第6話

「……結局この道さっきの道と途中で繋がってるんじゃないか!」

「キシシシッ! 面白かったでショ?」

「全然面白くない……!」


 全く……ちょっとビビって損した。チェシャの奴、道に差し掛かると途端に黙り出すもんだから何かあるのかと無駄に緊張してしまった。


「アリスの顔ったらほんと傑作だったですシ~」

「アリスじゃない……! 語! 有栖川 語(ありすがわ かたる)だ……!」

「アリスガワ カタル~? 変な名前ですネ~?」


 柄にもなくムキになってしまった。普段ならこんなに感情的になるはずはないのだけれど……


「……そろそろですネ」

「何がだ?」

「狂ったお茶会ですヨ」


 チェシャが僕の肩からふわりと飛び降り、導くように歩いていく。僕は黙ってチェシャに付いていく事にした。暫くすると何やら笑い声が聞こえてくる。それと同時に陶器の割れるような音も響いてきた。


「……? なんだ……」


 恐る恐る近付き覗いてみる。そこには大きなテーブルとその上や地面にも割れた陶器の欠片が散乱していた。そして空中を飛び交うティーカップやお皿。テーブルを挟んで暴れている2つの影。1人は茶色のうさぎの耳を生やした青年。もう一人は身長2mは超えるであろうペストマスクを被った見た目に怪しい人物。


「ヒィッはははは!!!! あはぁハハハハハハ!!!!」


 うさぎ男だけが一方的にペストマスクの人物に物を投げ付けているようだ。うさぎ男は目を血走らせ叫び声か笑い声かも分からないような奇声を発している。ペストマスクの人物は黙ってそれを避け続けている。どう見てもこれは関わるべきじゃない。


「おーやってますネー」

「お、おいチェシャ……!」


 チェシャが2人の前に歩み寄る。2人はぴたりと動きを止め、チェシャの方を見た。


「あはぁッ! シャルルじゃないか!」


 うさぎ男は満面の笑みをチェシャに向ける。そして近くにあったフォークを握り締めるとチェシャへ一気に振り下ろした。ざくっと鈍い音がしてフォークはチェシャの脳天へ突き刺さった……かに見えた。チェシャは煙のようにふわりと消え気付けば僕の頭の上で寝そべっていた。


「残念でしたネ~ニコラス」


 ニコラスと呼ばれたうさぎ男は笑顔のままフォークを地面から抜き取り、こちらを向く。


「今度こそ死んで貰おうと思ってたのに~っておやぁ? そちらは『アリス』かな?」


 ニコラスは僕に気付くと頭からつま先までじろじろ眺め回す。ペストマスクの人物もじっとこちらを見つめていた。


「……有栖川 語」

「やぁやぁやぁ! ニコラスだよ! よろしくカタル!」


 ニコラスは笑顔で僕の手を取りぶんぶん握手をした。ペストマスクの人物が近付いてきた。近くで見るとその高い身長がより一層不気味さを引き立てている。僕はごくりと唾を飲み込み身体を強ばらせる。ペストマスクの人物はすっと僕の前に跪き深々と頭を下げてきた。


「私はノストラダムス。 先程は見苦しい所を見せてしまって申し訳ない」


 意外にもとても紳士的な態度に拍子抜けしてしまう。この人が一番まともかもしれない。何かが僕の服を引っ張る感覚がして見下ろしてみた。僕の足元には30cm程度の小さい生き物らしきものがいた。汚れたぼろぼろのフードマントに大きな丸い耳が飛び出している。顔は真っ暗でいくら目を凝らせども見えない。しかし金色に光る両目は僕の顔をしっかりと捉えていた。そいつはおずおずと『エミール』と書かれたプレートを僕に見せてきた。


「その子はエミール。 君と仲良くしたいらしい」


 エミールはこくこくと何度も頷いている。なんだかちょっと可愛い気がしないでもない。僕は思わずしゃがみ、エミールの頭を撫でてみた。エミールは目を細め気持ち良さそうにしていた。


「まぁとりあえずアリスも来てくれた事だしお茶をご馳走するよ~! 何がいい? ダージリン? アールグレイ? カモミールもあるよ~? あっ! お茶菓子は何にする??」


 ニコラスは耳をぴこぴこ動かしせわしなく話しかける。聞いてきた癖に既にお茶を淹れていた。しかも全部ごちゃ混ぜだ。クッキーまで粉々にして入れてる。それをバッシャバッシャとティースプーンで荒々しくかき混ぜているせいで中身が殆ど飛び散ってしまっていた。


「……ニコラス。 お前が淹れるとせっかくのお茶が台無しだ」


 ノストラダムスが呆れたように溜息をつき、僕を席に案内する。そして慣れた手つきで紅茶を淹れ僕の前に差し出す。とてもいい香りがする。薔薇だろうか。


「ど、どうも……」

「……さて、チェシャが君をここへ導いたという事はここから出る方法を聞きたいんだね?」

「知ってるの?」

「ああ。 とりあえずお茶でも飲みながら話をしようか」

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