第7話
席についたノストラダムスに勢いよくティーポットが飛んでくる。ノストラダムスはそれを座ったままいとも簡単に避ける。
「……ニコラス。 今はやめろ」
「えぇぇぇ?! 遊ばないの?!」
ニコラスは既に両手にお皿を持ち投げる準備をしていた。
「あの……喧嘩、とかじゃない……よね?」
「あぁ。 あれはニコラスの愛情表現なんだよ」
「えっ? じゃあチェシャの時のは……」
「あれでも嫌っている訳ではないらしい」
気付けばニコラスはチェシャに向かって再びフォークを突き刺そうと追いかけまわしていた。……どう見ても殺す気に見えるんだけど。
「それよりも……今から君がこの世界を出る方法を教えよう。 まず扉となるものは……『鏡』だ」
「鏡……」
「カタルはこの世界に来た時に鏡のようなものを見なかったかい?」
「あ……」
飛び降りた時窓に映った自分の姿を見た。もしかしてあれが扉になったのか?
「この世界はね、鏡を通じて繋がっているんだよ。 カタルのような……『アリス』と呼ばれる人間は皆鏡からこちらへ迷い込む。 その時『アリス』の魂は普通は存在しない場所で身体を再構築してしまう為に不安定なものになってしまう。 ……この意味が分かるかい?」
僕はゆっくりと首を横に振る。
「君の今の身体はこちら側に適正化している。 だからもし向こう側へ帰ったとしても数時間程度で君の身体は壊れ、魂はどちらにもつけずに彷徨う事になる」
「……死ぬって事? でも数時間でも向こう側へ戻る事は出来るんだ?」
「 この世界の『鏡』を通せばいつでも戻る事が出来る。 だが、本当の意味で向こう側へ帰る事が出来る鏡は1つだけだ」
ノストラダムスが細く長い人差し指をすっと立てる。
「女王の城にある『契の鏡』だ」
「『契の鏡』……?」
「その鏡さえ通れれば向こう側でまた身体は再構築され、魂ごと向こうの世界に定着させる事が出来るだろう。 ただし、戻る事はそう簡単なものではない。 契の鏡は覗いた者を惑わせる力がある。 そして君の魂を飲み込もうとするだろう」
飲み込む……まるで鏡が意志を持って襲いかかってくるような物言いだ。でもこの狂った世界の事だ。そんな事があっても不思議ではない。
「私が契の鏡について知っている情報はこれだけだ」
「対策は……? 」
「それも分からない。 ただ……」
ノストラダムスが僕の目の前に何かを差し出す。それは赤銅色の持ち手がハートの形をした鍵だった。
「この鍵は……?」
「契の鏡であちら側へ帰る為のものだよ」
「鏡に鍵ってどこに使うんだよ? 鏡の保管部屋の鍵か何か?」
「いいや。 『鏡自身に使うもの』だよ」
一体どういう事だろうか……訳が分からない。
「いってみればいずれ分かるよ」
「あっそ……」
「これを君に渡しておこう」
ノストラダムスは僕の手を包み込むようにしてそっと鍵を渡してきた。僕はそれをとりあえず腰に付いていたチェーンに通して付けておく事にした。
「それからこれも君に」
もうひとつ手渡されたものは銀のナイフだった。
「護身用に持っておくといい」
「ご……護身用って」
「きっと役に立つ。 ホルダーもあげよう」
「……どうも」
確かによく切れそうではあるけれど……出来ればあまり使いたくないものだな……
「さて、これで君のやるべき事は分かっただろうか?」
「とりあえず女王の城へ行ってその契の鏡とやらを探せばいいんだろ……?」
「そうだ。 やる事は簡単だ。 しかし問題は女王だ。 彼女の機嫌を損ねると首をはねられてしまうからね」
「うげ……まじかよ……」
「それから彼女は気に入った首をコレクションしたがる癖がある。 なんにせよ、出来るだけ女王とは接触しないようにするしかないだろうね」
要するに女王を避けながら探索しろって事か。いよいよ面倒な事になってきた。
「私も同行しよう」
「え? ついてきてくれるの?」
「その方が危険は少なくなるだろう」
それは有難い。なにせこの世界の事を僕は何も知らない。ノストラダムスはこの世界では一番まともそうだし少しは安心出来そうだ。
「それでは行こうか」
ノストラダムスが立ち上がるとニコラスが耳をぴんと立てこちらを振り返る。
「なんだい?! ノストラダムスも出かけるの?!」
「カタルだけでは心配だからね……ニコラス、君は留守番を……ってきいているのか」
ニコラスは嫌がるエミールを無理矢理ティーポットから引きずり出そうとして遊んでいる。
「……まぁいい。 どうせ君が大人しくしているはずがないからね。 カタル、行こう」
「うん……あれ? チェシャは?」
いつの間にかチェシャがどこにも見当たらない。
「シャルルならさっきふらっとどっかに消えたよ~」
「なんだそれ……自分勝手なやつだな」
自分で相棒とか言ってた癖に……まぁあいつがいたところで余計な事しかしない気がするから構わないけれど。
「カタル~」
ノストラダムスに促され立ち去ろうとした僕を不意にニコラスが呼び止める。
「多分またどっかで会うよ~」
ニコラスは藻掻くエミールをつまみあげながらにこにこして手を振っていた。
僕は半ばノストラダムスについていく形で女王の城へ向かう事になった。見た目は不気味ではあったけれど、チェシャの時より断然安心感があった。
「ノートルダ……ノストラダムス」
「ノートルダムで構わないよ」
「……ノートルダム、君はどうしてそこまで僕に良くしてくれる?」
「そうだね……敢えて言うならば、退屈だったからかな」
退屈……そういえば一緒にいた時チェシャも同じような事を言っていた。もしかしてニコラスも退屈だからおかしな行動ばかりしていたのだろうか。それでも暇つぶしのベクトルがぶっ飛んでる気がする。
「おや?」
ノストラダムスが急に立ち止まるのでぶつかりかけて慌てて止まる。
「橋が壊れている」
見てみると大きな川にかかっていたであろう木製の橋がぼろぼろになっており、渡れなくなっていた。川は流れも早く、泳いで渡るのも難しそうだ。
「どうするのこれ……別の道とかないの?」
「残念だが、この川を渡らない限り城へは辿り着けないんだ。 参ったな」
ふと視線を感じ、川の向こうに目をやる。
「……?」
「どうしたんだい?」
「……いや、何でもない」
一瞬だったけど、なんだか見覚えのある姿を見たような……気の所為だろうか。
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