む僕の肩をノストラダムスが優しくたたく。


「カタル。 心配は要らないよ。 壊れた橋は直せばいい」

「直せるの……?」

「あぁ。 ……ふむ、そろそろだと思うが」

「あああああああ?!?!?!?!」


 突然の怒りを含んだような叫び声に鼓膜がびりびりと震える。思わず耳を塞ぎ声の方に恐る恐る目をやる。


「橋が……僕達の橋が……!」


 ピエロのような奇抜な衣装を纏ったその人物には頭が2つ。


「誰がこんな酷い事を?! 許さない!!」

「ちょっと……落ち着きなよ。 耳元で叫ぶなよ……煩いな」


 先程の悲鳴にも似た叫び声は左の頭の方らしい。右の頭は橋を壊された事に対して特に怒りを感じている様子は無かった。2人?のやり取りを唖然として眺めていた僕を左の頭がギロリと睨み付ける。


「お前がやったのか?!」

「……は?」

「とぼけるな!! お前がこの橋を壊したんだろ?!」


 なんという濡れ衣だろうか。あまりの勢いにすぐに言い返す事が出来なかった。が、そんな必要は無かったようだ。


「ラルフ。 君はカッとなり過ぎじゃないかな。 そもそも君、そこまで橋に愛着なんてあったのかい……?」

「……正直そこまでなかったけど!」


ないのかよ


「突然悪かった。 僕はラノフ。 こっちのうるさいのがラルフ。 君は?」

「……語」

「ノストラダムスと一緒にいるって事は君はアリス?」

「そうだ。 カタルは元の世界に帰りたいそうだ。 なので女王の城へ向かいたいのだが……この有り様でね」


 ラルフとラノフは壊れた橋をじっと見つめ、また僕達の方へと向き直った。


「確かにこの橋は誰かが意図的に壊した形跡がある。 でも君達がこの橋を壊す理由はどこにもない」

「ラルフ、ラノフ。 早速で悪いが、君達にこの橋を直して貰いたい」

「僕は嫌だね!」


 話を遮るかのようにラルフが叫ぶ。


「なんでわざわざお前達の為に直さなきゃいけないんだ? それに何のメリットがある?」

「……確かにラルフの言う通り。 無償で橋を直してやるのは面白くないな」

「なら……どうすればいい?」


 ラルフとラノフが顔を少し傾けお互いを見やる。そして何かを思い付いたのか微かに微笑み頷く。


「ラノフ……あれをしよう」

「そうだね、ラルフ」

「「僕達となぞなぞで遊んでくれよ」」


 ラルフとラノフが大きく両腕を広げ楽しげに笑う。


「なぞなぞ……?」

「そうさ。 僕達のなぞなぞに答えられたら橋を直してあげる。 どう? 挑戦するかい?」

「……まぁ、するしかないよな」


 ラルフとラノフはなぞなぞを歌うかのように口ずさみ始めた。


「名前も見た目も全く違う」

「真逆な存在」

「だけど片方がないともう片方は全くの価値もない」

「二つで一つ」

「姿形は似ていても」

「違うものなら意味がない」

「守護するものと導くもの」

「さて、なーんだ?」


 ラルフとラノフがにやにやと僕を見つめる。

二つで一つ、真逆な存在、守護と導き……


「ヒントはない?」

「じゃあ特別に……君は今までそれに触れていたはずだよ」


 今まで触れた……なら答えは簡単だ。


「答えは……『鍵と錠』だ」


 ラルフとラノフは目を細めしばらく僕をじっと見つめる。


「「……正解!!」」

「よく分かったね」

「当たり前だろ、こんなの簡単だ」


 僕は昔からこういう謎解きは好きだった。幼い時はよく自分でなぞなぞを作っていたりして遊んでいたのだ。


「じゃあ約束通り橋を直してやるよ! 少し待ってろよ!」

「あ、僕達作業中を人に見られるのが苦手なんだ。 だから呼ぶまで向こうに行っててくれないかい?」

「分かったよ……」


 案外すんなりいって良かった。この二人は単純に遊びたかっただけかもしれないな。

 暫くするとラルフとラノフが僕達を呼びに来た。橋の所まで行ってみると見事に綺麗に直っていた。それにしてもあの壊れようをどうやってこの短時間で直したのだろうか……まぁ考えたって仕方ないんだけど。


「どうだ!! この美しい橋!! 感謝してくれよな!!」


 ラルフが得意気な顔でこちらを見る。ノストラダムスが持っていた杖で橋をコツコツと叩く。


「ふむ……素晴らしいな。 流石だ。 相変わらず仕事も早い」

「そうだろう!」


 ラルフは上機嫌になっている。


「君達は女王の城へ行くつもりなんだよね? 健闘を祈るよ……」

「じゃあな! 死なないようにな!」


 ラルフとラノフはわざとらしい笑みを浮かべ森の奥深くへ消えていった。


 橋を渡り切り更に歩いていくと道が開け大きくて派手な城が目の前に現れた。そして城へ続く道を塞ぐ巨大な門には2人?のトランプの兵がいた。どう見ても紙のトランプだが一応生きているようだった。ノストラダムスがそのトランプの兵に近付いていく。


「ノストラダムスだ……ここを通して頂きたい」

「招待状はあるか?」

「招待状……?」

「女王様直々の招待状がなければここを通す事は許されない!」

「今までそんなもの必要無かったはずだが」

「先程女王様がそうお決めになられたのだ!」

「招待状がなければ何者だろうとここを通す訳にはいかん!」


 トランプ兵達は先がハート型になった槍を交差させながらノストラダムスを追い払う仕草をした。


「ふむ……困ったな。 招待状というものが必要らしい」

「どうすんの? 強行突破でもする?」

「いや……私がどうにかしてみよう。 カタル、少しここで待っていてくれないか? 今から招待状を手に入れられないか情報を集めてくる」

「え……1人でここで待つの?」


 一瞬不安が過ぎった僕を安心させるかのようにノストラダムスが僕の肩を優しく叩く。


「すぐ戻る。 もし何かあったらこれで私を呼ぶんだ」


 ノストラダムスから手渡されたのは細長い木で出来た笛だった。


「笛……?」

「それは私にしか聴こえないよう細工されているんだ。 ひと吹きしてくれればどこへでも駆け付けてあげよう」

「……犬みたいだな」

「ふふ、犬か……まぁ今は似たようなものだよ。 では、いい子にして待っていてくれたまえ」


 そういうとノストラダムスは僕の元を離れていった。ノストラダムスが見えなくなってしまうと妙な不安が押し寄せてきた。もしかして、僕は、恐れているのだろうか。この世界を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る