ワトソン募集中

杜侍音

ワトソン募集中


 ン、ッン! ガーハッ! 


 …………皆様お久しぶりです。この動画を見ている人の中には、初めましての方もいらっしゃるでしょうか。

 改めまして私の名前は江戸川一えどがわ はじめ。そうです、三十年前に高校生探偵として、失礼、高校生探偵として名を馳せたあの江戸川です。名探偵コナンや金田一少年の事件簿のモデルともされる、超名探偵です。


 さて、今回こうして動画で挨拶させてもらったのには一つご報告がありまして。

 を募集したいと考えております。

 条件は若い女の子。……あ、いや別にそういうのが目的じゃないですよ。私はもう五十路のオッサンですから、若くて、かつ女性の意見を持っている方を助手として欲しいなと考えただけであって、決してイヤらしいのが目的とか、嫁探しとかではない! 


 ……おほん、少々取り乱してしまいましたね。それでは、概要欄にURLを貼っておきますので、興味のある方はそこからご応募ください。

 当日の持ち物は履歴書。そして、運動能力、知識、洞察力、あとは可愛さと女子力。

 この動画を見ているそこの君。


 未来のワトソンは君だ。


 ……あと、チャンネル登録よろしくお願いしまーす。



   ◇ ◇ ◇



 動画を投稿してから三週間が経った。

 やはり元イケメン現ダンディー探偵がYouTubeを始めたのは話題だったのだろう。

 以前のチャンネル登録者が7人だったのに対し、現在は38人と五倍以上の伸びを見せた。


 それはさておき。

 助手オーディション当日。用意した四つの椅子には俺の未来のパートナー候補の女性がそれぞれ座っているわけだが……


「──で、えーと上田さん」

「うっす」

「今回助手に応募した理由が」

「うすうす、探偵が好きだからっす!」

「なるほど……」


 一人目の少し小太りで低身長な女性は、ちゃちな探偵帽と羽織とメガネを身に付けた、コスプレ感丸出しの女だった。

 いやぁ、困るんだよなー。ただのファンに来てもらったら、仕事にならないんだよなー。


「正直、この中では一番探偵に詳しいっす! そして大好きっす!」

「何か特技とかあるか?」

「特技っすか?」

「そうだ。助手たるもの探偵を支える特技が必要だ。例えば、映像記憶があるとか、変装が得意とか、なんなら運動神経がいいですとかでも構わない」

「はい!」

「はい、上田さん」

「探偵古今東西出来ます!」

「……やってみて」

「えー、金田一一、工藤新一、服部平次、浦飯幽助、L、ネウロ、あと……名探偵ピカチュウ!」


 ドヤァ


「地味ぃぃ。それに全員アニメキャラだけどね⁉︎ はいダメ、次」

「あたし左藤キララ! 小学四年生の9才! 来月で10才! 分数出来るよ!」

「はい、次」

「なんでぇぇ! あたし、こんなにも若いのにー!」

「若すぎるんだよ。おじさん捕まっちゃうから。大人しく家に帰りなさい」

「やだぁぁぁ! キララも探偵さんするぅう‼︎」


 二人目の駄々をこねる候補者は、ランドセルを背負った小学生。将来的には美人になりそうだが、今ここで手を出したら警察案件だ。俺が追われる側になるのは勘弁してほしい。


「飴ちゃんあげるから」

「やったぁ」


 それに、ただのガキンチョに俺の助手が務まるはずがない。


「気を取り直して次、下川さん」

「はぁ〜い」


 妙にエロい三人目は、体つきがボンッキュッボンッのお姉さまタイプだ。


「わたし〜昔から探偵さんには興味あって〜、隣で一緒にお仕事できたら〜嬉しいな〜」

「んんんん、合格」

「なんでですか!」


 一人目の上田が突っかかって来る。

 理由なんて決まっているだろ。


「エロいからだ。助手にエロさ以外は何もいらん!」

