第63話 牛舎の見学

 この地方の夏は湿気が少なく、日陰に入れば気持ちいい風が吹く。暑いことには変わらないが、沼地よりもよっぽど恵まれている、爽やかな気候だ。

 子供たちは襟のない長袖シャツ、長ズボン、サスペンダー、登山靴という格好で、野菜を育てたり、牛の見学に行ったりしている。


 この見学は主要産業を維持させるための方針なのだそうだ。

 そんな子供達のイベントに、メイリンとリオと双子で参加する。

 メイリンとリオも、今日はかなり歩く予定なので子供達と似たような格好をしていた。双子は…というと、すでに知っていることなのでつまらなそうに放牧責任者ペルルの話を聞いていた。


 牛舎から出ると、眩いばかりの新緑に目を細める。それは何キロも先の山際まで続いていて、大地の広大さがよく分かる。

 ポツポツと茶色く見えるのが、寝転がっている牛のようだ。

「ありゃあ、日が沈む前に『ウー』って呼ぶと牛舎に帰ってくるんだぜ」

「そう思うと、ボーッとしているようで案外賢いよなぁ」

 双子はそんな事をボソボソ呟いていた。


 ダンスの一件以来、勉強には競争相手がいないと張り合いがないという独自の理論で、メイリンは何かとリオと双子を共に勉強させた。

 確かに、座学に関してはリオが先に進んでいる。双子は必死にリオに追いつこうと喰らい付いていた。

 それで今日の見学も一緒に参加していたのである。


 牛舎をひと通り周り、事務所前の広場に出たところで、子供達と集合する。

 牛舎から少し離れた小高い丘に別荘があり、そこで昼食にする。

 行き帰りは子供達の足腰を鍛えるために、ほぼ山登りだ。男の子ばかりで、国境騎士団に将来所属する彼らには、父親は容赦がない。行く時は母親にしがみついて嫌がっていた彼らも、牧場へ出る頃には笑顔となっていた。

 それに、競争相手が自分の歳の近い、いとこ兄弟となると、負けん気根性丸出しで山登りに食いついてきた。


 地方は地方のやり方で、家督を守るんだなぁとリオは思う。このたくさん産むシステムがなければ、この地域は衰退していたはずなのだ。

 と、言うことはメイリンもやがて最低5人は産むことになる…?大変だー!

 自分には無理かな…とリオは考えた。


 そのような妄想をしているうちに丘の上の家が見えてきた。

 ダンプやクレーン等の重機が何もない世界で、しかもこんな丘の上にレンガの家を建てるということは物凄い権力だという事を感じさせた。

「伯爵って凄いんですね…」

 はぁ…と息をつく。その呟きを双子は聞き逃さない。

「今頃気付いたか」

「考えが浅いぞ、バカめ」

「バカって言う人がバカな…」

 悪態をつこうと振り返って、丘の下の広場に目をやる。広大な草原が広がる中に大きい木が聳え立っていた。


 リオが途中で言葉を止めたので、不審に思った双子も振り返る。

「おい、あれ」

「あんな木あったか?」

 さぁ?お互いに顔を見合わせて、外人っぽく両手をあげる。いや、金髪碧眼の君たちは明らかに外人なんだけど…。

「なかったですよね…、メイリン先生」

「何?あれ?」

 ムムムとメイリンが広場の中心を目を細めて見る。

「うわぁ、あれ!アレかも知れないわ!えっと、えっと、あー!名前が思い出せない、なんて言う魔族だったかしら!」


「「「まぞくぅー?」」」

 双子と同時に声をあげる。

 だって、紫の煙出てないよ?

