第2話
退院後しばらくして、またふしぎなことが起きはじめた。こんどはもう一人のオレが現れたのだ。
そいつにはオレの姿は見えないようだが、オレにはいつもそいつの一挙手一投足が目の前にはっきり、くっきり見える。なぜならそいつは一分前のオレに他ならないからだ。
まわりはだれも気づかない。しかしどうみてもオレだ。客観的に見ればみるほどいかにもバカっぽいからよけい腹が立つのだが、しかもそいつは、オレのように松葉杖をついていなかった。意気揚々とまるでこれ見よがしに大手を振って二本の足でオレの目の前を闊歩しているのだ。オレはそれを見てはっきりとさとった。
あいつはもともと一分後のオレであり、オレが事故にあったのを見て、直前で進路を変え、事故を免れたのだろう。
オレの推理では、そのせいできっと二人の間に存在するパラレルワールドみたいなものがいったん崩壊した。すぐにパラレルワールドは自然の治癒力でまた元どおりになったが、その際になにかの不具合であいつとオレの順序が入れかわり、あいつはオレよりも一分前に先回りしてしまったのではないだろうか。
まあなんでもいいのだが、オレはここぞとばかりにいままであいつから受けた恨みつらみをたっぷりお返ししてやることにした。
そして次の日からオレはいつも目の前を歩く一分前のあいつの耳元にネチネチとイヤミをささやいた。というか、じつのところ後ろから見ていてはっきりわかったのだが、オレという人間はつくづく優柔不断で緊張感も社会性もないばかりか、ただ他人の言動やまわりの誘惑に振り回されながらこの葉のように漂っている葉っぱヒラヒラ男であり、まるでわざとみずからドジやトラブルに向かって歩いてるんじゃないかって思うほど、あぶなっかしくてほんとうにじっと見ていられないのだ。しかしだからといって、オレはあいつがいてもさほど得もしないことに気がつかされた。
というのもたしかに一分前のオレの失敗やドジから反省を促せば、いろんな問題を事前に回避できるのだが、あいつはオレのいうことなどに耳を貸そうとしないし、かといって一分という時間はあっというまであり、自分自身で修正しようにもすぐに代案を思いつくほどの余裕もない。
そもそも、そんなに簡単に回避行動案が思いつけば、失敗などしょっちゅうしないのだ。
そして、さらに重要なことに、もし回避行動を実行できたとしてもオレとあいつの人生はまた枝分かれしてしまい、その結果、あいつは元の一分後のオレに逆戻りするかもしれない。それよりは、すくなくとも一分後に起きることを事前に予知できる今のかたちを維持したい。
さいわい、オレは一分前の自分の姿だけでなく一分前の自分が手にしたものや触れたものもいっしょに映像として見ることができたので、あいつに起きているできごとのあらましは事前に予知することができた。だからそれだけでもじゅうぶん心の準備にはなる。そしてほんとうに命にかかわるようなときだけ、この力を活用して、危険を回避すればいいのだ、とおもうようになった。
だからせっかくの特殊能力だというのに、その後もオレは、一分前に上司から怒られるとわかっていても甘んじて上司から叱られる道を選択せざるをえなかった。
また、それゆえにあいつに対するオレのイヤミはますますどぎつくなったのだが、同時にオレは一分前のオレが一分後のオレだったときもまったくおなじ気持ちでおなじことをしていたことに気がついた。
あいつもこのままオレの不甲斐なさに半分呆れつつも一生オレの背中を見守りながら生きていくしかないとおもっていたところへ、オレが国道で乗用車にはねとばされたものだから、このままでは自分まで死ぬとおもい、その現場から一目散に逃げたのだろう。
だからーーオレも、あいつがオレに対してそうしたように、大事件でもおきないかぎり、あいつの行動を忠実になぞりながら楽して生きることにした。
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