「じゃあ、あの募集映像は何だったんですか」

「やったぁ、じゃあわたしが合格ってことで」

「待つっす。自分だって、ほら、エロいんすよ」


 うふんと投げキッス&セクシーポーズを繰り出すも全然エロくない。


「お子ちゃまは帰ってミルクでも飲んでなさぁ〜い」

「ぐぎぎぎ」

「じゃあ早速この履歴書をまとめて──あれ、最終学歴ってこれ」

「ねぇ、そんな難しいことよりお姉さんと良いことしよ?」

「保育園なのか」

「そういうプレイがお好みで?」

「お前、最終学歴保育園なのか?」


 問い詰めてみると、明らかに目線を逸らす下川。

 そして、観念したかのように「……そうで〜す」と認めた。

 しかし、こんなエロい……じゃなくて逸材を逃すのは惜しい……! 会話はできるし、ちょっとおバカさんぐらいなら大丈夫だろうが、一応問題を出してみよう。


「1/3+1/2は?」

「うーん、半分?」

「本能寺の変で殺されたのは?」

「うーん、昔の人」

「What's your name?」

「わかったわ! アップルよ‼︎」

「さては果てしなくバカだな」


 駄目だった。


「わたし分かるよ! 5/6! 織田信長! I'm Kirara Satou.」


 と、流暢な英語で答える小学生の方が何倍も賢かった。


「そうでーす。おバカさんでーす。だからそんなわたしに手取り足取り教えて欲しいな」

「うん、エロい。実にエロい。エロエロのエロだ。だが、ダメだ。最終学歴保育園卒はさすがにダメだ」

「えー、ざんねーん」

「ふん、ざまぁみやがれ」

「上田さん中卒って書いてるけど」

「…………」


 おい、バカしか来てねぇのか。


「はい次、えー最後は君だな。ちゃんと大卒だし、うん、いい感じにセクシーな気がする。何よりまともそう。じゃあ自己PRどうぞ」

「……4○*÷×」

「なんて?」

「÷々+:×>」

「やだー宇宙人?」


 下川は馬鹿そうに馬鹿なことを言った。そんなわけあるか。


「あたし知ってる! あれ韓国語だよ」

「えー、右ゥジンソンさん。出身はなるほど韓国か。なに、日本語話せないの?」

「(話せないじゃなくて話さない。バイト探してたけど、あなたが生理的に無理だからここ嫌だ)」

「えーと……」

「(まぁ、時給が高かったら考えなくもないけど、なんだか安っぽい事務所だし、何よりあなたがオジサン臭くて無理。絶対無理)」

「何言ってるか分からん!」


 せっかく優秀な人材そうだったのに、コミュニケーションが取れないのはそれ以前の問題だ。


「これは私が合格ですね」

「いやん、わたしよ」

「飴ちゃん無くなった!」

「(帰りたい)」


 女四人がガヤガヤとうるさいが、俺の答えはもう決まっている。


「全員不合格。帰れお前ら」


「なんなんすか呼びつけといて」

「不合格ならもう別に興味ないわぁ」

「飴ちゃんは?」

「ドーテー」


「お前ほんとは日本語喋れんだろ!」


 女たちはぶつくさ文句を言いながら帰っていった。

 あいつら、不合格にした途端手のひら返しやがって。ろくなやついなかったな。

 この履歴書ももういらないし、処分するか。

 と思った瞬間、一枚の紙がヒラリと落ちる。左手で拾い上げたその履歴書はまだ見ぬ人物であった。


「……中野? もしかしてもう一人いたのか?」

「すみませーん! 日課の筋トレをしてたら遅れてしまいましたー!」

「遅い……ってなんじゃあ⁉︎」


 やってきたのは、アルプス・ヒマラヤ造山帯な両腕、麓に広がる計画都市腹筋、そこに住まうゴリラたちの脚。そして、守り神として背中に鬼神が宿ってる、固定資産税がバカ高い全身の筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉──


