一分後のオレ

床崎比些志

第1話

ある日からとつぜん、あいつはオレにはなしかけるようになった。あれはたしか強風にあおられて、点検中のマンホールに頭から落っこちそうになった時からだ。


あいつはオレだが、いまのオレではなく、一分後のオレだという。あいつにはオレが見えるらしいが、おれにはあいつの姿は見えず、ただ声だけがきこえる。もちろんまわりには聞こえない。


あいつはオレなのにいつもオレの悪口ばかりをいう。いつもドジばかりふんでいるオレもたしかに悪いが、それをあしざまにネチっこくいうのはあまりにおもいやりにかけるとおもう。温厚なオレ様にも我慢の限界がある。


ブチ切れるとオレは人格そのものが凶悪化するらしい。しかし、オレがどんなに口汚く文句を言おうとあいつは一切耳を貸さない。それどころかどんなときにも自分のいいたことだけを情け容赦のない言葉でがなりたてるヘイトスピーカーだ。あまりにうるさいときは、走って逃げたり、物陰に隠れたりしたが、どんなにがんばってもあたりまえのこととはいえ一分間以上休めばかならず追いつかれる。


せめてもう少しやさしい言葉でいってくれたら、こっちも耳を傾けて時には改心せねばなどとおもうのだろうが、オレはもともと大人げない性格だし、あまのじゃくだから、かえってあいつの言うことに反発してしまう。だからあいつはますます怒る。が、やっぱり納得できない。


そもそも、あいつは、オレの失敗のおかげで、いろんな問題を事前に回避できるのだから、そのぶん得をしているはずなのだ。オレには感謝される理由こそあれ、罵られる筋合いなど本来ないはずである。我ながらつくづく性格の悪いやつだとおもっていた。


ところが先月、オレは事故にあった。車にひかれたのだ。命に別状はなかったが、左のふとももを骨折し、一週間入院した。それと同時に一分後のオレの声も聞こえなくなった。

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