「とにかく、擬態から解放されたら大変だから、子供達は屋敷の中へ!貴方たちも早く入って、中から武器を取って」


 リオは興味深そうに楽しむ子供達を屋敷に押し入れた。

「見たい見たい」と大合唱なので、広場が見下ろせる窓に全員を集めて、

「ここから見ても良いけど、騒いだら魔族が来るから、大人しく応援してね」

 と、注意する。子供達はみんな両手を握りしめて、リオの言うことに頷いた。

「よしよし、いい子ね!」

 みんなの頭をポンポンとする。


 これはかつて、鳥が現れる前に英雄カイルがリオにしてくれたことだ。

 褒められると少しだけ嬉しかったし、認めてもらえたという満足感があった。だから、この子達にも見ているだけでも出来る事があると、そういう感情を味わって欲しかった。

「分かった!静かに応援する!」

「ありがとうね!」


 メイリンは侍女達に話し、牛舎の責任者の所は伝達するよう指示を出した。

「リオ、武器庫はこっちだ」

 勢いよくケニーが入ってきて、武器庫へ走る。サントスが見立ててくれていて、ロングボウをリオに渡す。

「うーん、広いからボウじゃ届かないかもなぁ。クロスボウはどうよ」

「使ったことないけど…」

 ケニーの差し出したクロスボウは大きい三角定規の形状の真ん中に棒があり、棒の先に金属の自転車のペダルのようなものがついている。

「これ、重たいんじゃね?小さいのはないのかい?」

 リオが受け取ろうとするとケニーが横から取り上げて確かめた。

「あるぜ?これ。リオ、これならどうだ?」

 サントスがもう一回り小さいのを差し出す。持つと棒の持ち具合も重さもしっくりきた。

「いい感じ。これ、どうやって使うの?」

「これな、この縄を棒の真ん中の弦受けに掛けるために、弦を真ん中のここに掛ける。そして、この車輪をグリグリ回すと、引っ張られて、弦受けに掛けることが出来る。この引き金を引くと弦が外れて、ここに乗せた矢が飛んでいく仕組み」

「ありがと。何回かやったら分かるかも」

「うん、出来るよ。俺らは弓と剣で行くわ」

 みんなで胸当てと小型ナイフを装着し、矢袋を背負う。メイリンはマチェットを見つけ、二刀流を腰に装着した。


 外へ出ると放牧責任者ペルルが待っており「主上へは連絡済みです」と報告を受けた。

 さらに、

「あれは今、擬態中です。近づくと目覚めると思いますが、どうされますか?」

 と、問いかけてきた。

 メイリンは出来る限り近づいて、様子を伺う提案をする。

 木の魔族に実戦経験のないリオ達は従う他なかった。


 近づくとわかった事だが、凄く大きい。黒く入った木の幹の真ん中には、シワシワの顔が見える。

「おい、リオ、望遠鏡で顔を見てみろ」

「めちゃ、じじいだぞ!」

 サントスから望遠鏡を渡される。

 下を向いて固まったおじいちゃんという印象だ。


 うん、怖い。

 さすが、ホラーマンガだよ。


「いやー、怖いですなぁ、ははは」

 ケニーに望遠鏡を返す。

「なんだよ、情けねぇなぁ、あの木の枝が腕みたいになるんだぜ」

「鞭攻撃っう感じなんだぜ」


 サントスが弓を構える。

「えー、ちょっとやめてやめて。お父様待ちましょうよ」

 リオが弓を押さえる。

「援軍待ってたら夜になんじゃん」

「夜は魔物が活発化するし、鞭が飛んできたら分からんようになるだろ」

 ずっと会話を聞いていたメイリンが決断したようだ。

「ペルルさんに牛や動物達を牛舎へ戻すようにお願いしたから、とりあえず建物から遠ざけるように攻撃しましょうか」

「んじゃ、あっちの山際?」

 んだね、とケニーが頷く。


「確か、攻撃したら攻撃した方に寄ってくるから、反対側に回らなきゃね」

 メイリンの指示に従い、丘を降り、遠回りに草原を横切る。

 横から見た木の魔物は、高さが3メートルくらいあり、幹も2メートルは超えている。オリーブの木のような細長い葉を持っていた。


「あの木、何の木だったかなぁー、鞭って名前…何鞭?」

 木の名前にこだわるメイリン。


 ハッとリオも思い出す。

 このー木なんの木♩気になる(気になる)木ー♪見たこともない木ですからっ!


「リオ、歌上手いな」

「うん、聞きやすい声だぜ?」

 ゲッ!歌ってました?

「その歌、教えてよ!」

 気分は、すっかり遠足のよう。

 リオ達は楽しそうにしながら裏手に回り込んだのだった。

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