 とてつもないマッチョが現れた。


「中野三葉と言います。今回私は探偵さんの助手に応募させていただきました理由として──」

「いやいやいや! い、いいから。帰りなさい」

「いや、でも……」

「いやぁ、男はうち取ってねぇんだわ」

「女ですよ私。胸ありますし」


 服がはち切れそうなほど育った胸板だよ。そこまで育てるには眠れない夜もあっただろ。いいから服に謝れ。今にもそのブラトップがはち切れそうだ。


「お願いします。私にチャンスをください。必ず役に立てることを証明してみせますので」

「悪いが、もう助手は取らないことに今決めたんだ。それに遅刻するような助手は論外だ。お出口はあちら」

「そうですか……」


 中野は肩を崩落させ、トボトボと帰ろうとした時


「キャァァァ!」


 外から悲鳴が聞こえた。


「なんだ⁉︎」


 急ぎ事務所の外に出ると、平日昼間の街中で、男が堂々と銃で人質にとっていた。


「人質……しかもさっきの女の子か⁉︎ 警察は……まだ来てないか……!」


 俺がオーディションで落とした、確か名前は左藤キララだっけか。

 まだそいつは9才なんだ。子供の未来は何としてでも守らないといけない……!


「来るんじゃねぇ、こいつぶち殺すぞぉ!」

「パパァ! ママァ‼︎ 防犯ブザー‼︎‼︎」


 ビービービービー‼︎‼︎‼︎‼︎


「うるさかった」


 左藤はスンッと無表情で防犯ブザー止める。

 こいつは何がしたかったか分からんが、とにかく男も怯んだお陰で話せる距離まで近付くことができた。


「あぁ⁉︎ 来んじゃねぇ!」

「君、どうしてそんなことをしてるのは分からないが、一旦銃でも下ろして私とお茶でもしないか?」

「あぁ⁉︎」

「いい店を知っているんだ」

「あぁ⁉︎」

「飲み」

「あぁ⁉︎」

「ながら、君の」

「あぁ⁉︎」

「悩みを私が聞いて」

「あぁん⁉︎」

「話聞かないな!」


 くそ、このままでは埒が明かない! 今すぐ左藤を助けてぇのに……!


「人質……⁉︎ 私が助けてみせます、探偵さん見ていてください」

「おい、むやみに近寄るな……!」


 後ろからやってきた中野がそのまま犯人に向かって走って行く。


「来るんじゃねぇ! ぶっ殺す!」

「キャー!」


 男が銃弾を中野に向けてデタラメに撃った。そして、三弾が体に命中──しかし、それでも彼女は止まらない!


「私の筋肉はね、防弾加工済みですよ」

「いや、どういうこと⁉︎」


 怯む男から左藤を引き剥がすと、中野は男を背負い投げ。コンクリートの地面に叩きつけ、大きなクレーターを生み出した。


「ぐわぁ!」

「どうですか私のこの力。お役に立てます、ぜひ助手に!」


 周りからは大歓声が。


「えぇ……」


 俺は断り辛い状況に陥ってしまった。



 ──こうして、俺は助手(仮)として仕方なく、いやほんとに仕方なく中野三葉を迎えることにした。

 全然俺のタイプじゃないが、あ、いや別に可愛い子が良かったわけではない。

 まぁ、あいつが使えないようだったらすぐにでもクビにしてやる。



「どうぞ、コーヒーです」

「俺はブラックが飲めないんだ」

「と思いまして、ミルクと砂糖です」

「飲み物だけというのも味気ないな」

「と思いまして、クッキーも焼いてます」

「冷たいのは」

「焼きたてです」

「プレーンは」

「チョコチップとプロテイン入りです」

「……」

「どうぞ、召し上がれ」


 外はサクッと、中はしっとり。チョコチップの甘すぎない甘さが相まって、口の中はハッピーが広がっていく。

 それにプロテインの効果なのか、みるみる力も湧いてくる。


「……美味しい」

「良かった」


 中野は素敵な笑顔を見せてくれた。


 ──まぁ料理が出来るのは助手として最底辺の常識だ。だがしかし俺らの本業は探偵。頭が良くなければ意味がない。



「王手」

「四面楚歌」

「チェックメイト」

「死屍累々」

「オセロも私の勝ちですね」

「もうこれは一思いにやってくれよ!」


 オセロは黒真ん中一つに他は真っ白。どのボードゲームに挑もうとも手も足も出なかった。

 こいつ、筋肉のキレだけじゃなくて、頭もキレるのか……!


「どうですか、これで私は正式の助手になれましたか?」

「いや、こうね……可愛さがなんというかその辺完璧過ぎるというのもね、って何で脱いでんの」

「夜のお勤めも助手の仕事です」

「いや、俺タイプじゃないっていうか、ちょ、近付くな」

「まあまあ、そう言わずに」


 迫り来る筋肉。俺の力では到底抵抗することは叶うはずもなく……


「いや、あの、初めてだからお手柔らかにお願いしまぁぁす、ああああああああああああああああああああああ」



 ──うん、テクニシャンだった。一人では決して味わえない快感を得ることができました。

 しかし! 実際の依頼をこなさなきゃ意味ないからな!



「あのー、猫を探しておりまして」

「はい来たー! ……おほん、こちらへどうぞ」

「粗茶です」

「飼っていた猫が目を離した隙にいなくなってしまったんです」

「なるほど特徴は?」

「黒猫のメスで少し太ってます。あと、青色の首輪を付けてます」

「「なるほど」」

「では、うちで依頼引き受けましょう」


 にゃーん


「すぐに見つかりますよ」

「はい、早くこの子を探してください。ルナちゃん⁉︎」


 筋肉の揺り籠に抱かれて、行方不明となっていた黒猫が登場してきた。


「今日、首輪をしている猫がいたので、もしかして飼い主とはぐれたのではと思い、一旦保護してたんです。無事、飼い主さんが見つかってよかったです」



 うん、たまたまだから。

 それに依頼は猫探しだけじゃないし。



「うちの夫が不倫してるはずなんです! 証拠撮ってきてください!」

「粗茶です」

「なるほど特徴は?」

「眼鏡をかけた背が160cm後半の筋肉質の男です」

「「なるほど」」

「では必ず撮ってきましょう。不倫は必ず明るみに出ますからね」

「早くこの人を見つけてください。あなた⁉︎」


 筋肉のヘッドロックに抱かれて、中野は特徴をガッチリ掴んだ男を連れて奥から出てくる。


「何でもうここにいんの⁉︎」

「今日この方とそこで一夜を過ごしてたんですよ。不倫の証拠は目の前でバッチリ撮りました」

「不倫相手お前じゃん。俺が寝てる隣でやってたの?」


 女は、男の頬つまみながら去って行った。


「これで私は正式な──」

「探偵は足で事件現場に赴かないと。殺人犯や怪盗を捕まえて初めて探偵助手だから」



 認めない、認めないぞ‼︎



「ようこそお越し下さいました。ワタクシは当ホテル〝オペラ座ホテル〟の支配人をしております前嶋敦子と申します」

「どうも私が令和のシャーロック・ホームズの江戸川一です。で、こっちが」

「ワトソンの──」

「候補生の中野三葉です。まだ新米で。さて、依頼とは?」

「実は毎晩、怪奇現象が続いてまして、次の日の朝にはこれが」


 前嶋は手紙の束を俺に……ではなく、中野に渡した。

 中野が俺に見せてくれた手紙には恨みつらみ書かれた文章が。読んでいるだけでも背中が凍えてしまいそうだ。


「なるほど、万年筆で書いたんでしょうかね。少し滲んでいる」


 まるで俺が書いた字くらい汚いな。怨念が込もっていそうだ。

 すると、奥から顔のそっくりな女の子が三人現れる。どうやら三つ子らしい。俺たちを見てクスクス笑っている。


「また、無謀な人が来たねー」

「わー無駄死にするんだ〜」

「呪いで殺されるんだわぁ」


「こら……! 貴方達! 部屋に戻ってなさい」

「失礼。呪いというのは?」

「……噂です。ここに一晩過ごした者はオペラ座の怪人に次々と殺されるというデタラメな噂が広がっているんです」

「なるほど。それが営業妨害になると」

「はい……」

「母さん、この人たちは?」


 三つ子に続いて現れたのは、とても爽やかな青年であった。

 左手を差し伸べられたので、俺も自然と返そうと手を握ろうとする。


「初めまして、僕はここの長男の──」

「てぇい!」


 いきなり中野が青年の左手を掴み投げ飛ばしやがった!


「何やってんの⁉︎」

「犯人確保!」

「何故分かった!」

「は? は⁉︎」

「この男は左手で握手を求めた、つまりは左利きの可能性が高い。そして、これは左手のインクが付いた跡。これは左上から右下に書いていくと、左利きの人間は左手で書いたところを擦ってしまい、汚れる。つまりこいつがあの滲んだ手紙を書いた犯人です」

「おう、そっか」



 怪奇現象の謎が解けて良かった。動機は警察が聞いてくれるだろう。

 だがな、一つ解決したところで──



「助けて! 友達が飛び降り自殺しようと!」

「そこを動かないで!」


 今にも女性が目の前にある建物屋上から飛び降りようとしている。

 今すぐにここを上り救出に行かねばならない!

 しかし、女性は待ってくれない。生気のない一歩は空を踏み外し、真っ逆さまに落ちてくる。


「ここは、私にお任せを!」


 中野が自らの筋肉を緩衝材として、見事キャッチした。女性は無事だ。


「保護完了!」

「お、おぉ……」



 まだだ……。



『よウこそ、難攻不落のゲームの館へ‼︎ キミたチは謎を解キここカラ出ラレるかナ⁉︎』

「制限時間付きの脱出ゲームってわけか。面白い」


 中野、突如として壁を殴る。

 強力な衝撃音と共に瓦礫が四方八方に飛んで行く。


「探偵さん! 出口見つけました!」

「おお、無理やり作ったよね」



 まだ認めないぞ……。



「財産は私のものよ!」

「何を言っているの。私が長女なんだから私が相続するに決まってるじゃない」


 目の前で繰り広げられる舌戦。彼女たちは財産をかけて、死に物狂いで言い合っていた。

 それを俺たちが仲介するというわけだ。いきなり中野が二人の間に割り込んでるけど。


「まあまあ、御二方落ち着いて。遺産10億円を分けるんですよね。どうぞ、小切手10億円です。これでお二人とも同じ額を手にしたので解決ですね」



 グググッ……‼︎



「きゃー! 怪盗バッド様ー!」

「怪盗バッド様はどこぉー!」


 怪盗バッド。世間を騒がす泥棒だ。

 各種メディアに『今宵、お宝をいただきに参ります』との予告状を出してきやがった。

 俺とあいつの長年の勝負も今日で決着を付けてやる。


「きゃー! 怪盗バッド様よー!」


「レディースアーンドジェントルメーン。今宵は満月を照明にお宝をいただきに参りました」


 白鳩のような衣装に包まれた憎たらしい奴め。欲しい黄色い声援は全てあいつが奪っていきやがる。


「私も盗んでー!」

「怪盗バッド様が空を飛んでいるわー!」


 今回もお得意の飛行マジックってところかい。しかし毎回タネを変えているので今日は何を使っているのかは分からない。

 いつもは富豪の涙と女性の心を落としているようだが、今度こそ俺がお前を空から引きずり落としてやる!


「といっても、もうお宝は我が手に」


「「「キャー‼︎‼︎」」」


「やぁ、探偵さん。今夜も僕の勝ちのようだ。では」

「待ちやがれ! くそ、空飛んでる奴をどうやって捕まえれば……!」

「ここは私にお任せを。とぉー!」


 中野、舞空術で飛んでいく。


「って、ええぇぇえ⁉︎」


   **


「ハッハッハッ、今回もチョロかったな」

「待てぇー」

「ふぁ⁉︎ え、ちょ、びゃふ!」


 中野は怪盗を羽交い締めし、筋肉の重さにより墜落させた。


「怪盗確保ぉ‼︎」



   ◇ ◇ ◇



「どうですか、これで私も正式に助手として認めてくれますか?」

「もう自立できるよ!」

「えぇ?」

「俺いらねぇじゃーん。全部仕事取られてたじゃーん。え、優秀すぎない? 頭もいいし運動もできる。料理もできて洞察力もあって、てか、空飛べるって何。ドラゴンボールの世界から来たの?」

「いえ、ちょっと亀仙人に教えてもらっただけです」

「ドラゴンボールじゃねぇか」


 どこに行ったら出会えるんですか。俺も自由に空を飛んでみたいよ。


「もしかして私クビですか⁉︎」

「クビっていうか、別にここじゃなくてもいいだろ。なんなら舞空術だけでも充分に食べていけるぞ」

「お願いします。ここがいいんです。助手にしてください」

「いや、いいよ、俺のプライドズタボロだから」

「お願いします!」


 中野は直角に頭を下げた。折り畳まれた姿でも岩かと思うくらい筋肉が凄いな……。


「……なんで、ここにこだわる。探偵なんていくらでもいるだろ」

「実は私、昔、金田一さんに助けて貰ったことがあるんです。覚えてないですか? 十五年前に起きた有馬ペンション放火事件を」

「ああ、覚えている。有馬の宿泊施設で放火された事件。火がボンベに燃え移り大爆発を起こし、建物はほぼ全壊。鎮火したのは放火されてから十時間もかかった」

「しかし、怪我人は出たものの死者は奇跡的に0だった。それは当時、建物内に取り残されてしまった女の子をある探偵が助け出したからだった──」



『──うぇーん! お母さん、お父さんどこぉ! 熱いよぉ! 怖いよぉっ‼︎』


 周りは轟々と燃えたぎる炎に囲まれて、煤に汚れた少女は一歩も動けなくなり、ただ泣くことしかできなかった。

 その時、建物の崩壊を決定づける爆発が起こる。

 泣き叫ぶ女児の悲鳴。

 そこに現れたのは何を隠そう、この俺だった。


『ぐっ……大丈夫かい、お嬢さん』

『うん』

『もう少しの辛抱だ。必ずここから出ような』

『……うん』


「──そうか、もしかして俺が助けたこの子が、昔のお前か」

「……いえ、その様子を後ろで見てたものです」



『カッケー』



「こいつじゃねぇのかよっっ!」

「でも、私はこの時、指を咥えて見ていることしかできなかった。だから誓ったんです。次は誰かを救えるように、そして誰かを救う探偵さんのお役に立てるようにと。それで筋トレしたり料理を学んだり、勉強したり舞空術も学んだり」

「最後が分からん」

「……右腕が動かせないのも、その時に負った怪我ですよね。右腕が不自由になってから、探偵業も低迷し始めた」

「うるせぇ。ただ老いただけだよ」


 俺はあの時しくじった。女の子を守るために落ちてくる瓦礫を右腕で防いだ。

 ちょっとした後遺症で少し動かし辛いだけ。それだけだ。

 探偵業が低迷したのもそのせいにはしたくない。


「私はあなたの右腕になりたいんです。どうか、私を側に置いてくれないですか?」


 彼女は目に涙を浮かべながら、俺の左手を両手で強く握り込んだ。

 けど俺は──



 ──トゥンク



「あれ……?」

「江戸川さん!」

「え、あ、あぁ。わ、分かったよ、お前は俺の助手だ。正式に助手とする。右腕としてこれからも頼むぞ」

「嬉しい!」


 中野、改め助手は俺に筋肉の抱擁をかます。


 トゥンク


 ……あれ、何この気持ち。俺の心がトゥンクしたよ。

 もしかしてこれは恋。いやいや、こんな筋肉だるまに恋してたまるか! ただ単に締め付けられたせいで不整脈を起こしただけだ!

 ──けど、凄い潤んだ瞳で見てる。

 確かに純粋で一途だし、スペックも高い。よく見たら顔も可愛いかも……?


「江戸川さん。一つ大切な話をしていいですか?」

「え? あ、あぁ。何でも言いたまえ」

「ありがとうございます。実は私……」


 彼女の話は分かっている。何年探偵をやってきたと思っているんだ。人の心というものは、表情、身体の動き、セリフの抑揚などによって推測ができる。

 そして、俺の答えは……ま、新しい場所を開拓するのもいいことだろう。探偵として、常に未知の世界に飛び込んで行くべきだからな。


「一週間有給を取らせていただきたく思います!」

「ああ俺もいつの間にか同じ気持ちになって、んん⁉︎」

「家族とハワイ旅行するんです」

「あ、ご両親と」

「夫と子供と」

「結婚してんの⁉︎」

「そうですよ。ではまた有給申請しますね。お土産、ハワイの美味しい冷凍パンケーキ買ってきますね」

「え、ちょ」

「お疲れ様でした」


 彼女はズシンズシンと豪快な足音を立てながら事務所を去って行った。

 その背中は、家族を支え養う、大黒柱が一本立っていた。筋肉がそう見せてくれたのかもしれない。



「……不倫ってやっぱりバレんのかな」

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